07 ことによると
「何だか不思議ですね、オルフィ」
言葉の通り、カナトは不思議そうに言った。
「何が?」
「だってあなたは、彼を理想の英雄のように語る。その通りの人物だったと満足している。なのに、人間的なところを知りたかったと言うんですか。先ほどのような意味とは別に、幻滅するかもしれないのに」
「幻滅とか言うなよ。だいたい、人間が人間的で何がおかしいんだよ」
「おかしくありませんよ。でも人は、英雄が悩み苦しむ姿など見たがらないものです」
「見たがってる訳じゃねぇよ」
「それは判りますけど」
「だから、つまり、俺はできることならヒューデアと腹を割って話したいと思ってる。でも現状じゃあいつは俺の腕を切り落とす気満々で、とても話なんかできないだろ。だから……ええと……」
「ヒューデア氏のことも知って、落としどころを見つけたいと言うんですね」
「そんなところかなあ」
「彼を知る神官から話を聞いたって、ヒューデア氏の態度は緩和するどころか、硬化しそうですけれど」
「自分のことを探られたと思ったらいい気はしないか」
「そういうことです」
お判りじゃないですか、とカナトは言った。
「でも、オルフィがそうしたいと言うならとめません。リチェリンさんの件もまた、当たりだったんですし」
「それは言うなって」
げんなりとオルフィは手を振った。
「とにかく、どんなふうに話を進めたらいいか、ちょっと考えておくか」
「そうですね。僕に考えがあります」
「助かっちまうなあ」
しみじみと彼は言った。
「で? 考えってのはどんな」
言いかけたところでオルフィは言葉をとめ、カナトから視線を逸らした。気になるものが目に入ったからだ。
「あれは」
「町憲兵のようですね」
紺色の制服姿をしたふたり組が、神殿を目指して石段を登ってきているところだ。
「何か事件かな?」
「どうでしょう。ただの巡回かも」
「ん?」
オルフィは目をしばたたいた。町憲兵たちは、彼らの方へやってきたのだ。
「こんにちは、町憲兵さん。何かあったんですか?」
カナトはにっこり笑みを浮かべて問いかけた。
「おい、そこのお前」
だが町憲兵は少年には目もくれず、オルフィをじろりと睨んだ。
「な、何だよ」
オルフィは怯んだ。
「俺は、睨まれるようなことは、何も」
「お前はアイーグのオルフィか」
「え」
ぱちぱちと目をしばたたく。
「何で――」
「違います」
カナトは言った。
「えっ」
「違います。この人は……」
「二十歳前後の黒髪の若者。左腕の包帯。一致する。きてもらおうか」
「ちょ、ちょっと、何だよ」
「子供、お前もだ。これが手配書の人物であれば、お前は嘘をついて逃がそうとしたことになるからな」
「て」
左腕に包帯を巻いた若者は目を見開いた。
「手配書、だって?」
『オルフィ』
「えっ」
『一、二、三、で走って下さい』
「な、なに」
『いいから。一、二……』
「三!」
カナトは手を振り上げた。
「うおっ、な、何だ!?」
「急に暗く」
町憲兵たちは目をこすったり、目の前を払うような動作をしたりして慌てた。
「いまです、早く!」
「お、おうっ」
迷う余地はない。オルフィは階段を駆け下りた。
(アイーグのオルフィか、だって?)
人違いなどではない。町憲兵は確かに彼の名を口にした。
(左腕の、包帯)
それのために捕らわれそうになったのだ。
(そ、そりゃ有り得ることかもとは思ったさ! でもまさかこんないきなり)
(手配書、とか、言ってた、ような)
(な、何で!)
何でも何もない。王家の宝がほかでもないアイーグ村の若者オルフィの左腕に装着されている。知れれば当然、町憲兵は彼を追う。
(ま、待て。待て待て待て)
走りながら彼は思った。
(知れたら、もちろん、そうだ。でも王子だって気づいてなくて)
(気づいたのは)
(ヒューデア)
くそ、と彼は舌打ちした。
(腹を割って話すどころか密告されたのか)
そう思えるタイミングだった。
(とにかく逃げなきゃ)
ここで捕まることが何を意味するか、考えなくたって判る。いや、何度も考えたことだ。
罰金などでは済まない。労働所送り級の処罰、はたまた、処刑。
本当に罪を犯したなら償うもやぶさかではないが、彼にかかる嫌疑が実際の罪――ジョリスとの約束を破ったこと――とは違うことこそ、考えなくても判るというもの。
(ジョリス様から盗んだとか)
(城から盗んだとか言われるんじゃないだろうな!)
ヒューデアはオルフィが盗っ人ではないと認めたようだったが、もし町憲兵隊にオルフィを捕らえさせようと考えたら、そんなふうに告げるのではないか。
「術は、三十秒ほど保つと思います」
一緒に走りながらカナトが言う。
「そ、か」
オルフィも走りながら応じる。
「何で、町憲兵隊なんか……」
「ことによると、町憲兵隊だけじゃ済みませんよ」
カナトは顔をしかめて言った。
「王陛下直属の精鋭だとか……騎士だとかに追われる可能性も」
「勘弁してくれよ!」
想像するだに怖ろしい。いや、怖ろしいばかりではない。
「とにかく、逃げよう!」
「はい!」
(まさか神様が)
(俺とカナトの両方にばちを与える気持ちになった訳じゃないだろうな)
そんな泣き言のようなことを考えながら、オルフィはカナトとふたり、首都ナイリアールへきて三度目、この日だけでも二度目の逃亡に全力で勤しんだ。




