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こちらメリヴェール王立探偵事務所7 ~死者は迷宮の底で嗤う~  作者: 恵良陸引
Chapter 4

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 一行が第2層にいた時間はわずかだった。彼らはすぐに第3層へ続くはしごの前まで着いていた。


 「何か、ダンジョンらしくないところですよね」

 メルルが感想をもらすと、近くを歩いていたリューゼがうなずいた。


 「ここは冒険者の侵入を阻む『罠』としてのダンジョンではなく、もともと『城』だったと思われるのです。第1層が市民の暮らすエリア。大通りには商店街が並び、その奥には住宅が並んでいたと考えています。

 そして、この第2層は城の防衛をする兵士たちの待機場所だったと思っています」


 リューゼの説明を聞いて、メルルはあたりを見渡した。第1層はとにかく広く、ゆったりとした印象だったのに、第2層は狭い部屋が並んでいるだけの場所だ。第1層につながるはしごのあたりだけがやたら広かったのは、そこに兵士が集まり、隊長など上官の訓示や指示を受けていたと考えれば納得できた。しかし、一部に納得できないところがある。


 「街を守るために兵士さんが近くで控えるのはわかるのですが、それなら、こんなはしごしかない場所じゃなく、階段を造ったらいいじゃないですか。いざというときに兵士さんが助けに行こうにも、あんなはしごひとつじゃ間に合わなくなるでしょ?」


 「いい質問です」リューゼは嬉しそうな顔になった。いい生徒に巡り合えた教師のようだ。

 「実は、ここの反対側に大きく崩落した箇所があるのです。発掘作業しないと証明できませんが、私はそこに兵士だけでなく、ひとが一般的に移動できる階段があったと思っています。はしごはおそらく階段が使えなくなった場合の緊急通路だった、と」


 なるほど。メルルは大きくうなずいた。


 「崩落は第4層まで達しています。これも想像ではあるのですが、いずれの階段もそこにあったのだろうと考えています。ここが城だったとすれば、第4層まで階段がないというのはかなり不便ですから」

 疑問は解消された。メルルは満足してうなずいた。「教えていただき、ありがとうございます」


 レトは黙々とメルルの後ろを歩いている。デレクに言われたとおり、おとなしく行動しているのだ。しかし、リューゼの説明を聞いていたレトの表情が一瞬動き、冷たい目をデレクの背中に向けたことを誰も気づかなかった。デレクはあの果し合いから機嫌がよく、軽やかとも思える足どりで先頭を歩いていた。


 「さてと……」

 第3層へ続くはしごを前に、デレクはグリュックに顔を向けた。「今度こそ、お前が先陣だ」

 続けて、デレクはレトに視線を向ける。いかにも挑発的な表情だ。あるいは、「もう、文句は言わないよな?」と言っているようにも見える。

 レトは無言のままだった。


 グリュックは淡々と降りる準備をし、黙ってはしごを降りていった。やがて、「大丈夫です。皆さん降りてください」と、グリュックの呼ぶ声が聞こえた。


 ダンジョン第3層は第2層とよく似た構造だった。リューゼの推測によれば、ここも兵舎エリアということだろう。

 しかし、似ているとはいえ、第3層は部屋の大きさが第2層のそれよりも大きめだった。そこで、このエリアは第2層の兵士よりも上級の、または上官が寝泊まりするところではないかと思われた。また、通路が多少複雑化して、ところどころ袋小路が見られるようになっていた。

 しかし、一行は迷うことなく間もなく第4層へ至るはしごに到着した。ここまで上機嫌のデレクが先頭だった。


 ここでも先にはしごを降りるのはグリュックとされた。

 グリュックが背負っている荷物を降ろし、はしごを降りる準備を始めると、レトは自分のランタンを掲げて床を調べ始めた。デレクは、はしごに注意が向いていて、レトの行動に気づいていない。


 「何か気になるんですか?」

 メルルはレトのそばへ寄って小声でささやいた。

 「このあたりの床は思ったよりきれいだ。千年単位のほこりが積もっているはずなのに、みんなの足跡も残らないぐらいだ」

 レトも小声で返した。


 「以前来たときに『マドラス団』の方たちが掃除したとか」

 「彼らが掃除道具を用意していたかい?」

 「いいえ」

 「じゃあ、この床のことはどう説明する?」


 メルルは少し呆れてレトの顔を見つめた。そんなことをなぜ気にするんだろう?


