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マドラス伯の屋敷から『ツヴァイ迷宮』までは馬車で行くことになる。馬車で3時間ほどの距離だ。
滑車などの道具類、それに食料など、ダンジョンに入るために必要な物資を積み込んでいる間、メルルはレトとふたりきりで話せる機会をつかまえた。
「レトさん、何か考えを持っています?」
メルルは屋敷の外にある井戸のそばでレトに話しかけた。
「考えって?」
レトは井戸からくみ上げた水を自分の水筒に注ぎながら聞き返した。
「レトさんはルーベンさんの死に、あのひとたちがどのように関わっているのか何か見当をつけていたりしていませんか?」
「それを今、聞くの?」
「レトさんがこれまでも確信できるまで話してくれないことはわかっています。
でも、今回レトさんの行動の真意を知っておかないと、急なことに対応できないかもしれないでしょ?」
「僕の真意ねぇ……。どうも、君はあれをマドラス団全員による事件だと考えているようだね。だから、ダンジョンに入ると、彼らに襲われるかもしれない、口封じとして、と」
「違うんですか?」
レトはため息をついた。
「変な勘違いをされても面倒だ。
僕はいくつかの可能性は考えている。でも、それは現場検証するときに漠然と行動しないための指針としてだ。結論ありきじゃない。それだけは含んでおいてくれよ」
メルルはうなずいた。「もちろんです」
「僕は、倒れているルーベン氏を見つけてからの彼らの証言に嘘があると言った。
では、どうして嘘をつかなければならなかったのか。その理由を考えたんだ。
可能性1。誰かがルーベン氏を斬りつけて殺害し、仲間がかばっている場合。この場合、その前後の証言に不一致がないのに、あそこだけ証言がばらけたのはおかしい。口裏合わせするなら、そこが一番すり合わせるところだからさ。
その意味では可能性2。全員でルーベン氏を殺害した場合も同様だね。可能性1と2のいずれかの場合、どうして、肝心なところの口裏合わせをしなかったのか疑問が残る。
可能性3。ルーベン氏が命を落とした状況が、誰かの過失による事故だった場合。想定外のことだけに彼らの動揺が大きく、そこまで口裏合わせする考えまで整理できなかったという可能性だ。しかし、これも1や2と同じ疑問は残る。
最後に可能性4。倒れているルーベン氏を見つけ、全員集まった。そのとき、ルーベン氏が息を吹き返した場合」
「それが問題になるんですか?」
「もし、そのときルーベン氏が自分は何者かに襲われたのだと口にしたらどうだろう?」
「あ……」
「しかも、その下手人について明かすことなくルーベン氏が命を落としたとしたら?」
「みんな猜疑心に襲われます。仲間のひとりが殺人犯でないかと。でも、そのことを証言したら、自分が疑われかねません。無実なのに犯人にでっちあげられるかもしれません」
「敵の正体もわからないのに、下手なことは口にできない、というわけだ。
しかも、ルーベン氏発見の状況について話し合うわけにいかなかった」
「下手に犯人を手助けしかねないですからね。自分は無関係を主張しつつ、犯人も手助けしないとなると……」
「彼らは口裏合わせをしなかった、いや、できなかった、ということだろう」
「レトさんは、彼らの共謀による犯行ではないと考えているのですね? どちらかと言えば単独犯によるものだと」
「あれが事件だった場合には、だよ。事故だったとしても、ルーベン氏は恨み言を吐きつけたかもしれない。『こうなったのはお前たちのせいだ』とか」
「可能性5、ですね。そんなこと言い残されちゃ、みんなも困りますよね。そんなこと、ご遺族の……マドラス伯にお伝えできませんよ。事故の責任を負わされるかもしれませんし」
「ざっと、5つほど可能性について話したわけだ。現場検証ではそれら仮説を裏付けるものがないか、冷静に探ることになる。ただ、いずれの場合にしても……」
「ダンジョン内で、集団で襲われる危険はない、ということですね。共謀説が否定されますから」
「ない、とまで断定するのは危険かもね。心がけるは相手に気取られないよう控えめに、でも、油断せずに、だ」
「わかりました」
「カーペンター様、こちらでしたか」
屋敷のある方角から声が聞こえ、ふたりが振り返るとセルロンゾが近づいてくるところだった。
「どうかしましたか、執事さん」メルルは会釈しながら尋ねた。
「わたくしはカーペンター様からいただいた、ご依頼の件で参りました」
セルロンゾの答えに、メルルはレトの顔を見上げた。「レトさんの依頼?」
「マドラス団の団員たちが使っていた武具を確かめてもらっていたんだ」
レトは答えると、「で、わかりましたか?」
「ええ。剣で何か生物を斬った痕跡があったのは、ワッケナル様が使われていた剣だけでございました」
「ほかのみんなに使用の形跡はなし?」
「はい。ブロワ様、ファルナー様おふたりそれぞれの剣に斬った痕跡はございません。また、カーライフ様は魔法使いゆえ、使われるのは杖でございますが、護身用の短剣も所持されております。念のため、そちらもお調べいたしましたが、そちらにも痕跡はございませんでした」
「それはたしかだと言えますか?」
「この件は、屋敷に出入りしている砥ぎ師に確かめさせました。
刃物については誰よりもわかっており、実直で信用のできるお方です。もちろん、事情は伏せてあるので、この話がマドラス団の方がたに知られることはございません」
「わかりました。どうもありがとうございます」
レトが礼を言うと、執事は頭を下げて去っていった。
「前衛のアンリさん以外に剣を使った形跡がなかった、ってことは……」とメルル。
「レティーシャ・ブロアさんの証言が裏付けられた、ということ。それと……」
レトは少し残念そうな表情になった。
「直接、現場検証をしないかぎり、ルーベン氏が何に命を落とし、それが何者かの手によるものかわからない、ってことだね」
それを聞いてメルルは、実はレトさんってダンジョンに行きたくなかったのでは?と思った。




