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「ルーベンは屍霊になったのよ!」
レティーシャが悲鳴のような声をあげた。
「昨夜、あの子が見たって言ってたのって、やっぱり……」
「落ち着いて、レティーシャ」
眉をひそめたリューゼがレティーシャの肩に手を置いた。
「そうだよ、レティーシャ」
リュートがうなずいた。「『あれ』がルーベンだったら、今まで誰も襲われていない理屈がないだろ?」
「ルーベンが屍霊になったのならね! でも、あのひとが言ってたじゃない」
レティーシャは譲る姿勢を見せず、レトを指さした。「ルーベンは死骸者になったかもって!」
「死骸者だって?」デレクが反応した。「探偵、どういうことだ?」
そこでレトは、昨夜『マドラス団』に話したことを説明した。
レトの説明をデレクはおとなしく聞いていたが、話が終わると、その表情は険しいものに変わっていた。
「……探偵の言ったとおりに、ご子息様が死骸者になっちまったなら、これは厄介な話になったぜ。屍霊なら、こっちの気配を察知したら探す手間もなく姿を現してくれるが、死骸者ってのは、簡単に姿を見せない可能性があるってことなんだよな?」
「そうです。ただ、おっしゃるとおり可能性があるって話ですが」
レトはうなずいた。
「死骸者になったご子息様が、こちらをやり過ごしてダンジョンから出ていった可能性ってのはあるのか?」
ドットが尋ねた。
「そうなっちまうと、ここで捜すこと自体、無意味だ」
「可能性だけで話すなら、それもありうるでしょう」
レトは否定しなかった。「あくまで可能性での話です。ですが、その可能性は低いと思っています」
「根拠は?」
「第1層から第2層までは埃が積もっていて、皆さんの足跡など痕跡が残っていました。新しい足跡には、ダンジョンの外へ向かうものは見当たりませんでしたから」
「そうだと自信もって言えるのか?」
「そうですね」
レトの声は控えめだが、しっかりとした自信に満ちていた。その声にデレクも納得したようだった。
「そうか」デレクはうなずいた。
「ロズウェルの爺さん、やっぱり、この階層一帯に『神聖結界』を展開はできないか?」
オリヴァーがロズウェルに話しかけた。「ダンジョン全体は無理でも、それぐらいなら……」
ロズウェルは首を振った。
「申し訳ありません。ここでは私の力はかなり抑えられます。これほど魔素の濃い場所では、私が展開できる『神聖結界』は私を中心にせいぜい半径2メルテあたりでしょう」
ロズウェルの言ったことは第1層でメルルに話したことと同じだった。
ただし、半径2メルテであれば、少数でアンデッド系と戦闘するには有効な範囲だ。ロズウェルを中心に円陣を組んで戦えばいい。しかし、ロズウェルの答えにオリヴァーは渋い表情になった。オリヴァーは一気に片をつけたかったようだ。
「魔素たっぷりのダンジョンじゃ、しょうがないだろ、オリヴァー。
よし、これから、この階層の探索をする。『銀狼団』、『マドラス団』二手に分かれるんだ。探偵と見習いのお嬢ちゃんは『マドラス団』と一緒だ。それで数の上じゃバランスとれんだろ」
デレクはてきぱきと指示を出した。あいかわらず勝手な指図ではあるが、こうも矢継ぎばやに指示を出されると、反対意見も出しづらい。
アンリは何か言いたげな表情だったが何も言い出さなかった。実際のところ、『銀狼団』と一緒でないほうがマシに思えたからだろう。
メルルがレトの姿を探すと、レトは部屋のなかでテーブルのそばにいた。聖布を調べているのだ。メルルはレトの隣に寄った。「何を調べてるんですか?」
「特に何ってわけじゃないけど。まぁ、裏付けの調査かな。この聖布はたしかに誰かをくるんだものだよ。ほら」
レトは布を指さした。聖布はテーブルに置かれたランタンで、やや黄色っぽく照らし出されている。しかし、その布には赤黒い染みが広がっていた。乾いてはいるが血の跡だ。
「たしかに、血を流したひとがくるまれてたようです」
「亡くなったルーベン氏をくるんだという話は本当のようだね」
レトは視線を床に移す。「ここで亡くなったというのも……」
