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――死骸者――。
レトの発言に、一部の者は顔を蒼ざめ、一部の者は顔をぽかんとさせた。ちなみに、メルルは「ぽかんとさせた」ほうだ。
「レトさん、『死骸者』って何ですか?」
メルルにとっては初めて耳にするものだった。
「たいていの場合、この世界の人間が死んでそのまま放置されると、遺体は屍霊というモンスターに変貌してしまう。さらに、その屍霊が悪霊を取り込んだりすると、『強化型』と呼ばれるものにクラスアップして狂暴化する。これは、みんなが知っている、この世界での『常識』だ。
ただ、ほかの常識と同じように、例外というものはある。
かなりまれだが、一度死んだ人間の魂が自分の死体に戻るというものだ」
「それって、生き返るってことになるのでは?」
「肉体が死んでしまうと、魂が戻っても死体は死体のままだ。しかし、悪霊がとりつく場合と違い、肉体との親和性は高い。もともと自分の肉体なんだからね。
死体がただモンスター化する場合や、悪霊にとりつかれる場合は、理性や知性を保つことができず、ひたすら生者を憎み、襲うだけの存在になる。しかし、死骸者の場合は、その親和性の高さのおかげで、知性が残る場合があるんだ。そのせいで、行動も人間に近いものになる」
「知性のあるアンデッド?」
アンリが忌々しげにつぶやいた。「そんなバカな……」
「でも、それが本当で、ルーベンが死骸者になったのであれば……」
リューゼが口を挟んだ。
「私たちを襲わないよう、説得もできるんじゃない?」
その口調には期待がこもっているように思われた。
しかし、レトは首を振った。
「その期待はしないほうがいいでしょう。
僕も、実際に死骸者と対峙したことはありませんが、彼らの人格は別ものになるとのことです。つまり、どんなに優しく、温厚な人物だったとしても、死骸者になると残忍、残虐な性格に変わるそうです。
生前のルーベン氏がどんな性格か知りませんが、今はまったく別だと考えてください」
「た、探偵は、その話をどこから聞いた?」
「聞いた、というより、過去の事件の報告書からです。
死骸者に殺害された事件があったので、その記録を読んだのです」
「死骸者に……、殺された……」
レティーシャの顔に怯えの表情が浮かんだ。「死骸者も、被害者を喰い殺すの?」
レトは首を振った。「いいえ。その事件では死骸者は被害者を剣でめった刺しにしていたそうです。笑いながら、ね」
「笑いながら……」これまで顔色を変えていなかったリューゼも顔つきが変わった。「まるで生きているみたい……」
「笑っていると言っても、人間の常識で測れるものではありません。彼らは死者の理屈で考え、行動します。楽しいとかおかしいとか、人間本来の感覚で笑うことと、根本がまるで異なるのです」
「もうよそう。こんな話は」
アンリが吐き捨てるように言った。
「ここで死骸者の話をしたところで、ルーベンが死骸者になったと確定したわけでないからな。5層に行けば、はっきりするさ。俺たちはルーベンの遺体を見つけ、地上へ戻してやる。必要があれば、『銀狼団』のロズウェルって爺さんに頼んで浄化してもらえばいい。何かに悩むことも、気に病むこともない。そうだろ?」
アンリは言うだけ言うと、周りの返事も聞かずに部屋から出ていった。
これがきっかけのように残りの3人も出ていく。部屋にはメルルとレトのふたりになった。
「彼らはああ言っているが、僕たちは交代で番をしながら休むとしよう」
レトはうなだれるメルルに話しかけた。メルルはうなだれた姿勢のまま小さくうなずく。
実は、メルルには話していないことがひとつあった。
さっき、窓からのぞいていた男の顔は、うっすらと笑みを浮かべていたことを……。




