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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第2話 大導師の影 第4章

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08 少し、誤解が

 「自称ラバンネル」シレキは簡単な旅装を整えると、意気揚々と彼らに手を上げた。

「おお、待たせたな!」

「待ちたくなかったけど、仕方ない」

 ぼそりとオルフィは呟いた。

 と言うのも、シレキは実にオルフィに都合のいい提案をしてきたのだ。

 クートントは彼の知人が面倒を見てくれる上、借り賃をオルフィに支払ってくれることになった。つまり、売り払うという悲壮な決意をしなくても金が入り、なおかつ戻ってくればすぐに引き取れる。

 それはあまりにも理想的で、これ以上よい話が降ってくるとは思えなかった。これからの旅にシレキを一緒に連れること、という条件を呑まざるを得ないと考えたほどに。

「何だ、そのしけたツラは。大導師様が一緒に行ってやろうって言うんだぞ、もっと晴れやかな顔をしろ。ほれほれ」

「憂鬱この上ないよ」

 はあ、とオルフィは嘆息した。

「どうしてついてきたがるんだ?」

「お前たちが俺を必要としてるんだろうが」

「だからそれはラバンネルって人であって」

「だから俺がそうだと」

 もう飽きるほどこのやり取りをした。とてもではないがシレキが「隠しているだけで本当はすごい魔術師である」とは思えないままだ。

(いや、隠してないのか)

 何だか判らなくなってきた。オルフィは頭を抱えた。

(少なくともこのおっさんは魔術師だ。そういう意味では、手を借りられるのは有難いかもしれないが)

(俺が巻き込まれている事態を話す訳にはいかないし……もしも追っ手がやってきたら、こいつは簡単に俺たちを売り渡すかもしれないし)

 シレキの方ではオルフィらをかばう理由などないのだ。そう思えばとても話せず、連れることも警戒しなくてはならない。

「とてもじゃないが信じられん」

 その少し前、当のシレキが席を外している間、きっぱりと若者は言った。

「ですが、万一ということも」

「あると思うか?」

「正直、あまり」

 カナトは肩をすくめた。

「『前にも名乗ったことがある』とか口走ってたもんな。本物なら、消息不明なんかじゃないってことになっちまうし」

「ただ、それについては『協会にとっての』消息不明ですから」

「あん?」

 オルフィは首をかしげた。

「何だって?」

「協会を利用しなければ、協会には掴みようがないです。本気で探ろうとすれば別ですけど」

「そうか、協会」

 オルフィは口の端を上げた。

「おっさんを協会に連れて行って、これが本当にラバンネル術師かって訊くのは」

「基本的に、名乗ればそれが名ですから意味がないですね」

「あん?」

「協会は、通り名で依頼してくる人に『本名』を明かすよう言う場合はありますけど、魔術師に対しては『登録名』だけが重要としますから。つまり、彼がシレキと登録しているが本名はラバンネルだと言えばそれは有り得てしまうんです」

「ラバンネル術師はラバンネルで登録してるんじゃないのか?」

「判りません。少なくとも『あの人はラバンネルと呼ばれていた』というだけで」

「ううん」

 オルフィはうなった。

「でもさ、本物なら、これのことが判るよな?」

 彼は左腕を叩いた。

「そう思います。ただ、その、公正に言って、もしも本当に呪いをかけられて魔力を失っているのであれば……」

「判らないかもしれないって? 伝説の大導師だろう? それにそんな魔法をかけられる魔女なんているのかよ」

「判りません」

 困ったようにカナトは答えた。

「十中八九、嘘だと思うけどな」

 もしも本物であれば籠手のことを明かしたいが、騙りであれば――まず、そうだろう――知らせるのは危険だ。手配書の話題は聞いていないが、ここにも回ってきていないとは限らない。いや、近いうちに回ってくるはずだ。

「やっぱり、これのことは黙ってよう。とりあえずおっさんが何を言おうとラバンネル探しを継続してたら、ついてくる気もなくしてくれるかもしれない」

「いったいどうして、ついてこようとしてるんでしょう」

「さっぱり判らないな」

 給仕娘の反応からすると「ただの困ったおじさん」という感じで、狂人という訳でもないようだ。何らかの判断に基づいて同行を申し出ているようだが、その理由に皆目見当が付かない。

「何だ? 俺の顔に何かついてるか?」

 オルフィの胡乱そうな視線を受けてシレキは目をしばたたいた。

「いや、別に」

「さて、どこへ行くんだ? エクール湖か?」

「は?」

 〈はじまりの湖〉エクール湖の名はオルフィも知っているが、行く予定はない。

「当てはないんだよ。まずはこの町や隣町でラバンネルの話をもっと聞こうってだけ」

「だから俺が」

「それはもういいから」

 手を振ってオルフィはシレキの「俺がラバンネルだ」を阻止した。

「何で一緒にきたがるのか知らないけどさあ、クートントのことは助かったし、約束なんだからついてきてくれていいさ。でも俺のやることを邪魔しないでくれよ」

「そんなつもりはないぞ。助けてやろうと」

「俺がラバンネルを探している横で『自分がそうだ』なんて言われちゃ困るってことだよ!」

 少々苛立ちを込めてオルフィは声を荒げた。

「まあまあ、オルフィ」

「うー……」

 犬のように彼はうなり、カナトはなだめた。

(くっそー、お兄さんのように振る舞うはずが)

(それもこれも、こいつのせいだ!)