床には1枚の大きな布が広げられていた。円陣の文様が描かれている。アンデッド系を寄せ付けないための魔法陣が描かれたものだ。しかし、その布は大量の血に染まっており、魔法陣の効果は失われていると思われた。
メルルはあたりを見渡した。『銀狼団』はもちろん、『マドラス団』も部屋から出ていって、部屋にはふたりしかいなかった。『マドラス団』の誰も、レトやメルルと一緒に行動しようと声をかけなかったのだ。しかし、メルルはそれは無理もないと思った。レトたちはルーベンの死に疑惑を抱いている。当事者――つまりは容疑者――である『マドラス団』の者からすれば、これほど煙たい存在はないのだから。
「ルーベンさんの遺体を探さなくていいんですか? つまりは……死骸者捜し……なんですけど……」
メルルは遠慮がちにレトに尋ねた。デレクのことなどどうでもいいと思っているが、それでも、レトが集団行動から外れて、勝手な行動をしているように感じたからだ。
「僕は僕なりの考えでルーベン氏を捜そうと思う」
レトはあごに手をかけた姿勢で答えた。レトが考えごとをしているときの癖だ。
「まずは、本当にルーベン氏が死骸者になったのかどうか。手がかりがないか確かめる。ルーベン氏が死骸者になったかもと言ったのは僕だけど、確信があったわけじゃない。あくまで可能性のひとつとして挙げただけだ。一応、最悪の事態を想定することは必要だから、あの考えを出した。でも、憶測だけで結論に飛びつくつもりもないよ」
やはり、レトさんはレトさんだ。メルルは思った。
「現場検証をして、『マドラス団』のひとたちが遺体を処分したり、隠したりしていないことを確認するんですね?」
レトはうなずいた。「この検証は僕には必須のことなんだ」
レトは扉まで歩くと、くるりと向きを変えた。
「まずは、ワッケナルの証言を検証しよう。
彼は、ルーベン氏がどんな姿勢だったと説明していた?」
メルルはポケットからメモ帳を引っ張り出すと、大急ぎでページをめくった。
「え、ええっと、レトさんの位置から見て、部屋のまんなかで頭が左、足先が右を向いた姿勢で倒れていたと。ちょうど、真横に倒れていた感じですよね」
レトは部屋の中央、さきほどの魔法陣の布まで歩いた。もっとも血で汚れた場所で立ち止まる。
「おそらく、この位置だろうね。血の痕跡とも一致する。と、いうことは何を意味するんだろう?」
レトはメルルを試すように質問している。しかし、メルルにはそれが嬉しかった。一緒に事件を追っている気持ちになれるからだ。
「ルーベンさんは、右手の壁からこちら側に倒れたことになります。……あっ」
「何に気づいた?」
「ルーベンさんが倒れていた位置は、壁から1.5メルテから2メルテ離れたところです。その位置で真横に倒れていたということは、ルーベンさんのお腹を斬った相手が使っていたのはずいぶん短い武器になりませんか?」
「そうなるね。もし、加害者がいたとすればこの壁際だろう。加害者はひと振りでルーベン氏の胴体を切り裂いたわけだが、僕の剣でも胴体を両断できる距離だ。腹部だけ切り裂くのは逆に難しい。ただし、ナイフ程度の武器で胴体を大きく切り裂くほうがもっと難しいんだけど」
「そうであれば、壁に罠が仕掛けられていて、ルーベンさんがそれにやられたって考えられませんか?」
レトは壁に振り返った。「そう考えるのが自然だね」
ふたりが見つめる壁は四角に切り出された岩かタイルが規則正しく並べられたものだった。一部、天井に近い位置で、ぽっかりと四角の穴が空いている。空気循環のための穴だろうか。穴のすぐ隣には丸い皿のようなものが突き出ている。形状から見て、壁に据え付けられた燭台置きのようだ。穴の位置の真下には岩を削って造られた丸椅子が置いてある。テーブルの前に並んでいたものと同じ形だ。
「ルーベン氏はこの穴をのぞいていたのだろうか?」
レトはひとり言のようにつぶやいた。丸椅子に乗ると、壁の穴をのぞきこむ。
「あ、危ないですよ、レトさん。不用心にのぞいたりしちゃ……」
メルルは焦って声をかけた。日頃は用心深いレトにしては、あまりにうかつな行動に見えたのだ。
「君の言うとおりだね」
レトは素直にうなずくと椅子から降りると、戸口に目を向けた。「どうかしましたか、ファルナーさん」
メルルも戸口に視線を向けると、そこからリューゼが姿を現した。




