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こちらメリヴェール王立探偵事務所7 ~死者は迷宮の底で嗤う~  作者: 恵良陸引
Chapter 3

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 「決裂ですね」

 メルルはレトに追いつくと、小声でささやいた。


 「予想の範囲内。あれぐらいで本当の話が聞けたら楽だよ」レトはけろりとした様子だ。


 洗い場の場所はすぐわかった。グリュックがざぶざぶ音を立てながら洗い物をしていたからだ。

 「水が出るんですね」メルルが話しかけた。


 「ああ、皆さん。この迷宮には水道が存在するのですよ。どうも、この地下に水脈があるようなのです。ところで、食事はどうでしたか?」

 グリュックは振り返ると笑顔を見せた。ふたりから食器を受け取ろうと片手を伸ばしている。


 「たいへん美味しかったです。あ、でも、この分は自分で洗います。いえ、せめて、洗い物は私にさせてください。何もかもお世話になりっぱなしで申し訳ありませんから」

 メルルは食器を渡すまいと上にあげながら言った。


 「お気になさらず。これが私の役割ですから」グリュックは笑顔のままだ。レトはその顔をじっと見つめながら尋ねた。

 「あなたは『銀狼団』の一員なのですか?」


 グリュックは笑顔のまま顔をそむけた。洗い場の壁に細く、四角い筒が飛び出しており、そこから水が流れている。さしずめ、水道の蛇口といったところだろう。


 「私は『銀狼団』の雑用係です」

 グリュックは答えた。「一員ではありません」


 「それは、あなたが亜人だからですか? そのために仲間と認めてもらえない?」


 「それは特殊な考え方ではないでしょう」

 グリュックは穏やかな声で答えた。

 「王太子殿下が摂政になられ、宰相も新しく替わって、この国は変わり始めました。亜人種にも人権が認められるようになりました。でも、人びとの意識は簡単に変わりません。

 私たちが住める土地は辺境に限られ、職業を自由に選べません。もちろん、法の下ではいずれの制限も撤廃されましたが、国民の多くは私たちが新しい土地、特に都市部へ移ったり、彼らと同じ職に就いたりするのを望まないのです。むしろ……」

 グリュックはレトに顔を向けた。

 「それを意外なことのようにお聞きになるあなたのほうが珍しいと思います」


 「気を悪くしたら、お許しください」レトは丁寧な口調で頭を下げた。

 「ご覧のとおり、僕はアージャ族の血を引いています。

 ですが、民族が違うという理由で、ここまで露骨な差別を受けたことがなかったのです。味わったのは市民のランク……、下級か上級かの違いぐらいです。あなたの団長から、アージャ族の血を引いていることを馬鹿にされましたが、僕にとっては初めての経験でした」


 「そうでしたか……。私にとって、ガリヤ系もアージャ族も同じ人間にしか思えないのですが。そこまで区別する必要はあるのですかね?」


 「合理的な必要性は感じないです。ただ、差別をするひとたちには、それが正しく、必要なことだと思っているんでしょうね」

 「どうして、そう思うのでしょうか?」

 「人間は公平に生まれつくわけではありません。

 貴族と、平民。

 富める者、貧しい者。

 考えるのが得意な者、苦手な者。

 身体の大きな者、小さい者。

 力の強い者、弱い者……。

 世の中には、政治的、経済的にいろいろと有利でいられる者がいる一方で、不遇を余儀なくされる者がいます。

 環境に恵まれない者にとって、現実は受け入れらないものかもしれません。自己を肯定した生き方がしたいのに、肯定させることが難しい……。もし、そこに自分より立場の悪い者がいれば……。その人物をことごとく否定すれば、相対的に自分への肯定感が高まります。それは、『他者を否定できるという』肯定感です。同じ意識を持つ者がいれば連帯感も得られる。差別意識は自己肯定感や連帯感を高めてくれる麻薬ではないでしょうか?」


 「もし、その考えが正しいのであれば、それが合理的な必要性になりませんか? あなたは否定されていたが」


 「他者をおとしめたところで、自分の立場が上がるわけでないからです。そのままです。受け入れがたい現実も、相変わらず目の前に残ったまま。本質的には何も解決していない。だから差別する者は、差別することをやめられないのです。気分的には満足感など得られても、本当の意味で得られるものは何もない。僕は、そんな何の解決にならないものに合理的な必要性は感じないと言ったまでです」


 レトはじっとグリュックの顔を見つめた。

 「あなたは教養があり、ものごとを理性的に考えることができる。こう言うのは適切でないと承知していますが、それでも、あなたが『銀狼団』に身を置いていいとは思えないのです」


 「あなたは探偵なのに、ずいぶん率直なのですね」

 グリュックは苦笑した。「そういう本心は隠すのがお仕事じゃないのですか?」


 「たしかにそうです」レトは素直に認めた。「ですが、あなたには率直で、誠実でありたいと考えています」

 「どうして、そこまで?」


 「あなたが誠実な方だからです」レトの答えは短かった。


 グリュックはレトから視線をそらすと、その視線を洗い物に向けた。

 「そのようにおっしゃっていただくこと、素直に嬉しいです。ですが、そのような態度は、このダンジョンでは控えてください。つまりは、団長の目につくようなことを、です。

 もし、あなたの考えが正しいとすれば、団長はあなたの人格を否定する行動を行なうかもしれません。暴力的に、そして、徹底的に」

 グリュックはふたたびレトに顔を向けたが、そこに、これまで見せた笑顔はなかった。

 「お気をつけください。ダンジョンは外界と隔たれた場所なのです。あなたが人知れず行方不明になっても不思議ではないのです……」

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