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こちらメリヴェール王立探偵事務所7 ~死者は迷宮の底で嗤う~  作者: 恵良陸引
Chapter 2

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 マドラス伯の屋敷から出発した2台の馬車が、『ツヴァイ迷宮』の前に到着したのは、だいぶ陽が傾いたころだった。馬車はレトたちと、彼らの荷物を降ろしてすぐ戻ってしまった。


 それなりに長い馬車の旅だったので、メルルは「うーん」と思いきり背筋を伸ばした。深い渓谷の底なので、あたりはだいぶ薄暗くなっている。しかし、それでも何も見えないほどでもないので、あたりを見渡すことはできた。


 目の前には、はるか見上げるほど巨大な崖が立ちはだかっている。そのごつごつとした岩肌はどこか厳かで、見る者をたじろかせるような迫力さえ感じさせる。長い年月をかけて生み出された自然の芸術だ。

 空気は乾いていて、頬をなでる風は冷たい。新年になってあまり日が経っていないので、季節は冬だ。寒い時期になると外はあまり匂わなくなると聞くが、それでも、このあたりは埃っぽい匂いがあった。

 聞こえるのは渓谷を吹き抜ける風の音だけ。

 人間はおろか、まるで生物のいる気配を感じない。『ツヴァイ』は古代ガリヤ語で「死」を意味する。まさに死の谷と呼ぶにふさわしいところだ。


 そんな場所であるにもかかわらず、一行を待ち構えていた人物がいた。

 一行が馬車を降りて間もなく、ひとりの男が姿を現し、レトたちの前に歩み寄ってきたのだ。


 「お疲れ様でございます」

 その男は丁寧に頭を下げた。「ここの番をしてます、ゴズワルと申します」


 「ダンジョンの番人さんですか?」

 メルルは反射的にお辞儀するとすぐに尋ねた。ゴズワルは50歳過ぎと思われ、真っ黒に日焼けした肌、額に深いしわが刻まれていた。

 ゴズワルはそのしわをさらに深くして笑顔を見せた。

 「番人なんて大げさなもんじゃありません。ここのカギを管理してるだけです」

 ゴズワルは親指で後ろを示す。そこには明らかに人工物の扉がそびえ立っていた。赤い錆で覆われた鋼鉄製の扉。ルーベンの遺体が眠る、『ツヴァイ迷宮』の入り口だった。


 「ゴズワルさんは、ここから1時間歩いた先の村に住んでいる」

 アンリが説明する。

 「盗掘されてはいけないからね。迷宮の入り口には、こちらで用意した鎖で封鎖してあるんだ。そのカギを管理してもらっているのさ」


 「このダンジョンを発見したひとさ」リュートが補足した。


 「あ、じゃあ、猟師さんですか?」

 メルルは、狩りの途中で偶然見つかったという話を思い出して聞いた。ゴズワルは相変わらずニコニコしながら首を振る。


 「ただの農民だよ。だが、俺たちだって肉は食いたいからな。暇を見つけては狩りをするんだ。この渓谷には岩ウサギが棲んでいる。ある日、そいつを追っかけたとき、奴が逃げ込んだのがここだったのさ。もっとも、当時はがれきの山で、岩ウサギはそのがれきに逃げ込んだだけなんだがな。こんな扉なんぞ、がれきで見えなかった」

 ゴズワルは扉に振り返ると、感慨深げに見上げた。

 「がれきのすき間にもぐり込んで、こいつを見つけたときは本当にびっくりしたもんさ。獲物のことも忘れて村まで飛んで帰ったよ……」


 「それ以来、ここの番を任されているわけさ」

 アンリはゴズワルの前に進み出た。「カギを」


 「今日は大勢で来なさったな。ここ何回かこいつのためにお会いしましたが、ようやく、お仲間みんなで探検されるんですな」


 ゴズワルは笑顔のままカギを手渡した。用が終わると、ゴズワルは何度も頭を下げながら去っていった。


 「さっそく、第1層へ荷物を運びこもう。

 あそこは宿屋だったらしい場所もある。最初の拠点に使えるんだ。このあたりはすぐ暗くなるから急いだほうがいい」

 アンリが鎖の錠をはずしながら言うと、その肩にデレクが手を置いた。


 「たしかにお前さんの言うとおりだが、今回のリーダーは俺だぜ。勝手に仕切るのは遠慮してもらえねぇかなぁ」

 アンリは顔つきを変えてデレクを見つめた。あたりの空気が一変したのがメルルにもわかる。

――一触即発……。

 そんな言葉がメルルの頭によぎった。


 「ん」

 デレクは空いたもう片方の手を差し出す。視線はデレクを見返すアンリの顔に注がれていた。互いの表情に敵意など、闘争の匂いを感じさせるものはなかったが、それでもふたりの間には緊張の空気が生まれていた。

 しかし、その空気感はわずかな間のもので、アンリは無言でカギをデレクに手渡した。


 カギを受け取ったデレクは、アンリの肩をぽんぽんと叩くと、「さぁ、早く入ろうじゃないか」と言いながら扉の陰へ……ダンジョンへと入っていった。


 小さくため息をつき、アンリが続いた。その後を残りの『銀狼団』の面々が、『マドラス団』がその後に続く。レトは神官らしき男と、デレクに『グリュック』と呼ばれた小男の亜人とともに、ダンジョン入り口前で立っていた。


