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こちらメリヴェール王立探偵事務所7 ~死者は迷宮の底で嗤う~  作者: 恵良陸引
Chapter 4

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 レトは「交代で」、と言っていたが、実際に交代することはなかった。レトはメルルを休ませて、朝までの時間、番をして過ごした。


 メルルはメルルで寝つくことが難しかった。レトに気づかってもらったことを申し訳なく思いながらも、メルルはあまり眠れなかった。ずっと浅い眠りのなか、何かに嗤われている不気味な感覚に悩まされていたのだった。


 朝の時間になり、食堂で朝食を摂りながら、メルルは思い切ってロズウェルに話しかけた。


 「神官様。このダンジョン全体に『神聖結界』を張ることはできませんか?」


 ロズウェルは一瞬びっくりした表情になったが、残念そうな表情で首を振った。


 「申し訳ありません。聖属性の魔法には、いくつか弱点があります。聖属性の力は光に満ちた場所で強く、闇の深い場所では弱くなります。また、聖の力は魔の力と反比例の関係にあります。魔の力が強ければ強いほど、聖の力は弱まるのです」

 「それって……」


 「気づいていますか? ここは魔素が非常に濃い場所なのです。単純に魔法を使うのであれば有利な場所ですが、私にとってはあまり力を発揮できる場所ではありません。私の力が及ぶ範囲は、私を中心に半径2メルテあたりがせいぜいだとお考え下さい」


 もし、このダンジョン全体に『神聖結界』を展開できれば、ルーベンが屍霊グールになろうと、死骸者コープスになろうと浄化できるので心配ないと思ったのだが、それは叶わない話ということだ。メルルはうなだれてしまった。


 「昨晩のことを蒸し返してるのか?」

 デレクがパンをかじりながら言った。「くだらねぇ」


 「でも、デレク。マドラス伯の子息が屍霊になってる可能性はあるわ」

 『銀狼団』のメンバーから発言する者がいた。『銀狼団』唯一の女性、クラリス・ドラクロワだ。彼女は後衛の弓使いで、魔法も使えるという。長身で、ほっそりとした体形。長い髪を後ろで束ねていた。穏やかな顔つきで、荒ごと専門のパーティーに所属していることが意外に思える。


 クラリスだけでなく、『銀狼団』のメンバーは昨夜の出来事を知っていた。あの出来事を「くだらねぇ」のひとことで片づけているのはデレクだけらしいことがわかった。続けて槍を背にした男も発言したのだ。


 「屍霊1匹ぐらい、どうとでもなるが、強化型にでもなっていれば厄介だ。ここは最悪の事態を想定した段取りをつけとくのがいいぜ」

 この男の名はオリヴァー・ハート。槍使いだ。パーティーでは中衛を任されている。クラリスと同じぐらいの長身で手足も長い。彼の扱う槍は有効範囲が広そうだ。


 「ふん。そんなのはいつものとおりにやればいいことだ。ドットが抑え、爺さんが浄化魔法で倒す。それだけだ」

 デレクはドットの肩に手を置いて答えた。ドットはパンをほおばりながら「任せろ」とだけ言った。


 『マドラス団』側から発言する者はいない。彼らには触れてほしくない話題なのだろう。黙々と食事を進めている。


 「スープのおかわりは要りませんか?」

 グリュックが声をかけてきた。

 「ここを離れますと、次はいつ、普通の食事を摂れるかわかりません。ここでしっかり召し上がってください」


 「お前もくだらねぇことしゃべるな」

 デレクの声には凄みが効いていた。殺気すら感じられる目をグリュックに向ける。


 グリュックは小さくうなずくと奥へ引っ込んだ。彼はここで食事することもしなかった。


 食事が終わると、全員がすぐに支度を整えて『宿屋』を出る。


 「グズグズするな。さっさと2層へ向かうぞ」

 デレクが先に立って歩き出した。この場は完全にデレクが主導権を握っていた。


 一行は『銀狼団』を先頭に、『マドラス団』が続く。レトとメルルがしんがりになった。


 やがて、一行は2層へ通じるはしごの近くに着いた。そこは、『宿屋』からほど近いが、崩れた建物のなかにあり、ランタンの明かりだけでは見つけにくい場所にあった。


 「グリュック。先に入れ」

 デレクは短く命令した。メルルの顔色が変わる。


……このひと、グリュックさんを罠避けの道具みたいに使っている!


