表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第2話 大導師の影 第3章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

86/520

07 ことによると

「何だか不思議ですね、オルフィ」

 言葉の通り、カナトは不思議そうに言った。

「何が?」

「だってあなたは、彼を理想の英雄のように語る。その通りの人物だったと満足している。なのに、人間的なところを知りたかったと言うんですか。先ほどのような意味とは別に、幻滅するかもしれないのに」

「幻滅とか言うなよ。だいたい、人間が人間的で何がおかしいんだよ」

「おかしくありませんよ。でも人は、英雄が悩み苦しむ姿など見たがらないものです」

「見たがってる訳じゃねぇよ」

「それは判りますけど」

「だから、つまり、俺はできることならヒューデアと腹を割って話したいと思ってる。でも現状じゃあいつは俺の腕を切り落とす気満々で、とても話なんかできないだろ。だから……ええと……」

「ヒューデア氏のことも知って、落としどころを見つけたいと言うんですね」

「そんなところかなあ」

「彼を知る神官から話を聞いたって、ヒューデア氏の態度は緩和するどころか、硬化しそうですけれど」

「自分のことを探られたと思ったらいい気はしないか」

「そういうことです」

 お判りじゃないですか、とカナトは言った。

「でも、オルフィがそうしたいと言うならとめません。リチェリンさんの件もまた、当たり(レグル)だったんですし」

「それは言うなって」

 げんなりとオルフィは手を振った。

「とにかく、どんなふうに話を進めたらいいか、ちょっと考えておくか」

「そうですね。僕に考えがあります」

「助かっちまうなあ」

 しみじみと彼は言った。

「で? 考えってのはどんな」

 言いかけたところでオルフィは言葉をとめ、カナトから視線を逸らした。気になるものが目に入ったからだ。

「あれは」

「町憲兵のようですね」

 紺色の制服姿をしたふたり組が、神殿を目指して石段を登ってきているところだ。

「何か事件かな?」

「どうでしょう。ただの巡回かも」

「ん?」

 オルフィは目をしばたたいた。町憲兵たちは、彼らの方へやってきたのだ。

「こんにちは、町憲兵さん。何かあったんですか?」

 カナトはにっこり笑みを浮かべて問いかけた。

「おい、そこのお前」

 だが町憲兵は少年には目もくれず、オルフィをじろりと睨んだ。

「な、何だよ」

 オルフィは怯んだ。

「俺は、睨まれるようなことは、何も」

「お前はアイーグのオルフィか」

「え」

 ぱちぱちと目をしばたたく。

「何で――」

「違います」

 カナトは言った。

「えっ」

「違います。この人は……」

「二十歳前後の黒髪の若者。左腕の包帯。一致する。きてもらおうか」

「ちょ、ちょっと、何だよ」

「子供、お前もだ。これが手配書の人物であれば、お前は嘘をついて逃がそうとしたことになるからな」

「て」

 左腕に包帯を巻いた若者は目を見開いた。

「手配書、だって?」

『オルフィ』

「えっ」

『一、二、三、で走って下さい』

「な、なに」

『いいから。一、二……』

「三!」

 カナトは手を振り上げた。

「うおっ、な、何だ!?」

「急に暗く」

 町憲兵たちは目をこすったり、目の前を払うような動作をしたりして慌てた。

「いまです、早く!」

「お、おうっ」

 迷う余地はない。オルフィは階段を駆け下りた。

(アイーグのオルフィか、だって?)

 人違いなどではない。町憲兵は確かに彼の名を口にした。

(左腕の、包帯)

 それ(・・)のために捕らわれそうになったのだ。

(そ、そりゃ有り得ることかもとは思ったさ! でもまさかこんないきなり)

(手配書、とか、言ってた、ような)

(な、何で!)

 何でも何もない。王家の宝がほかでもないアイーグ村の若者オルフィの左腕に装着されている。知れれば当然、町憲兵は彼を追う。

(ま、待て。待て待て待て)

 走りながら彼は思った。

(知れたら、もちろん、そうだ。でも王子だって気づいてなくて)

(気づいたのは)

(ヒューデア)

 くそ、と彼は舌打ちした。

(腹を割って話すどころか密告されたのか)

 そう思えるタイミングだった。

(とにかく逃げなきゃ)

 ここで捕まることが何を意味するか、考えなくたって判る。いや、何度も考えたことだ。

 罰金などでは済まない。労働所送り級の処罰、はたまた、処刑。

 本当に罪を犯したなら償うもやぶさかではないが、彼にかかる嫌疑が実際の罪――ジョリスとの約束を破ったこと――とは違うことこそ、考えなくても判るというもの。

(ジョリス様から盗んだとか)

(城から盗んだとか言われるんじゃないだろうな!)

 ヒューデアはオルフィが盗っ人ではないと認めたようだったが、もし町憲兵隊にオルフィを捕らえさせようと考えたら、そんなふうに告げるのではないか。

「術は、三十(トーア)ほど保つと思います」

 一緒に走りながらカナトが言う。

「そ、か」

 オルフィも走りながら応じる。

「何で、町憲兵隊なんか……」

「ことによると、町憲兵隊だけじゃ済みませんよ」

 カナトは顔をしかめて言った。

「王陛下直属の精鋭だとか……騎士(・・)だとかに追われる可能性も」

「勘弁してくれよ!」

 想像するだに怖ろしい。いや、怖ろしいばかりではない。

「とにかく、逃げよう!」

「はい!」

(まさか神様が)

(俺とカナトの両方にばち(・・)を与える気持ちになった訳じゃないだろうな)

 そんな泣き言のようなことを考えながら、オルフィはカナトとふたり、首都ナイリアールへきて三度目、この日だけでも二度目の逃亡に全力で勤しんだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