 メルルが自分の荷物が入った大きな袋をぶら下げて戻ってみると、レトは神官姿の男に頭を下げているところだった。


 「お元気そうで。ロズウェル神官長さま」


 ロズウェルもゆっくりとお辞儀を返し、「私は神官長ではございません。あのときも」と言った。


 「レトさん?」

 メルルはレトの隣に立つと、神官姿の老人に目をやった。「ご存知の方だったんですか?」


 「戦時中、お世話になった方」レトは答えた。「この方の『神聖結界』には大勢が救われた」


――『神聖結界』――。


 聖属性の魔法で上級にあたるものだ。経験の浅い神官では使いこなすことはできず、かなり高いレベルでの能力が要求される。また、術者がどれほど強く光属性にあるか。それも問われる。

 人間は土、火、水などの元素属性をいずれか持っている。ちなみに、メルルは火属性、レトが土属性だ。それとは別に、光属性や闇属性を備えている。これはひとによって有無があったり、その割合に大きな差があったりする。また、闇属性と言っても悪を意味するものではなく、光が強いと聖属性の魔法が、闇が強いと暗黒系の魔法に強くなる。つまりは、傾向を分類した結果を、そのようにまとめられただけである。

 『神聖結界』は光属性の強さも要求されるので、それが薄いメルルにはとても使いこなせる魔法ではない。メルルは尊敬のまなざしを老人に向けた。


 「よしてください」

 ロズウェルは手を左右に振った。

 「私の『それ』は体質的なもので他人ひとよりましにできたというだけです。才能とか、資質とか、そういったものとは直接、関係がないのです。それに……」

 ロズウェルはじっとレトの顔を見つめた。「大勢の方がたを救ったのはあなたがたでしょう」


……このひとは『勇者の団』時代のレトさんを知ってる……。


 メルルはロズウェルの顔を見つめながら思った。そう言えば、レトも『戦時中』という言葉を使っていた。


 「僕は、あの戦争では傍観者だった。そう思っています」

 レトの声には自虐的な響きが感じられた。「僕の行動は誰も救わなかった」


 「救いたいと思う人びとのために、皆さんがどれほど血を流し、戦ったのか。私はよく存じております。もちろん、あなたのことも」

 ロズウェルは穏やかな声で言ったが、急に前かがみでささやいた。「で、勇者殿は……?」


 レトは首を振った。「見つかっていません、今も。生死も不明のままです」


 「そうですか……」ロズウェルの声には残念そうな感情がにじみ出ていた。


 「ところで、神官長さまは今回の捜索に、どういったことで加わってらっしゃるのですか?」

 レトが話を変えると、ロズウェルの表情は苦いものになった。

 「現在の私は『銀狼団』の神官職なのです。

 聖属性魔法で亡者アンデッド系を掃討するのが私の役割です」


 神官は教会などで実際に聖職に就く者を指すが、神官職は聖属性の魔法を主に扱う、冒険者のジョブである。実際には聖職からあぶれた者、または聖職よりも高い報酬を求めて辞職した神官が冒険者パーティーに加わっている。


 「あなたが冒険者、ですか」レトは意外そうな表情になった。


 「さきほども申したとおり、『討伐戦争』の時点で、私は神官長ではございませんでした。追放同然の身で『勇者の団』に加わったのです。

 あのときの私には欲が残っていました。『勇者の団』で手柄をあげられれば、また聖職に復帰できる、と。

 ですが、勇者殿が生死不明のまま罪人同然の扱いを受け、『勇者の団』が非難の嵐のなか解散となると、当然と言いますか、それに加わっていた私に復帰の声がかかることはございませんでした。

 失意の私は自ら命を断とうとさえ考えましたが、あの……」

 ロズウェルは開いたままの迷宮の扉に目を向けた。

 「『銀狼団』のデレク殿より、お声をかけていただいたのです。あの方は私の『神聖結界』を必要としている。死ぬことしか考えられなかった私に生きてほしいと願っている。

 私はもう一度生き直すことを決意して、『銀狼団』に加わったのでございます」


 「そうでしたか……」レトは暗い表情で少しうつむいた。


 「あの……」

 遠慮がちな声が聞こえ、3人が振り返ると、そこに不安顔のグリュックが立っていた。自分よりも大きなリュックを背負っている。


 「なかへ早く入りませんか? 皆さんはもう先へ進んでますよ」


 「そうですね」レトは我に返った様子で自分の荷物を背負い直した。メルルも慌てて荷物を持ち直す。


 しかし、ダンジョン内に足を踏み入れようとすると、メルルの足が止まってしまった。

 「レトさん……」

 「何?」

 「この鉄の扉って2千年も前のものですよね?」

 「そうだね」

 「鉄って、この雨ざらしの状態で2千年ももつものですか? 蝶つがいなんて錆びついて開けることもできなくなるんじゃないですか?」


 「今では失われた合金技術によるものですね」

 グリュックが答えた。

 「何をどのように混ぜたのかはわかりませんが、鉄に何か別の金属を混ぜることで、錆や腐食に強く、丈夫な金属を造ることができたのです。この扉もそのひとつですね。赤錆に混じって、青い錆らしいものも混じって見えます。この錆は本来、銅に見られるものですから。もし、ダンジョン内がこうした金属類の保存に適した環境であれば、貴重な発見ができるかもしれませんね」

 グリュックは思った以上に博識な一面を見せた。メルルは思わず目を丸くする。その様子に、グリュックは居心地が悪く感じたようだった。

 「さ、早く。早く進みましょう」

 グリュックはメルルたちに背を向けて先に入る。レトはメルルとロズウェルにうなずいてみせた。

 「僕たちも進もう」


 残っていた3人も迷宮へと足を踏み入れ、赤錆びた鋼鉄の扉はゆっくりと閉じられた。

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