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こちらメリヴェール王立探偵事務所7 ~死者は迷宮の底で嗤う~  作者: 恵良陸引
Chapter 6

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 アンリが指した岩の扉は、簡単には開けられないような重厚感があった。たとえ、扉にカギがかけられなくても、その重量で開けられないのではと思われた。


 レトは扉に手を置いて力を入れてみたが、すぐに離した。「びくともしない」

 続けて脇にある台へ目をやる。


 「これは……、古代ガリヤ文字ですか?」


 「よくご存じですね。そのとおりです」レトの問いに答えたのはリューゼだ。


 「前王朝で使われていたのは現代と同じガリヤ文字です。文字の形態が微妙に異なるので前王朝よりも昔、小王朝乱立時代に使われていた古代ガリヤ文字ですね。単語も今とは違う意味で使われているので、現代の感覚で読んだら意味不明の文章になります。それが、この文章を『暗号』にしてしまっているんですけど……」


 古代ガリヤ文字とは、いったいどんなものなのだろう。メルルも興味を抱いて、レトの隣に寄って岩の掲示をのぞきこんだ。


――警句。下層へ向かう者は上層に断りを入れるべし。

  下層へは直接進むこと能わず。

  ブルトの者は、自らのブルトをもって、道を築くべし。


 「ブルトって何ですか?」

 古代ガリヤ文字と聞いて、どれほど違いがあるのかと思ったが、おおよそメルルにも読むことができた。しかし、一部、『ブルト』という見慣れない単語が混ざっており、そのおかげで最後の一文の意味がわからない。


 「わからない。現代では存在しないものなのか、今では別の単語に変わっているのか……」

 レトは素直に答えた。レトは博識で、何か聞けばたいてい答えてくれるが、知らないものは知らないと正直に答え、知ったかぶりはしない。


 「この掲示は、暗号ではなく、ここの進み方を解説している案内板なのでしょうね」

 レトは考え込むような姿勢でつぶやいた。

 「ただ、僕たちは古代ガリヤ文字に通じていないから、意味不明の暗号と化しているんだ」


 「『ブルト』は……、もしかしたら、現代の『ブラッド』のことかも」

 リューゼも考えている表情でつぶやいた。


 「『ブラッド』……、血、ですか?」メルルはリューゼの顔と台の文字を交互に見やった。


 「血という単語は、『血族』の意味もあります。もし、『ブルト』の意味が現代の血を意味しているのであれば、『同じ血族の者は、自分の血で道を切り開け』と解釈できるかと思うのです」


 「前回来たときも、この文章の意味が議論になった」

 アンリが口を挟んだ。

 「しかし、あのときは仮定すら出てこなかったんだが。リューゼ、君はあれから調べていたのか?」


 リューゼは首を振った。「大した調べものはできなかったから、自分の知識を総動員して検証してみただけ。さっきのは正直、今、思いついた考えよ」


 リューゼは自分の顔にかかった前髪を上にかきあげると、

 「ここの文章は現代ガリヤ語でも読めるけど、文体にドルチェーニの影響が感じられる。そうであるなら、意味のわからない単語はドルチェ語から類推することで読み取れないかなって」

 少し自信ありげの様子で言った。


 「ドルチェーニって何ですか?」

 歴史の勉強は苦手だが、そのままにはできない。メルルはリューゼに尋ねた。


 「ドルチェーニって、ドルチェ語圏内って意味。小王国のなかにドルチェって国があったんだけど、文学などが一番発展した国だったの。当時、多くの小王国は古代ガリヤ文字を使用していたけど、言語には多少のバラツキがあって。でも、文化的には先進の位置にあったドルチェの影響を受けて、多くの国がドルチェ語を取り込んだの。ドルチェが滅ぶと、その傾向は弱まって、前王朝時代を経て、今の私たちの言語に変わってきたの。

 この石台が小王朝乱立時代のものなら、ドルチェーニであっても不思議じゃない。私もドルチェ語に詳しいわけでないけど、多少の知識はあるわ。それで、ドルチェ語の『血』が『ブルト』だったって思い出したの」


 「じゃあ、この文章は、古代ガリヤ語とドルチェ語の折衷ということですか?」


 「可能性としてはね」


 「しかし、だ」

 リュートが首を振った。

 「この文章がドルチェ語が混ざったものだというリューゼの考え通りだとしても、けっきょくどうすりゃいいんだ?」


――『同じ血族の者は、自分の血で道を切り開け』……。


 たしかに、それでは何をどうすれば目の前の扉を開くことができるのかわからない。それに……。


 「この扉は簡単に開かないということは、その先にルーベンさんの遺体、あるいは死骸者コープスは存在しない、ということになりませんか?」

 メルルは周囲に首を巡らしながら尋ねた。自分ではもっともだと思う考えだ。


 「そうだな。お嬢ちゃんの言うとおりだ」アンリはうなずいた。

 「一度、ここはあの部屋へ引き返そう。立ちっぱなし、歩きっぱなしだったからな。少し休憩を取りながら、次の行動を決めないか?」


 その考えにはメルルも賛成だった。しかし、レトはどうか?

 メルルは振り返ってレトの様子をうかがうと、レトは何かに魅入られたかのように石台の文字を見つめ続けていた。探偵の仕事も何もかも忘れているようだ。

 「レトさん、どうされます?」

 レトは視線を動かさずにうなずいた。「ああ」


 メルルは呆れたように肩をすくめると、アンリにうなずいた。「引き返しましょう」


 アンリたちマドラス団の一行が石台の前から去ってしまっても、レトはその場にとどまり続けていた。メルルはレトのすぐ隣で辛抱強く待った。マドラス団の気配が近くから感じられなくなると、メルルはレトに話しかけた。

 「相手の心をかき乱すような態度をしたのは、わざとですよね?」


 「さすがに君にはわかるか」

 レトは石台から顔をあげた。


 「レトさんが食えないひとだって知っていますからね。でも、どうして、そんなことわざわしたのですか?」


 「今回は遺体なき変死事件だ。最大の手がかりである遺体がない状況で捜査をしなければならない。当然だけど、関係者の証言が頼りになる。

 でも、君も気づいていると思うけど、彼らは全員嘘をついている。あるいは、真実を隠している。

 彼らが何に対して嘘をつき、何を隠しているのか、それを把握しないと、真実の究明は難しくなるだけだよ。

 正直、彼らのまどろっこしい態度にイライラしてきてね。少し突っつくことにしたんだ。おかげで、レティーシャ・ブロワにルーベン氏を殺害する動機があることがわかった」


 「それだけですかぁ?」メルルは疑わしげな表情だ。


 「疑ってるなぁ」


 「今回、レトさんは本心とか、意図してるとことか、私に見せてないところが多い気がします。何か企てているんだったら、こっそり教えてもらえませんか? こっちだって心構えとか心の準備ってのがあります」


 「そうしたいところだけど……」

 レトはちらりとメルルの背後に目をやった。振り返ると、ふたりをうかがうリュートの顔が見えた。曲がり角のはしから顔だけのぞかせていたのだ。一緒に戻らないふたりが気になったらしい。メルルと視線が合うと、リュートは気まずそうな表情で顔を引っ込めた。


 「そろそろ僕らも戻ろうか。これ以上別行動するのはまずそうだ」

 レトはそう言うと、先に立って歩き出した。

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