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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第2話 大導師の影 第3章

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01 ただの旅人だ

 ナイリアールの街に流れる水路の近くにある小道の手前では、ちょっとした騒ぎが起きていた。

「いったい何が問題だと言うんだ」

 若い男は嘆息して首を振った。

「気ままに散歩することも許されないのか、ナイリアールという街は」

「何が気ままな散歩だ」

 苦々しく言った制服姿は町憲兵(レドキア)であった。紺色の制服と記章の入った帽子でそうと知れる。

「この辺りは気ままに入り込んでよいところではない!」

「何だと?」

 男は目をぱちくりとさせた。

「どこかに、入ってはならぬという看板でもあったか? 少なくとも私は柵など乗り越えなかった。公共の通路にしか見えぬのだがな」

「看板も柵もない。だがこの辺りの者であれば誰もが知っている」

「『この辺りの者であれば』!」

 繰り返して男は天を仰いだ。

「何と愚かしい。情けない。慣習にただ頼り、慣習を知らぬ者がそれを破ったと言って罰する、それが首都の町憲兵なのか」

「何だと」

「ナイリアール町憲兵隊を愚弄するか」

 ふたりの町憲兵は腹を立てた。

「愚弄されるだけの対応をしているではないか」

 ふん、と男は鼻を鳴らした。

「だいたい、ここが何だと言うのか? 有力者の屋敷の近くか何かか。だとしても、雇われた戦士などではなく街を守るべき町憲兵が警備しているのか? 情けないにもほどがあるな」

「おのれ」

「好き放題言いおって」

「詰め所にこい、話を聞かせてもらう」

 ぐいっとひとりの町憲兵が男の腕を掴んだ。

「不審人物として、名前と住んでいる場所、仕事場等を記録しておくからな。言っておくが出鱈目を口にしても無駄だぞ。確認が取れるまでは解放しない」

「ちょ、ちょっと待て。本気か」

 そこで男は初めて焦ったような顔を見せた。

「よせ。詰め所になど行けるか」

「われわれがこいと言ったら、くるんだ」

「冗談じゃない」

 男は町憲兵の手を振り払おうとしたが、巧くいかなかった。

「すまなかった。非礼は詫びる。だから勘弁してくれ」

「詫びられて不審人物を解放する町憲兵がいるか!」

「ただ歩いていただけではないか」

「いいや、挙動が不審だった」

「私はナイリアールが初めてなんだ。辺りを見回してばかりだったのはそのせいであって、何も富豪の屋敷を物色しようとしていた訳ではない」

「語るに落ちたな、盗賊(ガーラ)めが」

「違うと言っているのに」

 がくりと男は肩を落とした。

「私はただの旅人だ!」

「ふん、ならば身元の保証ができる手形の類か人物を用意するんだな」

「そんなもの、あるはずが」

 男は途方に暮れた顔をした。

 その頃には、いったい何ごとかと足をとめる見物人が出はじめていた。ひとりふたりがそうやって立ち止まっていると、呼び水になるものだ。

 たまたまそこを通りかかった者の大半は同じように、何だろうかと騒ぎをのぞき込むことになった。

 そう、それはたまたまだった。

 彼女がこのとき、そこを通りかかったのは。

「おお、天の助け!」

 彼は顔を輝かせた。

「リチェリン嬢!」

「えっ?」

 やはり何だろうかと騒ぎを気にした神女見習いは、思いもかけず自らの名前を呼ばれて目を見開いた。

「彼女だ! 彼女が保証してくれる」

「は、はい?」

 町憲兵たちと、そして見物人の視線が一斉に集まる。

「君は、私を知っているだろう!」

「えっと」

 リチェリンはまばたきを繰り返した。

「ラスピー、さん」

 前日に遭遇した奇妙な男の顔と名は、なかなか忘れられるものではなかった。

その通り(アレイス)!」

 にっこりとラスピーは笑みを浮かべた。

「どうだ、見たまえ。彼女はムーン・ルーの神女だぞ。ムーン・ルーの神女が、私のことをきちんと知っている!」

「あの……?」

 状況を把握できないまま、リチェリンは立ち尽くした。

「私は、見習いであって、まだ神女ではありませんが……」

「どうだ、この謙虚な態度。見習いであっても立派なものだ。リチェリン嬢、聖印をお持ちだろう?」

「は、はい、もちろん」

 娘はいつも首から提げているムーン・ルーの印を取り出した。

「どうだ!」

 ラスピーは勝ち誇るかのように言った。

「彼女は立派な神女だ。まさか彼女の言葉を疑うことはないな、町憲兵殿」

「あの、ですから、見習いで」

「神女殿」

 町憲兵は少し困った顔でリチェリンを見た。

「この男と知り合いですか?」

「知り合いと言うほどでは」

「もちろん、よく知っている。彼女はコズディム神殿に大事な用事があって、これから再訪するところだ。そうだな?」

「は、はい、そうですけど」

「私はそれにつき合う約束をしている」

「えっ」

「神女殿との約束を違えさせるような真似、まさか町憲兵殿がなさいますまいな?」

 人当たりのよい笑みを浮かべてラスピーが言えば、町憲兵たちは困ったように顔を見合わせた。見物人の存在が彼らを迷わせたのである。

「神女サンの付き添いか」

「行かせてやんなよ、町憲兵の旦那」

「むむ」

 概して町憲兵隊というのは街びとに人気がない。威張るだけ威張ってろくに事件の解決もしないと思われるものだ。一方で神官、神女は人々に支持されやすい。見物人は完全にラスピーの――リチェリンの側に立っていた。


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