06 判ることがあるはず
オルフィはぽかんと口を開けた。
「う、嘘だろ?」
「何だと?」
「だってまさか、そんな」
「何がまさかだ」
男は胸を張った。
「……カナト」
「すみません。正直、あまりそうは見えません」
少年が非常に控えめに言ったことはよく判った。
「魔力だって、失礼ですが、僕より弱いと思います」
口調は丁寧だが、確かになかなか失礼な台詞であった。
「だよな。絶対、違うだろ。こんなおっさん」
「何だと? 人を探しておきながら礼儀のなってない奴だな」
むっつりと男は言う。
「おっさんで何が悪い。じゃない、仕方ないだろうが。大導師様だって永遠の美青年ではいられん。なあ、少年?」
「はあ、まあ」
カナトはまばたきをしながら曖昧に返した。
「そんなことを言ってんじゃないんだよ」
自ら「美」とつけるとは図々しいと思ったが、とりあえずそれは無視してオルフィは顔をしかめる。
「年齢的におっさんだからおかしいとか言ってないだろ。ただ、あんたはとてもすごい魔術師には見えない」
実に正直に思うところを言って、オルフィはちらりとカナトを見た。「見た目」という話をするならカナトだって導師が認めるほどのすごい魔術師には見えないのだから、根拠としては薄い。しかしカナトには判るはずだ、という意味の目線でもあった。案の定と言うのか、いささか遠慮がちに少年はうなずく。
「確かに、この人に魔力はあります。ですが」
カナトは声をひそめた。
「正直、お世辞にも強い力があるとは見えません」
「おう、聞こえたぞ」
男はだみ声で口を挟んだ。
「少年、お前も魔術師なんだから判るだろ。魔力は隠せないが、小さく見せることはできる。俺様のような偉大な魔術師が普段から力を開放してたらたいへんなことになるからな」
「……はあ」
「それなら、証拠として『開放』してみせてくれよ」
オルフィは両手を腰に当てた。
「本物のラバンネル術師なら、このカナトにはきっと判る」
「ふん、大導師ともあろう者が、ちょっと頼まれたくらいでほいほい力を見せるかってんだ」
ラバンネルとはとても思えない相手は鼻を鳴らした。
「いいか。力ある魔術師ってのは、いざってときのために力を温存しておくもんだ。判るだろう、少年」
「はあ、確かに、導師や協会長は普段、力を抑えておいでですけど……」
そこには同意するものの、成程そうですかとも納得できない。カナトの気持ちは、まるでオルフィが魔術師になったかのように手に取れた。
「もうっ、シレキさん、また旅の人をからかって!」
そのとき先ほどの娘キオラが通りかかって自称ラバンネル――シレキという名前らしい男の背中を叩いた。
「ごめんなさいね、お客さん。この人、冗談ばかり言うのよ」
「やっぱり」
オルフィは眉をひそめて呟いた。
「何、いや、本当だぞ。キオラ、お前さんは知らないだろうがな、魔術師ラバンネルと言ったら三十年ほど前にこのナイリアンで活躍した魔術師でな」
「それはさっき聞いたわよ」
キオラは笑った。
「さっき自分で『それは伝説の魔法使いの名前だ』って言ってたのに、自分が『伝説』のふりをしちゃうなんて。その図々しいところがシレキさんらしいわね」
くすくすと給仕娘は笑った。オルフィは天を仰ぐ。
「わざわざ、どうも」
口の端を上げてオルフィは言った。こっちから訊いたならともかく、いちいち席を立ってやってきた上でからかうというのはずいぶん暇人だと思った。
「いや、嘘じゃないんだって。ほんとほんと」
男はキオラと、それから彼らに向かって言ったが、給仕娘は笑いながら去ってしまった。
「まじだぞ。キオラが知らなかっただけで、俺は前にもそう名乗ったことがあるんだからな」
「『前にもそう名乗ったことがある』って、怪しすぎるじゃんか」
ぼそりとオルフィは指摘した。
