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こちらメリヴェール王立探偵事務所7 ~死者は迷宮の底で嗤う~  作者: 恵良陸引
Chapter 4

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 『ツヴァイ迷宮』第4層――。


 この階層に初めて降りた者たちは、これまでと雰囲気が一変したことに緊張するだろう。

 これまでは感覚的に日常で感じる空気感、温かさ、湿り気だったのが、じとっとした空気が身の回りにまとわりつき、室温は低くないのにうすら寒い感覚に襲われ、湿度は高くないはずなのに、口を押さえられるような息苦しさを覚える。


 ダンジョンへの冒険をまったく経験していないメルルでさえ、『ここは違う』と感じさせた。

 これは人間が本来持っている、危険を察知する本能かもしれない。


 「顔つきが変わったな」

 珍しく、デレクがメルルに話しかけた。彼はこの状況に慣れているのか、顔に動揺も緊張感も見られない。

 「こっから油断するなよ。こういう雰囲気のところは『出る』からな」

 言うだけ言って背を向ける。


 「で、出るって……?」メルルは不安な気持ちを抑えることができずデレクの背中に聞き返した。

 「モンスターが出るから気をつけろよ、ということだよ」

 レトがメルルの隣でささやいた。

 「なぁんだ……って話じゃないですよ! モンスター? どんなのが出るんですか?」


 「百聞は一見に……ってやつだ」ドットが奥を指さした。「来たぜ」


 ドットの指さす方角は細い通路だった。ランタンの明かりが届かず、奥は真っ暗だ。しかし、赤い点のような光がふたつずつ並んで光っている。それは何組もあった。


 「ギガントラットだ」

 レトが剣を抜いた。「6匹いるな」


 「ね、ネズミですか!」

 メルルは身体を震わせた。


 「おいおい、お嬢ちゃん。ネズミを怖がってるのか?」

 話しかけたのはリュートだ。杖を握って、こちらも臨戦態勢だ。


 「……じ、実家の畑を荒らす厄介者だったんです。凶暴で、怖い目に遭ったことも……。そ、そんなのが魔獣化してるんでしょ?」


 「そうだ。だから、ここのネズミは人間を見たら逃げずに襲ってくる」

 レトは身構えながら言った。「攻撃は誰からです?」


 「ザコ掃除は任せる」デレクの指示は短かった。


 デレクの声に、アンリが前列に進み出た。その隣にレトが並ぶ。

 「ダンジョンの戦闘は初めてだろ? 大丈夫か?」アンリの声にはどこか皮肉が感じられる響きがあった。


 「何ごとも経験です」レトは小声で答えた。


 『赤い点』はゆらゆら揺れながら近づき、やがて、ランタンの明かりを浴びて、ギガントラットがその姿を現した。黒い体毛に覆われ、どこか犬のように見える姿だ。いや、実際に中型犬ほどの大きさもある。ネズミと呼ぶには大きかった。


 「出たぁ……」メルルの口から情けない声が漏れる。


 ギガントラットたちは、いきなり襲う様子を見せず、じりじりと近づいてきた。


 「ひと飛びで喉笛に噛みつくつもりだ。距離を測ってるんだよ」

 リュートが杖を差し向けた。

 「氷柱乱打アイス・ミサイル!」


 杖の先から何本もの氷柱が現れ、次の瞬間には矢のように放たれていた。氷の矢は数匹のギガントラットを貫き、残りのギガントラットはすばやく飛び退いた。


 「今だ!」アンリは叫ぶと同時に飛び出した。飛び退いて着地したばかりの1匹を剣で貫く。

 レトも同時に飛び出し、ひと振りで2匹の首をはね飛ばした。


 「掃除はすんだか?」デレクはのんびりした声で尋ねた。


 「ええ、終わりました」

 リュートは表情を変えずに答えた。一方、アンリは足もとに転がるギガントラットの遺骸を呆然とした表情で見下ろしていた。


……探偵の奴、ひと振りで2匹仕留めやがった。いや、それなら俺でもできる。驚いたのは、切り口が鮮やかで血がほとんど流れていないことだ。急所だけを正確に当てやがったんだ。こんな芸当、デレクにいいようにやられていた奴の剣技じゃないだろ……。


 アンリはちらりとレトに目をやった。レトは剣の様子を確かめると、静かに鞘へ戻していた。


……返り血も浴びていない。こんなの器用ってだけで説明できない……。


 アンリはデレクにも視線を向けた。デレクはレトに一べつもくれずに先に立って歩きはじめている。


……わかってるのか? 探偵は本当の実力を見せてないかもしれないんだぞ……。


 アンリはその考えを口にすることはなかった。鎧についた返り血を布で拭うと、『銀狼団』に続いて歩き出した。


 「あの……、ネズミの遺骸、そのまま放置していいんですか?」

 メルルは背後に目をやりながら。誰にともなく尋ねた。


 「ダンジョン内には、そこにだけ巣くう虫がいるんだよ」

 リュートが答えた。彼は完全にメルルの解説役に収まっている。


 「ゴミクイムシとかホネシャブリとか、いわゆる『ダンジョン虫』って呼ばれる類だ。そいつらが骨も残さず喰いつくしてくれる。排泄物だって食べる。ダンジョンって案外清潔なんだが、そういう虫がいるおかげなんだぜ」


 「ど、どこに、そんな虫がいるんです?」

 メルルは慌ててあたりに目を向けた。薄暗いダンジョンのなかでは虫の姿はまったく見えない。


 「そこらじゅうだよ。ただ、生きてる者の前に姿をさらすことはめったにない。暗がりや小さな穴ぐらに身を潜めて、誰もいなくなってからエサに群がるってわけだ。ダンジョン虫はギガントラットやダンジョン内のモンスターにとってエサでもあるからな。奴らはそういう共存関係にもあるわけだ」


 この閉ざされた世界にどんな生態系があるのか不思議に思っていたが、その答えのひとつを得た気持ちになった。

 「ありがとうございます。リュートさんはダンジョンにお詳しいんですね」

 メルルは礼を言った。


 リュートは人差し指で鼻の下をこすった。少し照れ笑いしているようだ。「よせよ。褒めたって何も出してやらねぇよ」


 その様子に、メルルは「意外と可愛いひとかも」と思った。


 「お嬢ちゃんが死んだら、この場に残してやるよ。ダンジョン虫にきれいに片づけてもらえるから、親御さんが墓の用意に悩まなくてすむからなぁ」

 デレクが顔だけメルルに向けて言い放った。


 メルルは帽子を少し目深にかぶり直し、表情を隠した。

……このおっさんはホントに可愛くない!

 と、心のなかで毒づきながら。

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