 ルーベンの屍霊グール、あるいは死骸者コープスの存在は認められてはいないものの、デレクがその警戒をしているのは間違いないようだ。しかし、その警戒に、グリュックを先行させている。デレクにすれば、グリュックが襲われる危険など気にしないのだろう。


 「僕が先に入ります」

 はしごに近づくグリュックを制して、レトが進み出た。

 「先行探索は探偵である僕が向いています」


 デレクは反対はしなかった。鼻を鳴らして「勝手にしろ」と言うだけだ。


 レトは心配顔のメルルに小さくうなずいてみせると、はしごを降り始めた。

 レトはランタンを腰にぶら下げていたが、レトの姿はすぐ闇に溶けこんでしまった。メルルがはらはらしてのぞいていると、「どうぞ、降りてきてください」レトの呼ぶ声が聞こえた。


 はしごは2段になっていた。途中で少しずれた位置にもう一本はしごがあり、2層へはそのはしごを降りなければならなかったのだ。レトの姿が途中で見えなくなったのは、メルルたちがのぞく穴からずれた位置へ移動したせいだった。メルルはそれがわかってほっとした。


 「ここから急に魔素が濃くなりました」

 全員が降りると、レトが報告した。「この地下は魔素の湧くエリアのようです」


 「そんなことがわかるのか?」リュートが尋ねた。


 「僕も魔法が使えるのです。奥を見るために少し炎の魔法を使ったのですが、炎の大きさが普段以上だったので」

 レトの説明にアンリが顔をしかめた。「炎だと? ここから地下なんだ。安易に炎を使わないでほしいな」


 「空気が充分か確かめるつもりもありました」

 レトは理由を説明した。

 「炎の揺らめきから、風の流れがあることも確認しています。ここはどうも、空気の交換ができる仕組みが働いています」


 「おい、それだと……」リュートが目を丸くする。「このダンジョンは今も生きているのか?」


 「そう考えてよいかと」


 「おいおい、聞いてりゃさっきから」

 デレクが口のはしに笑みを浮かべながら近づいた。しかし、その目には獲物を見るような、残忍な光が宿っている。

 「お前、いつからここのリーダーになったんだ? ああ?」

 デレクはレトの前に顔を近づけた。

 「勝手に調べたりしてんじゃねぇよ!」


 先行探索の目的は、誰よりも先に目的地へ進み、その周囲の安全など状況確認をすることだ。レトの行動はその一環にすぎず、しかも現状把握まで行ない、しっかりと役割を果たしている。デレクの発言は言いがかりだ。メルルはそう思った。


 「あなたに指示を仰ぐまでもなく、そうするのが当然だと思っていました」

 レトは頭を下げた。「先行しておきながら安全確認を怠っては本末転倒ですから」


 「ひとこと多いんだよ、お前は!」

 デレクはレトを突き飛ばした。レトははしごのかかった壁に叩きつけられた。


 「おい、探偵。ここはダンジョンで、冒険者のテリトリーだ。たとえ王太子のお墨付きを持っていても、ここでは冒険者のルールに従ってもらう。つ・ま・り、俺に従うってことだ。そして、お前がどんな理屈を並べようと、俺の言うことが正しいんだ。俺が勝手をするなと言ったら、お前は勝手をしたことになるんだよ!」


 本当にいいがかりだ。メルルは頭に血が昇ってきた。


 「不満そうな顔だな、ええ?」

 デレクは腰から剣を抜き出した。剣の切っ先をレトの鼻先に突きつける。

 「抜きな、お前も。冒険者の流儀で教えてやるよ」


 その言葉でメルルは瞬間的に理解した。デレクは勝手な理屈をつけてレトを痛めつけるつもりだ。やはり、あのとき、レトがグリュックをかばうように先行探索を申し出たのが気に入らなかったのだ。


 「おい、どうした? 早く抜け。まぁ、抜かなかったら、一方的に痛い思いをしてもらうだけだがな」

 デレクは剣先をゆらゆら動かしてみせる。レトは小さく息を吐いた。「どうしても、ですか」


 レトは壁から離れると、剣を抜いた。レトの剣がランタンの光を浴びてきらりと輝く。


 「れ、レトさん……」


 「お前たちは離れていろ」デレクは短く命じた。「これは、冒険者のルールに則った果し合いだ。王国に剣を向ける話じゃねぇぞ」


 レトとデレクをのぞく全員がふたりから遠巻きに離れていく。メルルはグリュックに促されるように離れていった。


……レトさん、無事でいて。そして……。


 メルルは心のなかで力こぶしを作った。


……こんな奴、コテンパンにしてください!

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