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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第2話 大導師の影 第4章

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04 言いにくいんですが

 〈導きの丘〉はマルッセの町とモアンの町の間にあると言う。

 マルッセの町までは考えていたよりも早く、日の高い内に到着した。逃げるように――実際、逃げたのだが――ほとんど休憩も取らずに急いでやってきたのが幸いしたのかもしれない。

 カナトは少し休んだ方がいいと言ったが、オルフィは気が急いて、先へ進もうと言った。本当に〈導きの丘〉でラバンネルが見つかるとは思えなかったものの、もしかしたらという気持ちがあった。

 大導師ラバンネルに会うことができたなら、問題は半分以上解決する。

 当人がいないとしても、何か手がかりが得られたら。

「手がかりが得られたら」

 カナトは渋面を作った。

「また休まず、その次へと言うんでしょう?」

「う」

 オルフィは詰まった。

「確かに、のんびりするのは得策じゃない。追っ手がいつくるとも知れませんからね」

「それなら……」

「でも食事休憩くらいは取るべきです。クートントだって休ませないと」

「う」

 痛いところを突かれた。老驢馬はいつもより急がせられても頑張って従ってくれたが、いつまでもは続かない。

(続かないのは)

(俺もカナトも同じ、か)

 もちろん判っている。先へ進めばカナトの言う通り、また先へ先へと思ってしまうだろうが、どこかでは休まなくてはならない。

「おし、飯は食おう」

 オルフィは決めた。

「念のため、東門に近い厩舎と食事処を見つけて」

「言いにくいんですけど、オルフィ」

 そっとカナトは言った。

「クートントを置いていくことも、考えて下さいね」

「おいおい。こいつは相棒だって言っただろう?」

 片眉を上げて、オルフィ。

「だからですよ。驢馬の荷車なんて、充分、特徴になる」

 追われることを警戒するのならば特徴を作るのは避けた方がいいと、それがカナトの意見だった。

「それは……」

 もっともな意見でもある。オルフィはまた詰まった。

「そして、これもまた非常に言いにくいんですが」

 言葉の通り、カナトは申し訳なさそうな顔をした。

「クートントを売ることも考えて下さい」

「何だって?」

 これは思いがけなくて、オルフィは目を見開いた。

「現状、とりあえずの路銀はありますけど、〈樫時計〉亭に捨て置いてきたものも多い訳ですよね」

 手元にあるのは身につけていた財布や小物類と「箱」だけ。替えの衣服や、往路の余りの干飯もない。

「それをクートントを売った金でまかなえと?」

「一案です。言っておきますが、僕の分を弁償してほしいなんていうんじゃありませんよ」

「う」

 カナトは否定したのだが、言われてみればオルフィのせいでカナトも荷を失ったことになる。

「『特徴』を減らしておくこと、それから資金を増やしておくこと、逃亡には重要なことだと思います。足がなければ速度は落ちますが、急いで遠くに行けばいいというものでもない」

「確かに、な……」

 オルフィは息を吐いた。カナトの言葉は理に適っている。クートントを手放したくないというのは彼のわがままにすぎない。

「食事をしながら、考えて下さい。どちらに答えを出しても、僕は何も言いませんから」

 カナトの意見を無視しても文句は言わない、ということであろう。

(こんなに考えさせて、気を遣わせて)

(とてもじゃないが、俺が兄貴分なんて言えないな)

(クートントを……売る、か……)

 考えたこともなかった。クートントがいたからこそ、彼は荷運び屋をやってこられたのだ。クートントとの別れはおそらく、驢馬の寿命がくるという避けがたい理由によってであろうと考えていた。それ以外の可能性は思ってみたこともなかった。

(でも、考えなきゃいけないな)

(感情的に拒否するんじゃなくて)

(クートントを連れる利点と欠点を真剣に検討して)

(……最悪の場合は)

 黙ってしまったオルフィをカナトはすまなさそうに見ていた。気づいてオルフィは笑みを浮かべてみせたが、カナトの方では笑わなかった。

 気遣わせている。その思いは強くなるばかりだ。

 兄貴面をするためというような理由では断じてないが、相棒を売ることも考えなくてはならないと思った。

「なあ、カナト」

 門に近い大衆食堂〈優しい梢〉で簡単な食事を摂ることにした彼らは、料理を注文する以外、ほとんど話をしなかった。

 何も気まずい沈黙が落ちていた訳ではなく、人前で相談できることはあまりないからだ。カナトが術を使えば可能ではあったが、現状の方針は――このまま東に向かうという点においては――定まっている。切羽詰まって相談することはなかった。

 料理の皿が空になろうかという頃、麺麭(ホーロ)をちぎりながらようやくオルフィは口を開いた。

「クートント……売ることにする」

「オルフィ」

 カナトはしかし、そこで得たりとうなずいたりはせず、むしろぎょっとしたような顔を見せた。

「す、すみません! 僕……」

「いいんだ」

 少年が自らの提案を悔やんでいたのだということはすぐに判った。

 ちょっと冷静に考えれば、どこからどう見たってカナトの言うことが正しい。だがカナトはそれを押すことなく、むしろ酷いことを言ったと、そう感じていたのだろう。

「いいんだ」

 オルフィは繰り返した。

「カナトは適切な助言をくれた。俺はただそれに乗るだけじゃなく、闇雲に否定するんでもなく、考えたんだ」

 ゆっくりと彼は言った。

「カナトが言ったような利点があるだろ。ほかにも俺は、気づいたことがあるんだ。……クートントを無理に急がせたりしたら、あいつの寿命、縮まっちゃうんじゃないかと思って」

 年老いた驢馬だ。慣れない道を行くだけでも緊張しているだろうに。

「客観的に考えて、あんまり高くは売れないと思う。すぐに買い手がつくとも限らないから、時間がかかるようならやっぱり一緒に連れるしかないと思うけど」

 考えた結果をぽつぽつと告げれば、カナトは痛ましいような顔をした。

「謝るなよ?」

 オルフィは先取って笑った。

「『解決』したらさ、買い戻すことも視野に入れてるよ」

「そっ、それだったら、貸すという形はどうですか? 必ず、返してもらえるように」

 カナトはまるでクートントが彼の相棒であるかのように必死な顔をした。

「それもちょっと考えたけどな。あんまり条件を付けたら乗ってくれる人もいなくなる。資金を得ることを重視するなら、買い叩かれるとしても皆無よりまし」

 それに、と彼は続けた。

「買ってくれたらさ、きっと大事にしてくれるだろ。大事にしてくれそうな人じゃないと売りたくないって言うべきかな」

 呟くように言ってからオルフィは頭をかいた。

「はは、結局わがままばっかだな」

「そんなこと!」

 カナトは首をぶんぶんと振った。


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