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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第2話 大導師の影 第3章

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11 いったいどこから

 微かな物音に、老人は顔を上げた。

 それは夜も更けようかという頃合い。小さな田舎の村では、ほとんどの人間が眠りについている。目覚めているのは彼と、近頃の物騒な事情のために急遽立てられることになった見張りの若者くらいだろう。

「客人かね?」

 書物を閉ざして、ミュロンは言った。

「わしに用事があるなら、そんなふうにこそこそと入ってこんで、堂々と表の戸を叩くといい。わざわざ深更にやってくるならそれだけの理由があるのじゃろうし、話も聞かずに無下に追い払いはせんよ」

 老人は寛容に言ったが、訪問者、或いは侵入者からの返答はなかった。

「やれやれ。聞こえなかった訳ではあるまいに。それとも耳が聞こえんのか? 或いは口が利けんだとか」

 彼は立ち上がり、相手に対峙した。

「はたまた、わしに用事ではない、ということかな?」

 彼は尋ねたが、相手は答えないままだった。

「まあ、そうじゃろうなあ。わしは老い先短いただの爺い。お前さんが探しとるのは、果てしなくさえ思えるほど長い未来のある少年少女ときたもんだ」

 黒き剣を手にした黒衣の剣士を前に、ミュロンは肩をすくめた。

「生憎だがな、黒騎士殿。お前さんがここに住んどると思った子供は、留守にしとるんだ」

「――どこに、行った」

 くぐもった声がした。オルフィが、獄界の底から響いてくるようだと感じた、低い低い声。

「成程。耳も口も達者、と」

 老人は肩をすくめた。

「どこだ」

 黒騎士は繰り返した。

「お前さんの手の届かんところじゃな」

 ミュロンはひらひらと手を振った。

「わしゃ魔術師じゃない。先視(さきみ)なんぞできんがな。頭はある。それから、経験も」

「逃がしたか」

 すっと剣先が上げられる。

「そう取ってもらってもいい。もっとも、あやつが自分で選んだ道だと言うのが近いとは思うがね」

「どこにいる」

「教える義理はなかろうよ」

 不気味な剣先を目の前にしながら、怖れ気もなく老人は言った。

「黒騎士か。いったいどこから現れた?」

 彼は問うともなく問うた。

「そうして子供を探し、殺し回っているのは、いったい誰の差し金だ? いつまで続けるつもりだ? この先、何人殺せば気が済む?」

 ミュロンは問うように言ったものの、答えが返ってくるとは思っていなかった。案の定、黒騎士は無言だ。

「単なる子供殺しの狂人などではなかろう。指示を与える者がおるな。『騎士』とはよく言ったものよ。それが何者であれ、お前さんには(あるじ)がおる」

 老人は息を吐いた。

「――タルーを殺したのはお前か」

 返事はない。だがミュロンは確信しているようにじっと黒騎士を見つめた。

「気の毒に……わしはあれほど善良な男を知らん。あれがお前に何をした? 何も、お前の害になるようなことなどしておるまい? あやつが何を持っていると考えたのだ?」

 答えのやってこない問いを続け、ミュロンは再び嘆息する。

「命令に従って動いている男に、愚問であったな」

 黒騎士は何も答えぬままだ。

「……タルーを殺した罪は贖ってもらいたいところだが、よせばいいのに、タルーが歯向かったことも想像はつく」

 ぼそりと、彼は言った。

「いつかそのために命を落とすと、わしは忠告してやっておいたのに」

 ミュロンはそれしかできぬとでも言うように深々と息を吐いた。

「仇討ちなどとは言わんよ。お前さんを退治したところであやつが帰ってくる訳でもなし、だいたいわしはタルーほどの根性もない。立ち向かおうとは思わんからな」

 老人は唇を歪めた。

「もうわしの時間は残り少ないが、それでも命を無駄にする気はない。まだわしを必要としてくれるもんがおるからのう」

 肩をすくめて彼は言い、じっと相手を見た。

「さて、ではどうするね、黒騎士殿。わしは歯向かいはしない。手練れの剣士に老人が素手で立ち向かうなど阿呆らしいだけだからな」

 彼は両手を挙げた。

「子供たちと同じように、何の抵抗もできない爺いでも殺すかね?」

「……」

 黒い剣士はしばらく剣をつきつけたままでいたが、不意にそれを引いて踵を返した。黒衣の姿は闇に消え、辺りには完全なる静寂が戻った。

 あとにひとり残された老人はたっぷり十(トーア)はじっとして、それから力が抜けたように椅子に座り込んだ。

「やれやれ。若い娘か、それともせめてカナトがここにおれば格好つける甲斐もあると言うに。殺されんでよかったよかった」

 胸をなでおろすとミュロンはどこか遠くを見た。

「まだ……子供が死ぬか。あれをとめられる者がおらん限り」

 呟くように言って、老人は祈るように両手を組んだ。

「無事でおれよ、カナト。それに……」

 きゅっとミュロンは目を細めた。

「オルフィ。おぬしもな」


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