 「きれいだと問題ですか? ほこりっぽくなくて私は大助かりですが」


 「足跡が残っていない、ということが問題なんだ」

 「どうして……? あっ」

 メルルは思わず小声で叫んで、慌てて自分の口を両手でふさいだ。


……死骸者コープスになったルーベンさんが歩いた痕跡も残っていないんだ!


 もし、メルルが見た『あれ』が死骸者になったルーベンであるなら、彼は一度、ここを通って第1層までやってきたはずだ。あのあと、レトは宿屋周辺の足跡を調べ、自分たち以外で出口に向かった足跡はないことを確かめている。万が一、ルーベンがダンジョンの外へ出ていれば大ごとだからだ。

 現在、少なくとも『あれ』はダンジョンの外に出ていない。レトはデレクに従っているふりをして、そのことに警戒していたのだ。


 しかし、わからない。第1層は2千年分のほこりが積もっていたのに、この階層にほこりが積もっていないのが。まったくないわけではないが、足跡がつくほどの量はない。


 「どうも、ここは特殊な空調が働いているようだ」

 レトたちの会話が聞こえたのか、アンリが説明するようにつぶやいた。


 「空調? 2千年以上も前に、そんなものがあったのですか?」

 ロズウェルが興味深そうな表情で尋ねた。


 「空調といっても外気を取り込み、取り込んだ空気のほこりを除去する仕組みは大昔から知られていました。この土地は水の少ないところなのですが、このダンジョンには水脈があります。取り込まれた外気を、その水脈から引き込んだ水でろ過するのです。この仕組みの良いところは、原始的で単純な魔法で行なえること。しかも、これだけ魔素が濃いと、魔素は簡単に尽きたりしないでしょう。事実上、永遠に機能し続けられるのです」


 「いったい、その仕組みはどこにあるのですか?」

 ロズウェルは感心しきりに尋ねてくる。アンリは上を指さした。「あそこです」


 ロズウェルだけでなく、メルルも上を見上げた。平らに磨かれた石の天井が広がっているが、アンリの指さす方角に、ぽっかりと四角い穴が空いている。もっとも、その穴には鉄製の網がかぶせられているので、穴のなかをのぞき見ることはできないようだ。


 「ああいうのがあちこちにあるんです」

 アンリが説明を続ける。

 「おかげで俺たちは空気の心配をせずに地下へ潜れるわけなんですが」


 「第1層は、ほこりまみれだったようだが。いや、第2層もそうだったかな」

 ロズウェルは少し考え込むような様子を見せてつぶやいた。


 「第1層はダンジョン内とはいえ、地上部分です。もしかすると、第1層は開口部があって、空調そのものが不要だったのでは? 時間が経つにつれ、開口部はすっかり崩落して埋まっているのかもしれません。第2層は第1層からの埃が長年の間に入り込んで積もっていたと思います」


 「第1層に空調をつけない理由ってあります?」メルルが思わず疑問を口にした。


 「ここは魔素が濃い場所だが、無尽蔵であるかはわからない。

 地下は空調が必須だが、地上部分は開口部があれば必要なかったんじゃないか。

 空調設備は必要箇所のみに限定して、消費する魔素を節約していたのかもしれない」


 その解釈は合理的だ。メルルは納得した。「なるほどです」


 「おい、降りるぞ」


 デレクの太い声が飛んできた。

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