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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第2話 大導師の影 第3章

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06 憧れ

「どうしたの?」

 顔を見合わせる男たちを見て、リチェリンは首をかしげた。

「もしかしたら、私がいない方がいい話?」

 鋭く彼女は、そう読み取った。

「あー、いや……その」

 そうだ、とも言いづらくてオルフィは言葉を濁した。

「すみません、リチェリンさん」

 カナトがぺこりと頭を下げた。

「実はそうなんです。僕たちは神殿のすぐ外で待っていますから、イゼフ神官とのお話が終わったら呼んでいただけませんか」

「カナト……」

「そう、判ったわ」

 リチェリンは深く問うことはせず、こくりとうなずいた。

「あまり話を長引かせないようにするわね」

「いえ、お気になさらず」

 神女見習いと魔術師は、穏やかに言葉を交わした。ふたりを知り、ふたりの間にいるはずのオルフィが、何だか身の置きどころがなかった。

「いやもう、何て言ったらいいか」

 再び神殿の外に出ると――邪魔にならないよう、端に寄った――カナトは嘆息して首を振った。

「すごいですね」

「何が」

「聞きたいですか?」

「……あんまり」

 リチェリンとの再会も、イゼフという神官のことも、偶然ではない(・・・・)と魔術師は言うのだろう。聞かなくても判る。

「それにしても、助けられてばかりだな」

 ふう、と彼は息を吐いた。

「神様の前で、嘘ばかりついてしまいました」

 カナトはたどたどしく祈りの仕草などした。

「お許しいただけるといいんですが」

ばち(・・)なら俺に当ててもらうよ。俺のための嘘なんだから」

 オルフィも同じ仕草をして、「神様、悪いのは俺ですからカナトのことはお許し下さい」と祈った。

「リチェリンさんがやってきたらなんですけど」

「うん?」

「神殿の用事は、僕ひとりで済ませましょうか」

「は?」

 オルフィは口を開けた。

「何だよ、突然。だいたい、行こうって言ったのは俺なのに」

「話は僕だけでもできますから、オルフィはリチェリンさんとごゆっくり」

「ば、馬鹿」

 オルフィは顔を赤くした。

「おかしな気、回すなっ」

「別におかしいとは思いませんけど」

 カナトは肩をすくめた。

「からかわれるのが嫌だったと言っていたでしょう? でもナイリアールならふたりを知っている人はほかにいない。滅多にない機会じゃありませんか」

「う」

「それにこうした状況なら、リチェリンさんの方も異性との逢い引き(ラウン)だなんて考えずに済むでしょう。こういうのは、オルフィ、千載一遇と言うんですよ」

「大げさだ」

 オルフィはうなった。

「お前こそ、俺をからかってるんじゃないのか?」

「とんでもない」

 カナトは顔をしかめた。

「――彼女が神女になったら、幼なじみと再会したからなんていう理由で、ふたりで出かけることなんて絶対にできませんよ」

「カナト……」

「認めないかもしれませんけれど、これだってオルフィの引き(・・)です。引き当てたものを投げ捨ててしまうなんて、後悔しますよ」

「ん……」

 オルフィは頭をかいた。

「そう、かもな。最初で最後の機会なのかも」

 ぽつりと彼は呟いた。

(当分、会えないかもしれない)

(その間にリチェリンは、神父様の弔いを終えて)

(そうしたらカルセンを離れて、ムーン・ルー神殿へ入るかもしれない)

 カルセンにいた理由――タルーの手伝いをするという理由はなくなった。もちろん、次の神父がやってくればその手伝いだってできるが、それは彼女の望みではないはずだ。

「カナト……有難うな」

「いえ、僕は」

「でも俺も行って話すよ。ヒューデアのことは俺が知りたいんだ」

「知りたいのはジョリス様のことでは?」

 片眉を上げてカナトは尋ねた。

「まあ、それも否定しない」

 オルフィは認めた。

「ただ、やっぱり気になるよ。アミツとかいうののことはよく判らんけどさ、ヒューデアの奴……」

 オルフィはさり気なく左腕に触れた。

「知ってたよな、あいつ」

「そのようでしたね」

「何でだろう。あの人の手紙にあったのかな」

「そう考えるのが自然だと思います」

「それだけ、あの人はあいつを信頼してたんだ」

「かもしれませんね」

 オルフィが何を言いたいのか判らないと言うようにカナトは首をかしげた。

「だからさ、その……」

「妬いているんですか?」

「違えよっ」

 勘弁してくれ、とオルフィは天を仰いだ。

「――あの人が信頼するんなら、きっと信頼できるんだ。なのに、何だか敵対するみたいな感じになっちゃったろ。それが気になって、さ」

「オルフィ」

 カナトは目をしばたたいた。

「本当に、ジョリス様のことが好きでたまらないんですねえ」

「感じ入ったように言うな」

「でも、そうでしょう?」

「好きって言うか、憧れだったよ。ずっとな」

 彼は呟いた。

「あのときまで、それは、アバスターに憧れるのとおんなじ意味でさ。『お話の英雄』って思ってたんだ。実際に会って言葉を交わしても、その気持ちは変わらない」

「変わらないんですか」

「ああ。あの人は俺が思ってた通りだった。それって、すごいことじゃないか?」

「英雄譚というのは美化されるのが常ですからね。アバスターだって、実際に凄腕の剣士だったことは間違いないでしょうけれど、伝わる物語の全てが事実とは限りません。別の人物の活躍が彼のものに置き換わっている可能性だってあります」

 冷静にカナトは言った。

「『別の人物』には少々気の毒ですが、偉業を成し遂げたのはアバスターであるとする方が納得される、または受ける(・・・)という訳ですね。彼の人物像についてはあまり伝わっていませんが、禁欲的な騎士のようだったとされることも多い」

 ですが、とカナトは首を振った。

「実際に彼のことを知らない僕らには、事実は判らない。聞かされた話から想像するのみです」

「うん。想像してた」

 オルフィはジョリスのことを言った。

「想像通りの人だった、そう見えたことが嬉しくてたまらないんだ。――でも」

「でも?」

「もしかしたら、そうじゃなかったのかもしれない」

「オルフィ、それは」

 カナトは声をひそめた。

「『箱を持ち出した』ことについて言ってるんですか?」

「は?」

「ですから、許可なく大事なものを持ち出すような真似をする人だとは思わなくて、幻滅を……」

「ちっ、違えよ!」

 思わず彼は叫んだ。

「そうじゃねえって! あの人がそうしたんなら、そうする必要があったのさ!」

「……惚れ込んでますね」

「うっさいな。そうじゃなくて、俺が言いたいのは……」

 うう、とオルフィはうなった。

「また会えたらと、思ったんだ。幸い、縁みたいなもんはできたんだしさ。また会えるはずだった。カルセンでにせよ、首都でにせよ」

 しかしそれは叶わなくなった。

「あの人が本当は(・・・)どんな人だったのか、俺はそれを知ることができたかもしれなかったのに、できなく、なっちまった。そのことが、何だか」

 彼は言葉を切った。

 つらい。哀しい。切ない。

 どんな言い方も違う気がした。


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