07 ほどほどにしてくれ
「あの、もし本当にラバンネル術師をご存知なら、もう少し話を聞かせてもらえませんか」
「『ご存知なら』じゃないの。俺が、ラバンネル」
「しつこいよ」
オルフィは息を吐いた。
「嘘だと責めたりはしないからさ。協力してもらえないかな」
「だから話の内容によっては相談に乗ってやってもいいと言ってるだろう。さあ、何でも話せ」
あくまでもシレキは「ラバンネルごっこ」を続けるつもりと見えた。オルフィは嘆息する。
「悪いけど、たとえあんたがものすごく知識を持っていてもどうしようもないんだ。ラバンネル術師本人の魔力がないと」
「だから呪いがかかっていてだな」
シレキは言い張った。
「そこまで『ラバンネルの力』を必要とするなら、さぞや大変な事態なんだろう。ほれ、聞かせてみろ」
「おっさん、ただの好奇心で言ってないか?」
「いやいや、そんなことはないぞ」
「どう聞いてもそうとしか」
「大導師様に失礼な」
「違うんだろ?」
「むむむ」
「いい加減にしてくれよ」
オルフィはまた息を吐く。
「助けてくれるって言うなら有難い。でも好奇心を満たしてやる気はないよ」
「好奇心じゃないって」
「信じられるか」
「いやね、長年魔術に携わってきた者として、魔術のことで悩んでいる人間を放ってはおけないとな」
「そりゃ立派な心がけだな。だがそれならそう言えばいいじゃないか」
何もラバンネルのふりをしなくたっていいはずだ。オルフィはそう指摘したが、シレキは肩をすくめた。
「誤解ないようにもう一度言うぞ。俺はそうそうしょっちゅうラバンネルの名を出してる訳じゃない。その名が必要だと思った相手にだけ名乗ってるんだ。そういう意味で、お前たちは俺の琴線に触れた。こう、びびっときた訳よ」
「はいはい」
オルフィは段々面倒臭くなってきた。
「有難う。有難いよ。でもな、呪いがかかってるあんたじゃ駄目なの。さよなら」
言って彼は立ち上がった。
「おい……」
「もう行こうぜ」
「でももう少し、話を聞きませんか? この人は本当にラバンネルのことを知っているのかも」
「だから本人だって」
懲りずにシレキは主張する。オルフィはちらりとシレキを見てからカナトに首を振って見せた。
「この調子じゃ、仮に知ってたとしても素直に話してもらえそうにないぜ」
「まあ、オルフィがそう言うんでしたら」
うなずいてカナトも立ち上がった。
「おい、どこに行くんだよ」
「とりあえず、あんたのいないとこかな」
「そう言うなって。聞かせろってば」
「何度も言わせるなよ。俺が何に困ってるか判らないラバンネルさんには用はないの」
「むむむ」
シレキも立ち上がった。
「よし! じゃあこうしよう」
「あ?」
「俺も一緒に行こう」
にやりとしてシレキは言い、オルフィはぽかんと口を開けた。
「ちょ、ちょっと待て。何でそうなるんだ」
「お前も気づいた通り、呪いにかかって魔力が思うように使えなくても、俺の知識は充分だ。魔術的な要素を見落とさないように助言してやれるぞ」
「それならこのカナトで充分。こいつをガキだと侮るなよ、優秀なんだから」
「もちろん見た目だけで判断しやしないさ。少年の魔力はよく判ってる」
魔術師には魔術師が判る、とまた言って年上の魔術師はうんうんとうなずいた。
「だが年の功という言葉があってだな。いくら魔力が強くて知識があっても、経験は俺より少ないだろう。どうだ?」
「確かに、経験が充分だとは言えませんけれど」
「だろう、そうだろう」
満足そうにシレキは言った。
「あんまり調子に乗らせるなよ」
「あ、すみません」
「謝らんでもいいけどさ」
彼らがいつものやり取りをするとシレキは笑った。
「面白そうだな、お前たち。同行する甲斐がありそうだ」
「いや、待てって」
「支度は何もないから、別に待たなくてもいいぞ」
男は立ち上がった。
「さあ、どこに行くんだ? もしかしたら〈導きの丘〉に行ってみようとここにきたのか? 別に見ても面白いもんはないが、行きたいなら案内してやろうか」
「……待てってば」
オルフィは片手を上げた。
「町の外までついてくる気なのか!?」
「何かおかしいか?」
「おかしいだろ、どう考えても」
「理に適っているじゃないか」
「ちっとも」
半ばげんなりしてオルフィは言い、はあ、とため息をついた。
(何だよ、こいつ。どうすりゃいいんだ?)
(まさかこれまで、俺が拾い上げたとか言わないよな?)
オルフィはちらりとカナトを見た。カナトもオルフィを見ていて、彼の判断を待つかのようだった。
「何してんだ、オルフィ。行くぞ」
シレキは当然のように彼を促した。
「〈導きの丘〉か? それともほかの町か」
「いや、あの、ラバンネル……」
「何? 大導師様の偉業についてもっと聞きたいのか? そんなの、道中でいくらでも話してやるさ」
わははとシレキはオルフィの背中をばんばん叩いた。
「痛えな、おっさん!」
「ラバンネル様と呼べ。いや、それは少々目立つな。シレキ様でいいぞ」
「誰が『様』なんて呼ぶか」
「そうだな。それも目立つからな。シレキでいいだろう」
「あのな。何であんた、そう偉そうなんだよ」
「そりゃあ、お前の親父くらいの年齢だからな。目上の人には礼儀正しくするべしって教わらなかったのか」
「目上と年上は違うだろうが。年を取ってりゃ誰でも偉いって訳じゃないし」
「確かにな。だが俺様が偉いのは話した通りだ」
「自分でそんなふうに言う奴はたかが知れてるってもんだ」
ジョリスのことを思い出した。サレーヒも。ナイリアンの騎士と呼ばれ、人々から尊敬を受ける身でありながら、自分は大したことがないと言うようだった。根拠はないが、アバスターやラバンネルもきっとそうした人物だったに違いないと思える。思いたい、というところだが。
「そんな言い方されちゃ、ラバンネルさんも迷惑ってもんだ」
「なぁに、俺は気にせんよ」
「だからあんたじゃなくて」
(全く、疲れるおっさんだな)
「頼むからごっこ遊びもほどほどにしてくれよ」
げんなりとオルフィは言った。
「そうだな、ラバンネルというのは一般には知られた名じゃないが、カナトが知っての通り、魔術師たちには有名だ。知られると面倒ということもある。やはりシレキの名を使うのがいいな」
うんうんとシレキはうなずく。まだラバンネルのふりを続ける気であるらしい。
「ああ、自分の金はちゃんと持ってるからな。たかる気はないから安心しろよ」
「たかられてたまるかよ」
「そうはせんと言ってるんだ。話の判らん奴だな」
「あんたに言われたくない!」
思わずオルフィは噛みついた。
「まあいいさ。早く行こうじゃないか」
親しげにシレキはオルフィの肩を組んだ。どうしたらいいものかと、オルフィはうなるような声を発して肩を落とした。




