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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第2話 大導師の影 第3章

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05 心配なのよ

 とにかく話はあとにして先にそれぞれの用事を済ませよう、と彼らは神殿に入ることにした。

「あとで待ち合わせたらいいと思うけれど、どこがいいかしら」

「うーん、そうだな」

「すぐ近くに〈夜明けの星〉亭という軽食処があります。そこでどうですか」

「知ってる店なのか?」

「行きつけと言うほどではありませんが、何度か訪れました」

 雰囲気のいい店ですよ、などと少年は言った。

「じゃあそこにしよう」

 オルフィはうなずくと、カナトが三年前までナイリアールに暮らしていたんだという説明を挟んで、少年に店の場所を説明してもらった。

「判ったわ。じゃあそこで。正直、ちょっと時間が読めないんだけれど、あまり遅くなるようなら連絡させてもらうわ」

 そう呟いてからリチェリンははたと目をしばたたいた。

「オルフィの用事は何なの?」

 それは当然の疑問であった。オルフィは詰まった。

「……ちょっとな」

「どなたか、亡くなったの?」

 彼女がそう気遣うのもまた当然だ。コズディム神殿の主たる役割は弔いなのだから。

「ええと」

 ジョリスが――などとはとても言えないばかりか、彼自身、言いたくない。もとより、ここにはジョリスの件でやってきた訳でもない。

「ちょっと、知りたいことがあって」

「どんなこと? 神学にまつわる話なら私もいくらかは判るから助言できるわよ」

「いや、そういうんでも、なくて」

「言いづらいことみたいね」

 ふむ、と「姉」は腕を組んだ。

「信用するけれど、神官様にご迷惑はおかけしないようにするのよ」

「それは『信用してる』と言えるのか?」

 思わずオルフィは問うた。リチェリンは笑った。

「ご心配は要りません」

 そこにカナトが口を挟んだ。

「実は、人探しなんです」

「あ?」

「ここの神官殿が、僕の探し人のことをご存知らしくって」

 少年はさらりと作り話をした。これならば不審でもないし、「オルフィが」詳細を尋ねられることもない。オルフィは内心でカナトに感謝を述べた。

「そうなの」

 リチェリンはオルフィを見た。

「カナト君の手伝いなんて偉いわね」

 これはつまり「年下の子の世話をして偉いわね、お兄さん(・・・・)ね」という訳だ。オルフィは苦笑いを浮かべた。

お姉さん(・・・・)の目線だよなあ、いつもながら)

「それから」

 次に彼女は笑いを納め、真剣な顔をした。

「やっぱり、その腕のことが気になるんだけれど」

「う」

 ますますもって答えづらい。

「ち、ちょっと、ね」

「『ちょっと』、何よ」

 リチェリンは顔をしかめた。

「言えないような事情なの? 喧嘩でもしたとか? まさかとは思うけど、あなた街ではさっきみたいに喧嘩してばかりいるの?」

「なっ、ち、違う違う! だいたいさっきのは俺が喧嘩を売った訳じゃないってば」

 本当に信用されているのだろうか、とオルフィは不安になった。

「さっきは私を心配してくれたと言ったわね。なら私も同じなのよ」

「え?」

「あなたが心配なのよ! そんな、包帯を巻いて……」

「リチェリン」

 オルフィはうーとうなった。リチェリンに心配させるなど、あってはならないことだ!

(でも)

(何て言ったら安心させられる?)

 事実を話すのは論外。まずそう思った。

「骨を折ったの?」

「あー……」

「いえ、それほどのことではないです」

 カナトが声を出した。

「首都は忙しないですね。ずいぶんと急いで走っていた男が余所見をしていてオルフィにぶつかったんですよ」

「あ?」

「まあ」

「オルフィは突き飛ばされる形で倒れてしまい、とっさに手を突いたんですが、少々捻挫を」

「捻挫」

「湿布薬を欠かさず、安静にしていればすぐ治るとのことで。包帯の巻き方は少々大げさですけれど、お医者の先生が慎重な気質だったみたいです。そうでしたよね?」

「あ、ああ」

 同意を求められてオルフィはこくこくとうなずいた。

「もう。それならどうしてすぐ説明しないのよ」

「ぶつかられたとは言え、転んで怪我をしたなんてご婦人には言いづらいと思いますよ、セリ」

 澄まし顔でカナトは言ってのけた。オルフィは心でカナトに感謝を述べる。「オルフィに非はなく、いささか大げさに見えるが実際にはそれほどでもない負傷」――何とも助かるというもの。

「大ごとでないのなら、よかったわ。私、驚いてしまって……騒いでごめんなさい、オルフィ」

「心配してもらって、文句なんかないさ」

(リチェリンは誰にでも、優しいけどな)

 これが「オルフィだけ」とか「オルフィには人一倍」とかであれば――いや、思うまい。

「私はイゼフ神官という方にお会いするの。あなたたちは?」

「あ、誰に会ったらいいのかは判んねえんだ」

「あら、そうなの」

 リチェリンは目をぱちくりとさせた。

「イゼフ神官にお尋ねしてみる?」

「いえ、ほかの方に確認してみますので」

 大丈夫ですとカナトは笑みを浮かべた。

(こいつ)

(役者だな)

 そう思わざるを得ない。

(助かるけどさ)

 リチェリンに嘘をつくのは非常に気が引けるのだが、全てはとても話せないし、断片的な事実を話すのも難しい。となれば彼女のいる席で話をすることはできない。

 カナトはオルフィの気持ちを読み取った上で、さらさらと返答してくれている。

(本当、年下だなんて思えないなあ)

 何とも実に貴重な人材だ。オルフィは自らの幸運に感謝したが――。

(拾い上げたなんてのは、勘弁)

 そのことは否定した。納得できないことでもあれば、友人と思う相手を拾い物のように考えるのは抵抗がある。

「あの、すみません」

 リチェリンは、今度は迷うことなく神官に声をかけ、イゼフと約束をしていることを伝えた。

「ではご案内します」

「お願いします」

 彼女は頭を下げて、神官に続こうとした。

「そちらは、お連れでは?」

 一緒にやってきたようなのに彼らが立ち止まっていたからだろう、神官は不思議そうに尋ねた。

「別の用事があるんです」

 例によってカナトが答える。

「僕はヒューデア・クロセニーという人を探しています。こちらに、彼のことをご存知の神官殿がいらっしゃると聞いて」

「それでしたら」

 神官は笑みを浮かべた。続いた答えに、オルフィは目をぱちくりとさせた。

「やはりご一緒にいらっしゃるとよろしいでしょう。それはイゼフ殿のことですから」

「えっ」

「あら」

 それは話が早いと言えたが、困惑することでもあった。リチェリンの方でオルフィらの同席を拒む理由はないが、オルフィの方でもそうする理由をひねり出せなかったからだ。

 「俺たちはあとにするよ」なんて言ってもいい。だが少々、不自然だ。

 オルフィは助けを求めるようにカナトをちらりと見たが、少年も無難な提案をとっさには思いつけないようだった。


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