お嬢様の様子が何やらおかしい
本当は長編にしたいのを、三日坊主になるのが分かっているので無理やり短編にしてます........。
扉の前で小さくため息を吐く。現在時刻朝7時。扉の向こうにいるであろうお嬢様はまだ睡眠中だろう。俺はこれから部屋に入っていって、このお嬢様をたたき起こさなければならない。俺がお嬢様の専属執事という立場にいるからだ。憂鬱な仕事の一日が始まる。
俺はこのお嬢様が嫌いだ。別に乱暴をするとかそういうわけではない。ただ、見ているとイライラする。自分の体形がふくよかなことを気にして、スタイルのいい人は太らない体質でうらやましいわ、とうらやんだり(そのくせしてお菓子を食べる量を減らす、運動を少しする、ということをまったくしない。)、自分の派閥が格下の伯爵令嬢に乗っ取られて空気のように扱われて、一人で嘆いたり(毎日のレッスンをさぼっていて、一つ一つの所作に品がないのが原因だ。)、全てが自業自得なのにそれを他のもののせいにする。小さく自分の殻に閉じこもって、自分かわいそう、と甘やかす。
学ぶ機会も、成長する機会もたくさんあるのに、頑張りたくないから、という理由で何もしない。そんな姿が本当にイライラする。
はあ、ともう一度ため息を吐く。憂鬱な仕事の始まりだ。
扉を開けて部屋に踏み込む。
「おお、ロミオ。あなたはどうしてロミオなの?」
お嬢様が寝巻はだし姿のままで窓の外に向かってそう言った。
オジョウサマガオキテイル。ソシテ、ナニヤラオカシナコトヲシテイル。
目の前の情報に脳が追い付いていかない。
「失礼しまし........。」
た、と言って、一度部屋を出て、立て直そうとする。
「エバン、ちょうどいいところに来たわ!あなたロミオね!私の言うとおりにセリフを言って!」
はきはきと透き通る大きな声で呼びかける。昨日までの陰鬱なお嬢様は見る影もない。
そこから20分くらい訳の分からないことに付き合わされ続けた。
「ふう、ありがとうエバン!この部屋、この景色を見たらどうしてもロミジュリがやりたくなっちゃって!満足したわ。この体はどっしりとした声が出せるのはいいけど、疲れやすいのが玉に瑕ね。少しぽっちゃりすぎだわ。どうにかしなくちゃ。とりあえず、着替えて朝食の後運動することにしましょう。エバン、準備をお願い。」
「はい。」
この日は本当に驚くばかりの一日だった。宣言した通り朝食の後に運動をし、しっかり2時間きっかりマナーレッスンを受け、昼、夕食を野菜中心にするように指示を出し、夕食前も運動をした。今までのお嬢様では到底考えられないことで、まるで別人のようだった。(時々、今朝のように大仰な言葉でおかしな一人芝居を見せた。)
それでも俺はどうせ一過性のものであろう、すぐに元に戻る、と思っていた。しかし、予想に反してお嬢様の異常行動は続いた。さぼりがちだったお茶会に参加して伯爵令嬢を言い負かして派閥で存在感を出したり、少々演技臭いしぐさながらもその言葉の力強さで周囲を魅了し、そのメンバーで新たなサロンを立ち上げた。
劇団青薔薇の乙女。
お茶を飲んで親交深めましょう、というただのサロンとは違い、皆で演劇を作り上げましょう、という会だ。お嬢様が作った脚本で、お嬢様が皆に演技指導をしながら一人一人が役柄を演じて、とある一つの作品を作り上げた。
美女と獣。
とある美しい町娘が獣にされた王子と恋に落ちて、王子の呪いを解く話。これが貴族の社交界で大きな話題となり、お嬢様は一躍時の人となった。(このころにはダイエットに成功し、社交界きっての美女になっていたため、婚約の申し込みが後をたたなかった。)
劇団青薔薇の乙女も一気に大きくなり、お嬢様はとても楽しそうに張り切って次々と作品を生み出していった。
「次はロミオとジュリエットをしようと思っているの。」
「それはどのような物語なのでしょう。」
「結ばれることの許されないレミオとジュリエッタが恋に落ちる話。私が知る中で一番ロマンチックなの。私が一番初めにやって見せたやつよ。」
そういわれて、初日のことを思い出す。あれから本当にお嬢様は変わった。どんな壁にぶつかっても、それをぶち壊す勢いで進んでいった。昔の鬱々としたお嬢様より、今の当たって砕けろ精神のお嬢様の方が好感が持てる。
「これは私が一番好きな物語だから、私がジュリエッタをやりたいの。それでね、提案なのだけど、あなたがレミオをやってくれないかしら。」
「私が、ですか?ほかにふさわしい方がいらっしゃると思いますが........。」
「私はあなたがいいの。『ああ、ロミオ。あなたはどうしてロミオなの?そのお名前をお捨てになって、そして、あなたの血肉でもなんでもない、その名前の代わりに、このわたくしのすべてをお受け取りになって頂きたいの。』」
「『お言葉通りに頂戴いたしましょう。ただ一言、僕を恋人と呼んでください。さすれば新しく生まれ変わったも同然、今日からはもう、ロミオではなくなります。』」
あの日と同じセリフ、同じ動き。そのはずなのに。エバンはじわじわと顔が赤くなっていくのを自覚した。
それはエバンの恋の自覚の芽生えだった。
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