表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
観用令嬢  作者: 赤いカリフラワー
2/3

ep.2 王国にブーケを

クラウド王子と妹プレイ、では無く親交を深めてからは王宮に出向く度にさり気なくフォローをしてくれるようになった。重い装飾を外してくれたり、頃合いを見て連れ立って中座したりと名采配だ。王妃も私とクラウド王子が懇意にすることは好ましいと考えているようで見逃されている。参加している貴族たちも仲睦まじい花々の様子を見ては歓声を上げている。


そんな日々を過ごすこと1年、とうとう王家から婚約の打診が入った。その話し合いの席に両親と共に来いというのが王家からの勅命だった。ゲーム開始まで残り1年となったため驚きはしないけれど、前世の常識が13歳のこどもに何させとんじゃいと叫ぶ。しかも、当家はしっかりと王家の血を守り度々王家から嫁を取るタイプの公爵家であり、つまりはゴリゴリの近親婚だ。特に最近はクラウド王子からの指示で彼を兄と呼び慕っている。現世の常識では問題にならないが、前世の倫理観では完全にナシだ。


「お父様、私に婚約は時期尚早かと」

「クラウド殿下は17歳になられる。我々が殿下に合わせるのが道理だ」

「殿下にも年頃の合うご令嬢がいらっしゃる筈です。未だ殿下のお手を煩わせている私には分不相応です」

「それも陛下が判断なさる。出掛ける準備をしなさい」


悪足掻きを承知の上で抵抗するも空しく、ゴテゴテと飾り付けられて馬車にねじ込まれた。しかも今日は同じく飾り立てた両親も共に乗っている為、小屋のような広さの馬車が用意されている。他の通行の迷惑になりそうで身が竦んだ。この世界の道路には車線や中央線なんていう便利なものはない。


具合が悪くなりそうな装備で馬車に揺られ、騎士達に守られながら謁見の間へと移動した。王宮へ赴く際は必ず全身を装飾で飾り立てた美しい姿でなければならないが、お茶会やパーティーなどの公的な場でなければ他の貴族と公爵家の間にある不可侵のルールが適応されず、自由に話しかけられてしまうからだ。過去にはそれが原因で強引に契りを交わし、あわや婚姻の危機にまで発展したこともあるとか。その為イベントの無い日に登城する際は周囲を騎士でガチガチに守られて移動することになる。


「ランセル公爵ハロルド様、並びに夫人メロディア様、令嬢アルフェリア様、ご到着です」


重厚な扉の先には重量級の美しさを纏った王家のみならず、王弟を始めとする王族の家長たち、そしてもう一つの公爵家であるスコルピオ家当主が勢揃いしていた。勿論誰もが年齢を感じさせないつるつるの美貌をガチガチに装飾で彩った姿で立っている。美の暴力と言える光景だ。だからだろうか。中には侍従のひとりもおらず、私たちを連れてきた騎士達もすぐに謁見の間から姿を消した。


「我らが宗主、至高の幻花であられる国王陛下よりお声がけ頂く栄誉を賜り参上致しました」

「楽にしろ。其方等の礼は美しいが、その面が見れぬのは惜しい」


ゆっくりと意識して姿勢を正せば、クラウド王子と同じ鮮やかな赤髪を宝石で編んだベールのような装飾で飾る国王が穏やかに微笑んでいた。首を立たせているだけで重そうなのに凄まじい気合いだ。隣には王妃が普段のお茶会以上に気合いの入った姿で佇み、逆隣りにクラウド王子とトランテ王子、ヴィオレッタ王女がこれまたいつもよりも輝いた姿で控えている。


目から入る情報の量と圧力に押し潰されそうになりながらどうにか背筋を伸ばし、始まってしまった婚約の話を必死に聞き取った。


「クラウドが妃にするならばアルフェリアだと言って聞かなくてな。王妃も賛同しているが、まずは其方らの考えを聞きたい」

「恐れながら国王陛下、娘はまだ幼く未熟なばかりで先日もクラウド殿下のお手を煩わせてしまったと聞いております。本人も分不相応であると考えているようです」

「ほう……誠か、王妃よ」

「儚い花を守るクラウドの仲睦まじいこと、貴族の評判も上々よ」


うっとりとほほ笑む王妃は成程、ゲームファンの間で神の花オタクと呼ばれるのも納得だ。お茶会での私の様子を伝聞でしか知らない両親は一瞬だけ戸惑ったが、すぐに美しく礼を取る。これ以上食い下がるのは無礼に当たるため、後は国王の判断に委ねるしかないようだ。


「アルフェリア、クラウドは気に入らぬか?其方が望むのであれば年の近いトランテと縁付いても構わぬ」


国王の優しさなのか何なのか分からない発言に場がざわつき、両親も頭を下げたまま動けずに居る。王族を代表する人が勢揃いする中で、一介の公爵令嬢が二人の王子を天秤にかけるなど無礼が過ぎるのではないか。困り果てた私が絶句し立ち尽くしていると、私と国王の間に壁が生えた。クラウド王子の背中だ。


「陛下、アルフェリアを苦しめるような言動はお控えください。それは答えの出せない尋問だ」

「そうか。ランセルの家は礼を重んじる者ばかりであったな。皆聞かなかったことにしてくれ」


国王の言葉でざわめきが止まり、張り詰めていた空気が僅かに緩む。私は気づけばいつものようにクラウド王子の服を握っていて、完璧に美しく整えられた衣装に皺を作ってしまった。振り返ったクラウド王子が私の手を掬うように持ち上げて優しく肩を抱き寄せる。


