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こちらメリヴェール王立探偵事務所7 ~死者は迷宮の底で嗤う~  作者: 恵良陸引
Chapter 5

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 「奥には何もいないようですね」


 グリュックがランタンで階段を照らしていながら言った。あたりに聞こえることを警戒するような、ささやきに近い声だ。


 メルルが隣からのぞいてみると、階段は意外と広く、大人4人が並んで歩いても肩がぶつかり合わずにすみそうだ。そのおかげでランタンの明かりは階段全体を照らしきることはできず、天井や一番真下などが暗くてよく見えない。メルルは本当に何もいないのだろうかと思った。特に、階段を降りた先に。


 メルルの『嫌な』予感は不幸にも的中した。階段を降り始めてすぐに、「上だ!」と叫ぶ声が聞こえ、列が乱れた。


 「大トカゲだ」

 レトの手がメルルの肩に置かれる感触があった。「君は下がれ」


 しかし、メルルが下がる必要はなかった。直後に、「仕留めた」という声が聞こえたのだ。ドット・ロイスターの声だ。


 仕留められた大トカゲは階段の上に長々と横たわって死んでいた。ドットの剣で頭をまっすぐに割られたのだ。ランタンの明かりに照らされて、大トカゲの赤い血が広がっていくのが見えた。かなりの大きさだが、そばに寄って見るとそれほど大きくないようだ。実際に大トカゲと並んで較べたわけでないが、メルルよりひと回りは小さかった。「この間と同じぐらいの大きさだ」誰かがつぶやく声がメルルの耳に聞こえた。


 「天井のくぼみに隠れてやがった」ドットが説明するように言った。「いきなり襲ってきたぜ」


 「大トカゲって、そんなに好戦的なんですか?」

 メルルは疑問を口にした。「普通、人間を見たら逃げるんじゃ……」メルルは故郷での経験から、そう思っていた。


 「地上の大トカゲはそうだろうな」

 リュートが答えてくれた。「自分より身体の大きなものに襲いかかることはしない」


 「しかし、ダンジョンは慢性的なエサ不足の世界だ」

 オリヴァー・ハートが引き継ぐように話を続けた。

 「こいつにとっちゃ、そうは言ってられない状況だったんだろうよ」


 「おい、役立たず」

 デレクがグリュックに話しかけた。

 「お前がこいつを運べ」

 ぐいっと大トカゲに太い指を指している。「事前探索で見落としたんだからな」


 「はい」グリュックは素直にうなずいて布を広げる。大トカゲを包むつもりなのだろう。そこで、メルルはこの大トカゲは食料になるのだと気づいた。

 「これ、食べちゃうんですか?」


 「貴重なタンパク源です」

 グリュックは答えた。「血抜きや内臓処理をきちんとすれば臭みもなく、味も悪くないですよ」

 そう言ってから笑顔を見せた。「もちろん、ここではしないですけど」


 大トカゲの解体ショーをここでやられたらたまらない。メルルは慌てて首を振った。

 「そ、そうですね!」


 第5層に降り立つと、そこの空気感は第4層と変わらないと感じた。メルルは鼻をひくひくさせてみたが匂いは感じられない。さまざまな生物が徘徊し、おそらく死骸や排泄物もあるだろうに、空気は地上のように清浄だと思える。


……ダンジョン虫さんたちのおかげかな?


 たしか、彼らは自分たちを捕食する生物の死骸や排泄物を食べるのだと聞いた。


 この閉ざされた世界には、捕食するもの、されるものが独自のバランスを保って共存している。同時に、不衛生な環境は生存に悪影響をもたらすから、それなりの清潔さが保たれているようだ。それが誰かの意図によるものではなく、自然のシステムとして成立していることにメルルは感心した。


 「明かりが灯っているようですが」

 レトが奥を指さした。メルルが目を向けると、そこには小さなランプが光を灯している。通路の行き止まりらしい。壁の一番高い位置から弱々しい明かりが、わずかに自己主張をしていた。


 「魔法灯です」リューゼが説明した。

 「このダンジョンには、何か所か明かりが生きているところがあるのです。ですが、長い時間放置された場所ですので整備や修理がされていません。あれも、明かりとしては不十分なぐらい暗いです」


 「第1層から4層までは、すべて壊れていたのですか?」

 「ええ。ランプの存在は確認できているのですが、いずれも壊れていましたね」


 「上の階層ほど、地上の寒暖差や乾湿の影響を受ける。どんな道具だって劣化するさ」

 アンリが口をはさんだ。「しかも、ここは2千年以上前の遺跡なんだ。むしろ、千年以上経っても明かりを灯しているほうが奇跡だぜ」


 「魔法灯は魔素さえあれば勝手に光るからな。ここでは永久機関みたいなものさ」

 リュートがつけ加えた。


 第5層も入り組んだ構造になっていたが、『マドラス団』がマッピングしてあったおかげで、目的の部屋まで迷わずに到着した。


 「ここだ」

 アンリは扉を指さした。アンリが指さしたのは木製の扉で、しみだらけだが腐ってはいないようだった。ダンジョン内は気温が一定で、湿度も一定に保たれているようだ。光の差さないところなので、日焼けによる劣化や虫の食害からも免れたと思われる。2千年以上経っているにもかかわらず、ここの扉が現存しているのは、それほど奇跡的なことでないかもしれない。


 「1層と違い、ここの空調能力が扉を腐らせずに保ったんだと思う」アンリはつぶやくように言った。そして、ドアの取っ手に手をかけることもなく、じっと扉を見つめている。


 「どうした? 開けないのか?」

 デレクが嫌味な笑みを浮かべている。アンリが扉を開けることをためらっているのがわかっているのだ。


 アンリはちらとデレクを見たが何も言わなかった。無言のまま取っ手に手をかけ、ぐいっと手前に引っ張った。扉が開くや、アンリはランタンを室内に差し入れる。レティーシャとリューゼが剣を手に室内へ踏み込んだ。リュートも口のなかで何か呪文を唱えながら続く。メルルはかたずをのんで見守っていた。


 「どうした? 何か言え」

 4人が部屋に入ったきり何の反応も返ってこないので、さすがに不安を覚えたらしい。デレクが少し苛立った声をあげた。


 「無いんです」

 部屋からリューゼの声が返ってきた。


 「何が無い?」デレクは聞き返した。


 「ルーベンの……遺体です……」


 リューゼの答えを聞くや、デレクが部屋へ飛び込んだ。レトとメルルも続く。


 部屋は探偵事務所の一室と変わらないぐらいの広さだった。7人もの人間が入るには少し狭く感じる広さだ。


 部屋の左側には、岩から切り出して造られたとみられるテーブルが据えられてあった。テーブルの上には白い布の塊がある。メルルはすぐに、それが遺体を包んでいた聖布だと気づいた。


 しかし……、


 聖布はくしゃくしゃと波打った形でテーブルの上に広がっているだけだった。本来、包まれているはずの遺体は影も形も無かった。

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