 シレキのせいにしてオルフィは男を睨んだが、当の相手はどこ吹く風だった。

「もしかしたら今後の予定が決まっていないのか? 俺様に相談してみなさい、うん?」

「もう、いい」

 ラバンネルでなければ意味がない、と繰り返しても意味がないことはもう判りきっている。オルフィはげんなりした。

「とにかくこの町でもう少し」

 聞いてみましょうかと、カナトはおそらくそうしたことを言おうとしたようだった。しかしその前にオルフィははっとする。

「カナト」

「あっ」

 道の向こうにマルッセの町憲兵らしき姿が見えた。

「行こう」

「はい」

 顔を伏せ、彼らは踵を返して小道に入った。

「何だ何だ?」

 シレキもついてくる。

「町憲兵を見てびびったのか? お前ら、悪い奴らなのか」

「どう見える?」

 口の端を上げてオルフィは問うた。

「お前さんはともかく、そっちの子は虫も殺しそうに見えんな」

「俺はともかくってのは何だよ」

「わはは、怒るな怒るな。少なくとも極悪人には見えんよ」

「そりゃどうも」

 小悪党になら見えるとでも言うのだろうか。確かにシレキにはつっけんどんにしているが、それは仕方あるまい。

「少し、誤解があるんです」

 カナトが婉曲に言った。

「ふうん、誤解ねえ?」

 シレキはじろじろとふたりを見た。

「ま、いいだろう。俺も町憲兵なんて連中はいけ好かない。にこやかに挨拶をする気にもならんからな」

 かまわないとシレキは手を振った。

「ん? ラバンネルに相談というのはそれか? 誤解で町憲兵に追われているから、何とかしてほしいというような」

「違うよ」

 オルフィは否定した。

「まあ、もしラバンネル術師がここにいて、そうしてくれるって言うなら断る筋合いはないけどさ」

 それが目的で探している訳ではない。

「何だ、違うのか」

「……残念そうだな?」

「それくらいなら問題ないかと思ってな」

「は?」

「いや」

 何でもないとシレキは首を振る。

「おや、シレキじゃないか」

 そのときどこかから声がかかった。オルフィとカナトはきょろきょろしたが、シレキはぱっと上を見上げた。

「よう、ヤクタスのおやっさん。まだ生きてたか」

 その視線の先を見てみれば、二階の窓から老人が顔を出していた。

「相変わらず口の悪い男じゃの。その若い子たちは何だい。また何かたかってるのか」

「……たかる?」

 オルフィは顔をしかめた。

「おいおい、人聞きの悪いことを言うなよ。この前のことを言ってるなら、あれは向こうがおごると言ってきただけで俺からたかった訳じゃないぞ」

「そうじゃったな、知っとるぞ」

「なら変な言い方するなよ。気のいい青少年たちが誤解するじゃないか」

「そこの子供たち。シレキは悪党じゃないが、おかしな奴だからな。引っ張り回されんようにするんじゃぞ」

「あっ、こら」

 変なことを言うんじゃない、と男は両手を振り回した。

(……まあ、確かに変な奴っぽいが悪い奴ではなさそうだよな)

(だからって信用はできないと言うか)

(ついてこられても何にもならないどころか)

(困る)

「あの、おじいさん!」

 カナトが両手を口に当てて二階の老人に話しかけた。

「突然で失礼とは思いますけれど、ラバンネルという人の話を聞いたことはありませんか!」

「ああ?」

「お、おい」

 と慌てたのはオルフィではなくシレキである。

「こちらのシレキさんにもお話を伺ったんですが、できればご年配の方からもお話を伺いたくて!」

「――こりゃ、シレキ! また旅人に適当なことを言ってからかっておるのか!」

「あちゃあ」

 ぺちん、とシレキは額に手を当てた。

「魔術師ラバンネルの話が聞きたいならわしが聞かせてやろう。シレキの戯言などに耳を傾ける必要はない」

「爺さん、知ってるのか!?」

 オルフィは色めき立った。

「年寄りの昔話が聞きたいのであれば、左の階段から上がっておいで」

「おしっ」

 ぱっと走ってオルフィは階段を確認した。

「よくやったカナト! 行くぞ!」

「はいっ」

「あー、もし……」

 シレキが困ったような声を出していたが、ここはかまってやるところでもない。無視して彼は外階段を駆け上った。


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