「こんな騙りがまかり通るようじゃ、ラバンネルって名前はここでもあんまり知られてないみたいだな」
「有名だからこそ、ということもあるかもしれませんよ。誰でもすぐ嘘だと判る、お決まりの冗談という可能性も」
カナトはそんなふうに考えたようだった。
「本当なんだって」
シレキと呼ばれた男は顔をしかめた。
「いままで隠してたがな、俺がラバンネルなんだ」
「……何でいままで隠していたことを通りすがりの旅人にばらす訳?」
信じられるはずがない。オルフィは胡乱そうな表情を隠すことなく言った。
「それはだな、その、あれだ」
こほん、とシレキは咳払いをした。
「運命というものを信じるか、お若いの」
「あんまり信じないかな」
表情を変えずにオルフィは返す。
「言っておくが、俺は誰彼かまわずこの話をする訳じゃないぞ。いいか」
男はぐっと身を乗り出し、釣られてオルフィもつい聞く体勢になった。
「今日、俺は、お前たちに運命を感じたんだ」
「……はあ」
真剣に聞くようなことではなかった、と若者は肩を落とした。
「何だ、その気のない返事は。〈定めの鎖〉が示すものは馬鹿にならんのだぞ。なあ少年」
「はあ」
カナトも曖昧な相槌しか打てないようだった。
「お前たち、何でラバンネルを探してる?」
その問いが再びやってきた。
「ただ『噂を聞いて興味があって』って訳じゃないだろ? 話してみるといい」
「……あのさ」
不信感たっぷりに、オルフィは言う。
「もし。万一。仮に。たとえ話として。あんたがラバンネルだったら」
「そうだと言ってるだろうが」
「――俺が言わなくても判ることがあるはずだ」
正直に言うならオルフィは、魔術がどんなことを可能にするのか、また可能ではないのか、何も知らない。しかし判るはずだと思った。
〈閃光〉アレスディア。アバスターの籠手。それともラバンネルの籠手。
彼の左手にある、この偉大なるもの。
「魔術師だからって何でもお見通しだと思われちゃ困る。なあ、少年」
「彼はそんなことを言ってるんじゃありませんよ」
少年魔術師は無論、連れの発言の意図に気づいた。
「あなたがラバンネルならば判るはず。僕もそう思います」
「む」
男は困ったような顔をした。
「仕方ない。本当のことを話そう」
「はいはい」
オルフィは聞き流そうとした。今更「嘘でした」などと聞いても判りきっていることだ。
「実はな。俺は呪いを受けたんだ」
「は?」
やってきたのは予想外の言葉だった。
「性質の悪い魔女に引っかかってなあ。気を許したところをやられたよ。おかげで魔力を少々封じられてな。まいったまいった」
シレキは呵々と笑った。オルフィは呆れて口を開けた。
「巧いこと言うもんだ」
「本当だって」
繰り返しシレキは主張した。
「相談ごとがあるなら遠慮なく言っていいんだぞ。魔力は本調子には及ばないが、知識はあるしな」
「だから、判らないんなら話にならないんだってば」
「むむ」
「申し訳ありませんが、ほかの方を当たっていただけませんか。僕たち、真剣に探しているんです」
「お、お前たち、まるで俺が暇をもてあまして旅人をからかっている困った親父みたいにだな」
「違うとでも?」
容赦なくオルフィはじろりと睨んだ。
「もちろん、違う。魔女の呪いのせいだ」
「ちなみにそれ、いつからかかってる訳? 三十年くらい前から?」
「よく判ったな」
「そんなことだろうと思った」
ラバンネルの消息が聞かれなくなってからラバンネルを名乗っているに違いない。
(もっとも、給仕の子……キオラが知らないんじゃしょっちゅうやってるってこともないんだろうし)
(ろくに魔力がないんじゃ、詐欺だって働けないだろうけど)
悪質という感じはしない。給仕娘の言う通り、旅人をからかっているという程度なのだろう。
だがこちらは真剣だ。からかわれて一緒に笑っていられる余裕はない。




