03 あとで、改めて
階段を駆け上がり、オルフィが問答無用でふたりの間に入り込んだのは、そうした流れのあとだったということになる。
「おいっ、てめえっ。彼女に手ぇ出すんじゃねえっ」
「おや、君は……」
「オルフィ!?」
驚いてリチェリンが大声を出した。
「わあ、嬉しい! まさか会えるなんて思わなかったわ!」
「逃げろ、こいつは俺が」
「知り合いかな、リチェリン嬢?」
にっこりとラスピーは言った。
「ふむ。オルフィという名前だったのか。なかなかよい名だ」
「気安く俺の、いや、リチェリンの名を呼ぶんじゃねぇ」
「幼なじみなの。あら? ラスピーさんこそ、オルフィを知っているの?」
「先日、少々行き合ってね。まさかリチェリン嬢の幼なじみとは」
「不思議な偶然もあるものね」
「……ちょっと待て。何で和やかに話してるんだ」
オルフィは緊張感を削がれた。
「リチェリン、こいつにしつこくされてたんじゃないのか?」
「うーん、何て言ったらいいか」
彼女は苦笑した。
「リチェリン嬢が私を助けてくれたので、お礼にここまでお送りしたところだ」
ラスピーは簡潔に説明すると、宮廷式の礼などした。
「その剣呑な表情は何かな、オルフィ。君の連れは、あの可愛い少年だろう」
にっこりと青年は笑みを浮かべた。
「私が君の幼なじみと仲良くしていたところで、君には、なぁんにも、関係ないんじゃないかな?」
「てめえ」
思わずオルフィはラスピーの胸ぐらを掴んだ。
「ちょっと、オルフィ!」
「オルフィ! 喧嘩はいけませーんっ」
そこにカナトが追いついてくる。
「おや少年。いたね」
ラスピーは少しも動じず、カナトに笑いかけた。
「あ、ええと、その……こんにちは」
カナトは反応に迷った末、普通に挨拶をした。それから「連れ」をキッと睨む。
「喧嘩はしないと約束したじゃないですか!」
「そ、そうだけどよ、こいつ」
「何してるのオルフィ、放しなさい、失礼よ!」
リチェリンにまで言われては従わざるを得ない。渋々とオルフィはラスピーから手を放した。
「よかった……」
少年は胸を撫で下ろした。籠手が発動しなくて、と言うのだろう。オルフィとて籠手に勝手に動かれたら困るのだが、見逃せない状況だったのだ。
「あら、あなたは?」
「初めまして、リチェリンさん。僕はカナトと言います。サーマラ村から彼におつき合いを」
「カナト君と言うのか。うん、可愛らしい名前だ、よく似合う」
「は、ど、どうも」
「くそ」
結局、カナトの名をこのおかしな青年に知られてしまった。オルフィは顔をしかめた。名前くらい知られたところでどうということはないが、何となく腹立たしいと言うか、危険な気がすると言うか。
「カナトさん。初めまして、リチェリンです。オルフィがお世話になっているようですね」
リチェリンは手を差し出した。カナトは少し赤面してそれを取った。
「と、とんでもない。僕がオルフィについていくと言って聞かなかったのを彼が許してくれたんです」
「いや、実際、カナトには世話になってる」
オルフィは正直に言った。
「あっ、ちょっと、オルフィ!」
「なっ、何!?」
突然叫んだリチェリンに彼は慌てた。
「どうしたの、その左手! け、怪我!?」
「あっ、いやその、ええと……」
しまった、と彼は焦った。気づけば気にして当然だ。
「た、大したことじゃないんだ」
「そんなに包帯ぐるぐる巻きで何を言ってるのよ。ほ、骨でも折ったの?」
「ええと」
「その話はあとにしたらどうですか、オルフィ」
静かにカナトが助け船を出した。
「話せば長くなりますし」
「そ、そうだな。あとで、改めて」
(改めて、何を言えって言うんだ?)
内心では途方に暮れたが、とりあえずこの場はやり過ごすことができたようだ。リチェリンは心配そうに彼を見たものの、追及はしなかったからである。
「それにしてもリチェリン、どうしてナイリアールに?」
話題を換えることと、実際不思議に思ったこともあって、彼は尋ねた。
「……それは」
リチェリンは神殿を見た。
「神父様の、弔いが必要だから」
「あ……」
オルフィは目をしばたたいた。
「そ、それなら俺に言ってくれれば」
「あのときはそこまで気が回らなかったのよ」
恥ずかしそうにリチェリンは言った。
「ニクールさんは考えていたみたいだけれど、ルタイの兵士さんに頼めばいいだろうと思っていたらしくって」
「なら、そうすればよかったじゃんか。どうしてリチェリンがわざわざ」
「私が行きたいと言ったの。神父様の……最後のお手伝いに」
「……そう、か」
それはオルフィが考えたのと同じことだった。彼も最後の手伝いがしたいと思って、ミュロンのところに荷を運ぶことを選んだのだ。
「それで? 今日、着いたのか?」
「いいえ、昨日よ。まずこのコズディム神殿にきたのだけれど、メジーディス神殿に筋を通すべきなんじゃないかと言われて」
彼女はざっと事情を説明した。
「今日、もう一度くるようにと言われていたの。この広い街でオルフィと偶然会うなんて無理だろうと思っていたから驚いたわ」
「俺もだよ」
「……僕もです」
ぼそりとカナトが呟いた。
「オルフィ、本当、すごいです」
「ばっ、よせよ、偶然だってば」
「すごいって、何?」
「それはですね」
「馬鹿、よせ」
「オルフィはすごく運がいいってことです」
少年は笑みを浮かべてそう言った。
「こんなところでリチェリンさんと再会できるなんて。どの神のお導きなんでしょうね」
「メジーディス、かもしれないわ」
彼女はタルーが仕えていた神の名を口にした。
「そうでしょうか。僕には、ピル」
「わあっ」
恋の女神、とカナトが言い切らない内にオルフィは少年の口をふさいだ。
「おかしなこと、言うな」
「すみません」
「その謝罪は受ける」
「ふふん? ふんふん、成程」
そこに面白がるような声が挟まる。
「読めたぞ、オルフィ」
「な、何だよ、あんた」
ラスピーがにゅっと顔を出してきて、オルフィは一歩退いた。
「私はてっきり、君とカナト君ができているものと思ったが」
「おつき合い」などと言うし、と言葉は続いた。
「あのなっ、さっきのは『同行』って意味だろうがっ」
当然の言葉を返す。
「どうやら君は誰ともできていないッ!」
ラスピーは指を突きつけ、オルフィはうっと言葉に詰まった。
「ふふ、私は誰を口説いてもかまわないようだね」
「かまわないはずがあるか! あんたな」
「カナト君もリチェリン嬢も駄目だと言うなら、オルフィ、君にしようか」
「帰れ!」
オルフィはカナトとリチェリンをかばうように両手を拡げつつ、また一歩下がった。




