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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第2話 大導師の影 第3章

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10 嘘みたいな話

「何だよ、ただ者じゃないってのは」

「北の首長の息子であるとか、そういうことですね。息子ではないにしても、アミツを見ることができるのは民のなかで重要人物ではないかということ」

 カナトは指を折りながら言った。

「ただ、北の民族のなかで重要だというのがどの程度なのか、それが首都でも通用するものなのかは判りませんが」

「『身分のある人物』……ってことか?」

 慎重に尋ねればカナトはうなずいた。

「有り得る、かもしれないな。あいつが王子のことを呼び捨てにしてたのは、それくらいの立場だって主張だったとか」

「いいところを突いているかもしれません」

 カナトは考えるように両腕を組んだ。

「王子殿下に並ぶほどの地位とは考えづらいですが、少なくとも彼自身はそう考えているのかも」

「ヒューデアの言うことだから町憲兵隊が早く動いたかもしれないって意味だな」

「ええ、そうです」

 判りませんが、とカナトは繰り返した。

「もうひとつの、ましじゃない方は?」

「王子殿下がオルフィの左腕にあったものに気づいた可能性」

「げ」

「考えられますでしょう?」

「ど、導師の術がかかってただろ」

「ええ。ですからそのときは何も不審に思われなかったのかもしれない。ただ、オルフィに関する記憶はもちろん残ります。あとになって、もしやあの包帯は、と考えることは有り得ます」

「……最悪だ」

 レヴラール王子がオルフィを捕らえろという命令を出したのだとしたら、本気でナイリアン国を出なくてはならないかもしれない。

「待って下さい。それにしては町憲兵隊の封鎖が緩かったと思うんです」

「もしかしてカナトが、クートントも置いてけって言ったのは」

「ええ、王子殿下の命令によって既に徹底的な網が敷かれていたとしたら、危険でした」

「言ってくれよ」

 オルフィは天を仰いだが、カナトは肩をすくめた。

「あのとき言ったとして、オルフィはクートントを置いていくことに同意しました?」

「……しなかった」

「ですよね。オルフィの決意に気づいたから、敢えて黙ってました」

 確証もないですし、とカナトはつけ加えた。

「でもヒューデアかレヴラールかって言うと……どっちも『それだ(レグル)』って感じじゃないな」

「ええ、そうなんです」

 カナトはうなずいた。

「僕としてはおそらく、王陛下の勅命や王子殿下の命令ではないと思えます。理由は先ほど言ったような程度ですが、では誰かということになると……」

「俺、ちょっと思うんだけど」

 発言の許可を求めるようにオルフィは片手を上げた。

「何です?」

「もしかしたら……」

 そこで彼は口をつぐんだ。

「いや、何でもないや」

「言って下さい。たとえ突拍子がないと感じることでも、何かの手がかりになるかもしれません」

「突拍子もないって言うか」

 オルフィは頭をかいた。

「考えたくないって言うか」

「……成程」

 カナトはうなずいた。

「判ったようです」

「判ったか?」

「ええ。そしてオルフィには悪いですけど、その考えは適切かもしれません」

「まじで?」

「ええ」

 またしてもうなずきながらカナトは言う。

「ナイリアンの騎士――この場合において言えば、サレーヒ様が町憲兵隊を動かした可能性」

「うう」

 言い当てられてオルフィはうなだれた。

「『騎士の命令』も『王子の命令』と同じくらい迅速、かつ厳重に実行されると思いますけれど、権限が違うかもしれません。街の封鎖までは難しいというような。……ここで推測をしていたってあまり意味はありませんけど」

「サレーヒ様じゃ、ないといいな」

「希望ですか」

そう(アレイス)。単なる希望ってことになるけど」

 推測ですらない、とオルフィは肩をすくめた。

「何であれ、やらなきゃならないことに変わりはないな。そういう意味ではカナトの言う通りだ」

 ナイリアールは出る予定だったのだ。

 魔術師ラバンネルを見つけるため。

 生きているかどうかも判らない、伝説の魔術師の手がかりを探して。

「はは……」

 乾いた笑いが浮かぶ。

「嘘みたいな話が続きっぱなしだ。何て言うか、慣れるもんだな」

 平然としていられるとは言わないが、信じられないとか有り得ないとかいう反射的な拒絶は出なくなった。

「ジョリス様、アバスターの籠手、大導師ラバンネル、大罪人の容疑」

 ははは、とオルフィは笑った。

「しっかりして下さい、オルフィ」

 カナトは顔をしかめた。

「いまは災難だらけのように感じられるでしょうけれど、いまにきっといい方に向かいます」

「気休めはいいよ」

 オルフィは手を振った。反論できなくてか、カナトは黙った。

「正直、とてもじゃないけど『いい方に向かう』とは思えない」

「オルフィ……」

「でもさ」

 年下の少年相手に泣き言も言えない。オルフィはまた振り向いた。

「何つーか、なるように、なる?」

「え」

 気軽な台詞にカナトは目をしばたたいた。

「起きちまったこと、何でこんなことにとか何で俺がとか思ったけどさ。いや、いまでも思うけどさ。嘆いてたからっていいこと、ないよな」

「それは、そう思います」

「だよな」

 正直なところ、自分に言い聞かせているというのが本当だ。そしてそれは奏功したようで、彼は引きつらない笑みを浮かべることができた。

「だからとりあえず、進めるところに進もう」

 オルフィは道の先を指差した。

「まずは、あれだ。〈導きの丘〉だっけ」

「は、はい」

 そうです、と少年はうなずいた。

「おっし、ラバンネルの話が聞けることを願って!」

 わざと明るい口調で彼は言った。

 不安は消えない。それどころか、いや増すばかりだ。

 だがカナトの前で不安を見せる訳にはいかない。自分で選んだのだと少年は言うが、それでもオルフィがいなければ、カナトが追われることなどなかったのだ。

(助けられてばかりの俺がこいつを助けるなんてお笑いだけど)

(こういうことになっちまったからには、俺が守るつもりでいよう)

 その気持ちはナイリアールへ向かうときからあったが、彼はいま改めて考えた。

(俺はこの問題を解決する。俺自身のためと、それからカナトのためだ)

 彼の密かな決意は、しかしやがて想像だにしなかった重いものになるのだが――そのことはまだ、オルフィには判らなかった。


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