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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第2話 大導師の影 第4章

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01 やめた方がいい

 ふう、とため息しか出なかった。

 とてもではないが信じられない。

 リチェリンはとぼとぼと街路を歩いていた。

(嘘よ。間違いに決まってるわ)

(オルフィが、お城の大事な宝を盗んだりするはずがないじゃないの)

 幼なじみにかかったとんでもない疑いに、リチェリンは口角泡を飛ばして反論した。オルフィがどんなにいい子か、当人が聞いたら赤面してとめたくなるであろうほど褒め言葉を列挙し、小さな頃からの出来事を語って、犯罪に手を染めたりしないと説いた。

 もっとも町憲兵がそんな話で説得されるはずもない。彼女にとって幸いだったことは、その席にイゼフ神官が同席してくれたことだった。そうでなかったら町憲兵は、素直に言いなりにならない小娘に理不尽にも腹を立て、リチェリンを詰め所に連れて行こうとしたかもしれない。

 彼女自身に捕らわれる理由はないのだが、オルフィの居場所を知りながら隠しているという嫌疑をかけられた可能性はある。イゼフはそれに気づいて、リチェリンを守ってくれたのだ。

 だが彼女がそうしたことに気づくのはまだ先だった。いまリチェリンの内にあるのは強い動揺と憤り。そして危惧。

(オルフィ、どうしているのかしら。どうして逃げたりなんか)

 謂われもない嫌疑なのだから堂々と説明すればいいのでは、と何も――事情も世間も――知らぬ娘としては少し思った。と言ってもここで「やましいところがあるから逃げたのでは」などとは思わない。彼女はほんの一片たりともオルフィを疑いはしなかった。

 町憲兵は、オルフィの居場所が判ればすぐ詰め所に知らせるように、疑いを晴らしたいのであればそうするべきだなどと言って彼女を解放した。混乱した気持ちでリチェリンは神殿から出ると、ナイリアールの街をさまよい歩いた。

(そうよね)

(逃げたりしないできちんと話をすれば、判ってもらえるわ)

 少し歩いて落ち着くと、リチェリンはすれていない素直さでそう考えた。

(ようし、オルフィを探しましょう。きっと慌ててしまっただけよ)

 思ったものの、当てはない。彼らが泊まっている宿の名前も聞いていなかった。あとで会おうと約束した店のことは覚えていたが、そこで彼女を待っているとは思えなかった。

(でも念のため、行ってみましょう)

 まず有り得ないと思うが、万一ということもある。リチェリンはカナトに教わった道を思い出しながら店に向かった。

「おや」

 その途上である。

「美しき乙女がそうして不安そうな顔をしているのを見ると身を切られる思いだな。憂いを秘めた様子はたまらなく、そそられもするが」

「ラスピーさん」

 例の青年とまたしても行き合った。笑みを浮かべてラスピーは手を振り、リチェリンは会釈をした。

「どうしたのかな、リチェリン嬢。オルフィ君とカナト君は一緒ではないのかな?」

「あの、私、ふたりを探しているんです」

 戸惑いながらリチェリンは答えた。

「何と。はぐれてしまったのか? 君のようなご婦人をひとりにしてしまうとは、彼らも紳士の風上にも置けない」

「いっ、いえ、違います。一緒にいた訳ではなくて」

「待ち合わせをしたのに、その場にいない?」

「それも少し違うんですけれど」

「何にせよ、乙女に探されるとは羨ましい、いや、けしからんな」

 顔をしかめてから、彼はにっこりと微笑んだ。

「そんな男のことなど忘れてしまって、私と散歩をしないか?」

「本当にお散歩が好きなんですね」

 リチェリンは少し笑った。

「ですが、やっぱり行けません。どうしても早くオルフィたちを探さないとならないの」

「当てはあるのかな?」

「話に上がったお店が一軒……そこにはいないかもしれないけれど」

「ふむ。では一緒に行こう」

 実に自然にラスピーは言った。

「はい?」

 当然、リチェリンは目をしばたたいた。

「ご婦人のひとり歩きは物騒だ。それに、店というのは酒場か何かではないのか?」

「たぶんそうです」

「ほら」

「何ですか?」

「酒場にご婦人がひとりで出向くなどよろしくない」

「そんなに危険なお店じゃないと思います」

 カナト少年の推薦だ。品のいい店に違いないと思っていた。

「行ったことがあるのかい」

「いいえ」

「なら判らないじゃないか」

「まあ、そうですけど」

「私と一緒に歩くのは好まないかな?」

「そういう訳でも、ないですけど」

「では行こう」

「ラスピーさんったら」

 リチェリンは苦笑した。

「そんなに書くことを探しているんですか?」

「実はそうなんだ」

 紀行家は嘆息した。

「ナイリアールは広いが、広いだけで思ったより面白みがない。誰かと歩く方がいいと思って素敵な連れを探していたんだ」

「お手伝いしたいのは山々ですけれど、別の方を探して下さい」

 リチェリンはぺこりと頭を下げた。

「いいじゃないか。邪魔はしない」

 だがラスピーは引かなかった。

「それにオルフィ君たちを探すなら私の方こそ手伝うとも」

「あら、でもお仕事は」

「人探しというのも充分、本の素材になるからね」

 にっこりと青年は言った。

「私は素材を手に入れる、君は協力者を手に入れる、お互いのためになるじゃないか?」

「そうですねえ……」

 リチェリンは考えた。

「じゃあ、ご一緒していただけます?」

「そうこなくては」

 ぱちんと青年は指を弾いた。

「ではまず君の言う酒場だ。道すがら、急ぎでオルフィ君たちを探す理由を教えてもらえるかな?」

 そうして彼らは連れ立って歩き出したが、リチェリンはラスピーにどう話したものか迷っていた。疑うことを知らない神女見習いは、オルフィのようにこの青年を怪しく思うことは――あまり――ないのだが、オルフィには罪がないということを巧く説明できる自信がなかったのだ。

「何だか先ほどから街のなかが騒がしいようだ」

 口火を切ったのはラスピーの方だった。

「町憲兵たちが走り回っている」

「え……」

 彼女はぎくりとした。

「どうかしたかな?」

「いえ、その……」

「ふむ」

 ラスピーは両腕を組んだ。

「まさかオルフィ君たちが追われているということもないだろうが。おっと」

 的を射た言葉に驚いたリチェリンが急に止まったので、ラスピーも驚いたようだった。

「まさか、当ててしまったかな?」

「オルフィは悪くないんです!」

 たまらずリチェリンは言った。

「絶対、何かの間違いに決まってます。だから私、あの子を探して、きちんと説明させようと思って」

「待った」

 ラスピーは片手を上げた。

「本当に当ててしまったとは驚きだが……それはやめた方がいい」

「えっ?」

 何を言われたのかぴんとこなくてリチェリンは目をしばたたいた。

「どんな容疑であるにせよ、町憲兵隊がああして総力を挙げて追いかけているということは、彼らはもうオルフィ君を犯人に決めたということだ」

決めた(・・・)ですって?」

 やはり判らなくて彼女は繰り返す。

その通り(アレイス)。事実なんて二の次さ。捕まったらオルフィ君は、大罪人として処罰されるだろう」


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