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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第2話 大導師の影 第4章

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03 協力者

 〈樫時計〉亭の周りでは、制服姿がちらほらと見えた。

(よかった。きっと逃げているんだわ)

 幼なじみに謂われなき嫌疑がかかったままなのはすっきりしないが、きちんと調べてもらえないまま犯人にさせられる危険があるなら、ラスピーの言うようにいまは逃げた方がいい。

(神よ、オルフィをお助け下さい)

(あの子は断じて、罪など犯していません)

 当のオルフィがその祈りを聞けば複雑な思いもあったろう。実際、青き籠手〈閃光〉アレスディアは彼の左腕にあるからだ。

 だが少なくとも城から盗んでなどいないことは事実。リチェリンの信頼は間違いではなかった。

「――おい」

 町憲兵の声がして彼女はぎくりとしたが、それは彼女やラスピーにかけられたものではなかった。

「驢馬がいなくなっているようだぞ」

「街の封鎖はどうなってる」

「いや、まだナイリアールから逃げたとも限らん。探せ」

(驢馬というのはクートントのことね)

(間違いないわ、少なくともいまは逃げている)

 捕らえられていない、と思うと少しだけほっとした。

「リチェリン嬢、どうするかい?」

 不意にラスピーはくるりと彼女を振り向くと、両腕を伸ばして娘の両肩においた。かと思うとその後ろで手を組み合わせ、抱き締める寸前のような体勢を取る。

「え?」

 まるで恋人のような接近と接触に驚くよりリチェリンは戸惑った。

「どう、とは?」

「気づいて逃げ出したからには、彼らはもちろん戻ってこないだろう。追いかけるのは当てもないし意味もない。故郷に帰るかい?」

「そんな。帰るなんて」

 帰れないと言いかけてリチェリンは詰まった。

(そうだわ、私、神父様の弔いを)

(カルセンに戻らないとならないんだわ)

 身が引き裂かれる思いだった。大恩あるタルーの葬儀に参列することも、オルフィを案じて彼のために何かできないかと考えるのも、同じだけ大事なことだった。

「もし私の意見を尋ねてもらえるなら、私は『死者は嘆かない』と言おう。生きている者の方が大事だとね」

 ラスピーは尋ねられないままに答えた。

「どうして……」

 リチェリンは目をしばたたいた。

「まさか、タルー神父様のことを何かご存知なんですか?」

「タルー? いや、知らない。だがコズディム神殿に真剣な顔つきで急いでいた君のことを思えば、どなたか亡くなったのだろうという推測はつく」

「あ……そうですね」

「神父か。君の村の?」

「はい。私の師にして養父同然の方でした」

「それは」

 ラスピーは気の毒そうな顔をして追悼の仕草をした。リチェリンは迷ったが、通常は家族が行う返礼の仕草をすることにした。

「そうか。では難しいところでもあるな。田舎というのは口さがない連中も多いことだし、君が恩知らずだなどと評判が立ってしまうとあとあと厄介かもしれん」

「カルセン村の人たちはそんなこと言いません」

 少しむっとしてリチェリンは返した。珍しく声を荒らげたリチェリンにラスピーは驚いた顔を見せ、それから謝罪の仕草をした。

「これは失礼した。君の故郷を貶めるつもりはなかった。だが一般的には、閉鎖的な環境に暮らす者は考え方も閉鎖的になりがちだ。旅の途中、田舎では余所者に対する目が厳しかったと感じたことが多い」

「余所の人がやってくれば、確かに警戒することもあります。ですけれど、それは余程、見た目が怪しいですとか……」

「つまり、私は見た目が余程怪しいのか」

「いえ、そんなことはないと思いますけど」

 ごめんなさいとリチェリンは謝った。

「行くか戻るか、決めるのは君だ。だが私としては是非同行してもらいたいものだな」

「はっ?」

 思わずリチェリンは素っ頓狂な声を上げた。

「ど、同行って、何です?」

「面白くなってきたからな」

 うんうんとラスピーはうなずいた。

「いったい何がどうなっているのか、ともに調べようではないか」

「はあ、あの」

「幼なじみを助けたくないのか?」

「助けたいに決まってます! ただ、だからどうしてラスピーさんがって」

「『どうして』?」

 ラスピーは不思議なことを聞いたとでも言うように目をぱちくりとさせた。

「人は普通、厄介ごとを避けるでしょう。いくらご本の参考になると言っても……」

「勘違いをしている、リチェリン嬢」

 ちちち、とラスピーは指を一本立てて左右に振った。

「えっ?」

「これは厄介ごとではない。天が私に寄越した千載一遇の好機なのだ」

「あの……」

「君が案じることはない。君と出会わずとも私はこの騒ぎを目にとめ、首を突っ込んだのだからな」

 つまり、とラスピーはにっこりした。

「私が君の協力者だというのは間違いで、君が私の協力者なのだよ」

「……はあ」

 ぴっと指さされたリチェリンは目を白黒させるばかりで、ラスピーが答えらしき答えを口にしていないことにまで気が回らなかった。

「いったい何故オルフィ君が追われることになったのか、私はそれを知りたいと思っている。リチェリン、君は?」

「わ、私もそれは知りたいです。でも、オルフィがどこに行ったかの方が」

「行き先か。故郷に戻るというのは誰だってまず考えるだろうな。もちろん町憲兵隊も」

「避けるかしら」

「少しでも頭があればおそらく」

 ラスピーはまた言った。

「だいたい、逃げようとしているなら下手に追わない方がいい。君に何か心当たりがあったとしても、そこへ向かうことで彼らのせっかくの逃亡を台無しにしてしまうことにもなりかねない」

 彼らが上手に逃げても、押しかければ追っ手の目につくことも有り得るとラスピーはそうしたことを言った。

「それもそうですね。……でも心当たりはどうせ、ありません」

「そうか。ではやはりナイリアールのなかで調査活動だな」

 うきうきしているようにラスピーは言った。

「実に面白くなってきた」

「はあ……」

 リチェリンとしてはもちろん、面白がるどころではない。だがラスピーに文句を言う気にもならなかった。

(少し変わった人だけれど)

(いろいろなところを旅してきて、見識が豊富みたいだわ)

(手を貸してもらえるのは有難いんじゃないかしら)

(でも……)

 リチェリンは迷った。

「私」

 躊躇いがちに彼女は顔を上げた。

「――カルセン村へ帰らなくてはなりません」

「ふむ」

 青年は両腕を組んだ。

「君がそう決めたのなら仕方のないことだが……」

「ですがこのままでは帰れません!」

 すぐさま彼女は叫ぶように言った。

「何?」

 ラスピーは目をしばたたいた。

「決めました。こんな状態で村に戻って、神父様にご報告はできません」

 正式な弔いに参列しないという思いは痛みも伴ったが、タルーの墓に「オルフィが無実の罪で追われていますが、とりあえず戻ってきました」なんて報告をすることはできない。報告をするなら、「こんな大変なことがありましたが、無事に解決しました」だ。

「そうこなくては!」

 男はぽんと手を打ち合わせた。リチェリンは決意を込めてうなずいた。

「オルフィとカナト君が逃げている間に、何とか真相と、そして真犯人を突き止めましょう」


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