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 「わざわざ来てもらったのに、さきほどは試すような態度ですまなかった」

 客間に通されたレトたちがソファに座ると、先に座っていたロータルが詫びの言葉を口にした。

 「いいえ、お気になさらず」レトは首を振った。「さっそくですが依頼の話を」


 「そうか。では話をさせてもらおう。

 その前に概略については聞いてもらっていると思うが、どこまで聞いているかね?」


 「この領内にダンジョンがあり、そこで発生した事件の捜査を頼みたいと」

 レトは答えると、さらに「その事件は殺人の疑いがあるということを」とつけ加えた。


 「被害者は私の息子だ」

 ロータルはうなずいた。「名前はルーベン。たったひとりの息子だ」


 「ご子息が殺害されたと疑われているのはどのような理由で?

 ダンジョン内で命を落としたのであれば、まず事故だと考えるものではありませんか?」

 レトは慎重に言葉を選ぶように尋ねた。

 「ダンジョンとは本来、侵入者の命を狙う罠がある場所なのですから」


 「息子はかつての学友たちを集めて冒険者パーティーを組んでいた。非力な女性もいるが男もふたりいる。たとえ遺体になったといえ、ダンジョンの外まで運び出せなかったというのは不可解だ。息子は背が高くはあったが細身で目方も重いほうでなかった。数メルテのはしごのふたつか三つを登れないから放置した、というのはあまりにいいかげんな言い分だ。

 それに、彼らはすぐダンジョンへ戻って息子の遺体を回収することに難色を示した。あれこれ言い訳を繰り返してね。かつての友を放置しているという後ろめたさも感じられない。むしろ、迷惑だと言わんばかりの態度だ。

 私がいくら頭の悪い人間だとしても、彼らに疑いを抱くのはおかしいかね?」


 メルルはそれだけでは考え過ぎかもしれないと感じたが口にしなかった。世の中には薄情な者も、利己的、保身的な者も大勢いる。


 「物的な証拠や、第三者からの報告があったわけではないのですね?」

 メルルと同じ考えを抱いたのか、レトはそんなことを尋ねた。


 「たしかに、直感的なこと以外に根拠はない。

 しかし、彼らとも食事をしたがね。彼らの態度は明らかに何かを隠している人間のものだった。私はこれまでこうして人というものを測ってきたが、そのことで外したことはない。さきほど君たちが信用に足る人物だと判断したようにね。

 貴族というのは血筋だけでなれるものだと思われる。いや、たしかに血筋は必要だが、その地位を維持するのは血筋ではない。貴族としての資質を備えているか、または磨いてきたか、なのだ。

 私はこれまで地位を脅かす存在と多く対峙してきた。政治的な脅威、経済的な脅威、それらよりも人間的な妬み、やっかみといった負の感情からくる悪意。

 これらはすべて具体的な形となって襲ってくるわけではない。もっとあいまいな、不確かな状況からも我がマドラス家に害をもたらしそうなことがあった。

 それらすべてに対処できたとうぬぼれるつもりはないが、私は今日までマドラス家を支えてこられた。それは、敵となりうる者、害につながる者を見定め、事前に危険を回避できたからのことだ。

 君たちは直感を軽視するかもしれないが、私にとって直感は、論理的思考と匹敵するほどの重要な判断基準なのだよ。それに、たしかな結果を出し続けている。

 その直感が、君たちこそ、この件に対処できる者たちだと確信させた。

 どうかね? 君たちは見当違いの考えだとわらうかね?」


 レトは首を振った。「嗤いません。ですが、『はい、では捜査します』とも答えられません。事件性の有無については、僕自身が関係者と話し、判断したいと思います」

 レトは、真剣な目をロータルに向けた。「それが、あなたが信用できると判断した僕の考えです」


 「なるほど。それは真理だな」ロータルはあっさりと認めた。

 「現在、彼らは屋敷の離れに逗留してもらっている。彼らと話ができるよう取り図ろう。セルロンゾ」

 ロータルは執事に声をかけた。「客人を離れまで案内するように。離れの者たちには客人に協力してもらうよう話を通しておいてくれ」


 扉の前で控えていた執事はうやうやしく頭を下げた。「かしこまりました」


 レトたちは応接間を出ると、執事の案内で廊下を歩いていた。メルルがぼんやりと執事の背中を見つめていると、執事は急に足を止めた。

 「カーペンター様」

 執事はくるりと向きを変えると、レトに頭を下げた。「どうか、ぶしつけで、さしでがましいことを口にする無礼、お許しください」


 「気になさらないでください」

 少し当惑したようだが、レトは落ち着いた口調で応じた。「何か話したいことでも?」


 「カーペンター様は数多くの戦いを経験された方とお見受けしますが、実際に生死をともにした仲間はおられたのでしょうか?」

 「ええ、まぁ」

 「お仲間が命を落とされたとき、形見をお持ちになったことは?」

 「……あります」


 「ルーベン様とともに旅をされた方がたは、ルーベン様が命を落とされたとき、形見になりそうなものさえも持ち帰らず、ダンジョンから出てきたのです。急いでいた、混乱していた、いずれも言い訳になるかもしれません。ですが、旦那様に手ぶらで報告しにやってくるとは、さすがに無神経ではと、わたくしでさえ感じました。

 彼らは無傷で帰ってきました。ルーベン様が命を落とすほど危険なダンジョンに、まるで何の障害も出くわさなかったように……。

 本当に、彼らにはルーベン様の形見を持ち帰る余裕などなかったのでしょうか? 髪の毛ひとつ持ち帰るほどの」


 メルルはまじまじと執事の顔を見つめていた。この、忠誠心に篤いと思われる老執事が主人の意向に添えるよう行動しているのは間違いない。それでも、老執事はルーベンのパーティーにいた者たちに、本心から不審の念を抱いていると思われた。


 「参考の意見として覚えておきましょう」

 レトはそう返すだけにとどめた。『そうだろう』とメルルは思った。レトは先入観を持って捜査することを嫌う。執事の意見で、自分の考えが左右されるのを嫌ったのだ。

 メルルも執事の言葉で考えを左右されないよう気持ちを引き締めた。

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