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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第2話 大導師の影 第4章

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05 運がいいようだ

「あの」

 少年はまっすぐオルフィを見た。

「あの、これ以上クートントのことを決める前に、ラバンネル術師のことを少し人に聞いてみませんか」

「ん?」

「つまり、その、ラバンネル術師の行方が判ったらクートントを売る必要性はぐんと減るんですし」

「ああ、成程」

 カナトの言わんとしたことは判ったが、そう簡単に見つかるはずがないのはお互い百も承知のはず。

(あー、俺が気づかなきゃいけなかったんだなあ)

 クートントが目立つということ、カナトが先に思いついた。だから彼は先に言った。それだけのことなのに、少年はずいぶんと申し訳なく思っているようだ。

(いけねえいけねえ。もっとお兄さん(・・・・)らしくならないと)

「カナト。助かるよ」

 若者は手を伸ばしてカナトのやわらかな茶色の髪を撫でた。小手先で年上っぽくしたところで中身が伴わなければ意味はないが、何となくそうしたかったのだ。

 それからふと、子供扱いは気に入らないだろうかと思ったが、少年は緑の目をしばたたかせてから少し笑った。それは決して苦笑めいたものではなく、幼い子が親に褒められて照れ臭そうに笑う様子に似ていた。

「おっし、それじゃ腹ごしらえを済ませて聞き込みと行こう」

 ぱしんとオルフィは手を打ち合わせた。

 動揺している場合ではない。闇雲に先を急ぐのでもなく、冷静に、為すべきことを為す。

(カナトに支えてもらってる場合じゃない)

(甘えてんじゃねえぞ、オルフィ!)

 彼は自分を叱咤した。

(確かに、俺は大変な事態に陥ってる。動揺して焦るのも仕方がないところはある。でも焦りっぱなしじゃ駄目だ)

(やるべきことを考えて、一個ずつこなす。もしそこで何か間違っていたら、カナトに指摘してもらうのもいいさ)

(焦って先走るんじゃなく、考えなくちゃな)

 そう思うと逆に落ち着く感じがした。オルフィはそっと深呼吸をする。

「さてと」

 食事を終えると、オルフィは周囲を見渡した。話を聞くならこの場合、〈導きの丘〉のことを知っているであろうここの住民の方がいいはずだ。

「ねえ、ちょっと聞きたいんだけど」

 オルフィはまず給仕娘に声をかけた。

「あら、何?」

 娘は盆を抱えて足をとめた。

「見たところ旅の人ね? お勧めの宿でも知りたいの?」

「いや、そうじゃないんだ」

 彼は首を振った。

「魔術師ラバンネルって知ってる?」

「は?」

 娘は目をしばたたいた。

「何それ」

「あ、いや。知らないなら」

 いいんだ、とオルフィは笑みを浮かべて手を振った。不審そうな顔をしながら娘は仕事に戻った。

「ちょっと直接的すぎたかな」

「いいんじゃありませんか。下手に言葉を濁しても仕方がない」

 カナトは言った。

「ただ、『魔術師』というのは嫌がられる可能性もありますから、『ラバンネル』とだけ言った方がいいかもしれませんね」

「成程」

 自らが魔術師であるにもかかわらず冷静な判断をするカナトにはいつもながら舌を巻く、とオルフィは感心した。

「そうだ、それに最近の消息はあんまり聞かれないって話だったよな。爺さんとか婆さんに聞いた方がいいのかも」

 そう思い直して彼は店内を見回した。生憎、見るからに老人というような人物は見当たらない。だが四、五十代と思しき男なら何人か見受けられる。誰にしようかと見回していたオルフィは、ひとりの男と目が合った。

 それは四十代半ばと見える、体格のいい人物だった。戦士のように鍛えている感じではないが太っていると言うのでもなく、もともと身体が大きいのだろうと思われた。

 彼がその相手の方を見たのは、男が先ほどの給仕娘と慣れた様子で話をしていたからだ。町の者だとの推測がつく。

「おし、あの人に話を」

 聞いてみよう、と彼は立ち上がりかけ、中腰でとまってしまった。

 と言うのも、その男こそが立ち上がって彼らの方へやってきたからだ。

「へっ?」

「何でしょう?」

 カナトも気づいた。

「まさかまた絡まれるんじゃないだろうな」

 そんな「引き」は困る。オルフィは顔をしかめた。

「よう、兄ちゃんたち」

 白髪混じりの黒っぽい髪をした年嵩の男は、無精髭の生えた顔に笑みを浮かべて声をかけてきた。

「あ、ども」

「こんにちは」

 若者たちは目をしばたたきながら言葉を返した。少なくとも喧嘩を売られる感じではない。

「ここ、いいか」

 言いながら男は彼らの返事を待たずに同じ卓についた。

「な、何だよ?」

 戸惑いながらオルフィは問うた。

「キオラから聞いた。魔術師ラバンネルを探してるみたいだな?」

「えっ」

 先ほどの給仕娘の名がキオラと言うのだろう、というのは判ったが、そんなことはどうでもいいと言えた。

「おっさん、何か知ってるのか!?」

 勢い込んでオルフィは尋ねた。

「『おっさん』はないだろう」

 顔をしかめて男は言った。

(いや、どう見てもおっさんじゃないか)

 とは思ったものの、口はつぐんでおいた。

「何でまた、ラバンネルを探してるんだ?」

「それは」

 迷うところだ。全てを話すことはできないが、どんなふうに言えばいいのか。

 ただ口を挟まれただけであれば――ヒューデアが何度も言ったように――「あんたには関係ないだろう」という返答で充分だ。何も挑戦的に言わなくたって「何でもない」とか「そんな話はしていない」とか返せばいいだけだ。

 だが彼の方で聞きたいことである。話してもらうには、喧嘩腰はもちろんのこと、あまり不審に思われる態度も避けなければ。

「……すごい魔術師がこの辺にいたって聞いて」

 オルフィはまず、無難なところを選んだ。

「ふん? 有名人に会ってみたいってなところか? それとも何か相談があるのか」

「相談ってほどでも、ないけど」

「ははあ、成程」

 何に納得したのか知らないが、男はこくこくとうなずいた。

「もっとも、魔術師協会の方が話は早いんじゃないか。それっくらいの助言はそっちの坊やがやってるだろうが」

「へ? 何で」

 確かにその通りであったが、何故判ったのか。オルフィは目をしばたたいた。

「オルフィ。この人」

 カナトがそっと囁いた。

「魔力を持っています」

「へっ?」

「わはは、魔術師には魔術師が判る、って知ってるか? お若いの」

 正直なところ、「魔術師」というものから離れた雰囲気を持つ男は呵々と笑った。

「じゃっ、じゃあ!」

 オルフィは勢い込んだ。

「本当に知ってるんじゃないか? ラバンネルの――」

 身を乗り出した彼を制止するように、男は片手を上げた。そしてにやりと大きく口の端を上げる。

「なかなか運がいいようだな」

「やっぱり知ってるんだな。どうか教えてくれ」

 真剣にオルフィが頼む。

 と、男は胸をとんと叩いた。

「どうする?」

「は?」

「え?」

 きょとんとする若者ふたりを前に、男は満足そうだった。

「大導師ラバンネル様とは、この俺のことだと言ったら?」


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