「アルフェリアは大輪の花ではありますが、その実私の小さな蝶なのです。丁重に扱って頂きたい」

「あぁ…美しい。陛下もそう思うでしょう?」

「なるほど、クラウドを開花させたのはアルフェリアであったか。良かろう。アルフェリアが王妃は荷が重いと言うのであればトランテを立太子させれば済むこと。それもまた先の話だ。ランセル公爵、この縁談進めてよいな?」

「はっ、ご厚遇賜り感謝いたします」


気付けば両親と国王夫妻の間で婚約の話がまとまってしまい、私はいつも通りクラウド王子に連れられて装飾を外してリラックスする専用の部屋に通されていた。驚くことに、この部屋はクラウド王子が王宮の中に持つ部屋のひとつで、初めて連れてこられた日以降私を休ませるための部屋として使われるようになったのだとか。2回目にお邪魔した時からバスルームに通され、スキンケア用品も潤沢に揃っていたものだから着替え用の部屋なのだと思っていたのだが、それらはごく短期間でリフォームされた姿だったようだ。凄まじい行動力だ。


「クラウド殿下、あの、本当に私と婚約なさるのですか?」

「アルフェリア、ここでは呼び方が違っただろう?」

「はい、お兄様」

「良い子だ。婚約については何年も前から候補に挙がっていたんだがな、お前が泣いたあの日に決めたんだ。生涯アルフェリアを守ると」


強く抱きしめられ、優しく髪を撫でられると体から力が抜けていく。もう何度も、こんな時間を過ごした弊害だった。力強い存在に守ると宣言され、涙がこみ上げてくる。彼は1年後、全てを忘れてヒロインを愛してしまうのか、またはこの約束を守ってくれるのか。婚約回避に失敗した私の中には安心と不安の相反する感情が渦巻く。口からついて洩れそうな不安を押し殺し、クラウド王子にしがみ付いて泣いた。


「アルフェリア、そろそろ帰るぞ」

「はい、お兄様。馬車はいつもの場所ですか?」


泣き疲れて寝落ちしそうなタイミングでクラウド王子に背中を叩かれ立ち上がる。簡素なドレスと簡単にまとめた髪、そして泣き腫らした顔は誰にも見られてはいけないものだ。大きな外套とレースが垂れた帽子を被って部屋を出る。色が黒ければ喪服のようだ。


「いや、馬車には乗らない。乗っても良いが、歩いた方が気晴らしになるだろう」

「帰る頃には朝日が昇ってしまいます」

「そう遠くはないさ。庭園の先だがこどもでも辿り着けるぞ。不安なら連れて行ってやろう」


豪華なマントで軽装を隠したクラウド王子に抱え上げられ、夕日に照らされた庭園を進む。確かに、馬車が待つ広場とは反対方向だ。王妃所有の西の庭園とも違って鬱蒼とした森のような庭をゆっくりと進んでいく。紅葉の時期に何度か音楽会や読書会に参加したことのある区画だが、その先までは足を踏み入れたことが無かった。


行ったことはないが、前世の記憶がゲーム画面を映し出す。森のような庭を抜けた先には建物があった。公爵家の本邸よりは小さく、タウンハウスよりは大きいそこに、ヒロインは偶然迷い込んでしまう。そして軽装で現れたクラウド王子に気安く話しかけてしまい、正体を知って大慌てすることになった。冷静に考えればこれだけ鮮やかな赤髪を持つのは国王とクラウド王子ぐらいのものなのだから気付けよと思うが、そこはゲーム。ヒロインは時に常識崩壊レベルのおっちょこちょいを発揮するものだ。なお王妃とトランテ王子、ヴィオレッタ王女は若葉のような薄緑色の髪をしている。


現実から目を背けている場合ではなかった。庭園の出口が見える。ゆっくり歩いていてもクラウド王子の足は長く、彼の住む王子宮はすぐそこに迫っていた。


「お兄様、私は…家に帰らなければ…」

「心配するな。既に陛下と母上からは許可を頂いてるんだ。以前、盛装で馬車に揺られるのが辛いと言っていただろ?」

「はい、言いました……」

「ここに住めば歩いて茶会に行けるぞ。足が辛いなら私が連れて行ってやろう。今宵のように」


何度目かのお茶会の日に確かに言った。ゴテゴテに着飾って馬車に乗るのが死ぬ程辛い。を、出来るだけオブラートに包んでお伝えした。だからと言って王宮に住まわせろとは言っていない。本当に、言っていない。しかし既に国王と王妃に話が通ってしまっているのなら両親は迎えに来ないだろうことは火を見るより明らかだ。あの人達は悪い人ではないが王家を愛しすぎている。ただどうしても、13歳の娘を婚約者と同棲させる是非について問いたい。


「着いたぞ。今日からここがお前の家だ。好きに改装して良いし、ここでは着飾らなくて良い。心のままに過ごすお前を見ていたいからな」

「はい、お兄様。よろしくお願いします」

「アルフェリア、ここでは私をクラウドと呼べ。良いな?」


好きに過ごせと言った傍から満面の笑みで圧力を掛けてくるクラウド王子に頭が混乱する。モラルハラスメントやダブルスタンダードという言葉が脳裏を過ぎるが、先進的すぎる言葉を駆使したところでこの理不尽な権力差は縮まらない。


「はい、クラウド様……」

「それも愛らしいが、クラウドで良い。出来るな、アリア?」


返事をする前に扉の前へと辿り着き、王子宮での生活が始まってしまうのだった。両親にも呼ばれたことの無い愛称を付けられたことに気付いたのは、翌日、クラウド王子が朝日を背負ってモーニングコールに来たときだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