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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第2話 大導師の影 第2章

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12 盤上の駒

 ぱたん、と扉を閉めた部屋の奥に、人影があった。

「お帰り、リヤン」

「――このようなところまでやってくるとは」

 リヤン・コルシェントは少し顔をしかめた。

「いささか、出すぎているのではないか、ニイロドス」

「ふふ、ひとりでは寂しいだろうと思ってね。『お帰り』という声があるのもたまにはいいものだろう?」

 ニイロドスは長い灰色の髪をかき上げた。

「馬鹿らしい」

 魔術師は相手にしなかった。

「何の用だ」

「用がなければ、君のところにきてはいけないかな?」

「用もないのにお前がくるはずもないだろう」

「それは誤りだ、リヤン」

 くすくすとニイロドスは笑った。かすかに銀色に光る薄黄色をした衣服の布地が、まるで一緒に笑うように揺れた。

「君のことはいつでも気にかけている。君の脚本も演出も、非常に興味深く拝見しているよ。あとは役者たちが君の言う通りに演じてくれるかどうかだが」

「演じさせるとも」

 コルシェントは太陽(リィキア)が西に沈むのは当然だ、とでも言うように言った。

「ジョリス・オードナーは死んだ。これは計画通りだ」

「だが誤算もあったね?」

 間髪を入れず指摘が飛んだ。コルシェントは口の端を上げた。

「〈白光の騎士〉に死してなお災いあれ。あやつは死ぬ前に運と勘を使いきってみせた。もっとも、それを黒騎士との決闘まで取っておけば生き延びたやもしれんが」

「アバスターの箱」

 ゆっくりとニイロドスは言った。

「騎士は確かに箱を持ってナイリアールを出た。だが、君の望む相手のところにもたらされることはないまま、遺品のなかにも存在しなかった」

 ニイロドスは肩をすくめた。

「さてどうする、リヤン」

「無論、探すに決まっている」

「箱を?」

「中身だ。箱はただの封じにすぎない」

「それから」

 ニイロドスはくすりと笑う。

「盗っ人を?」

そうなるな(アレイス)

 コルシェントはやはり当然のように言った。

「では見物させてもらおう。君の手腕をね」

「私の?」

 魔術師は片眉を上げた。

「お前にとっては、私とて駒ではないのか?」

「人の子は誰もが盤上の駒だ、リヤン」

 ニイロドスはふっと笑った。

「君も。ジョリス・オードナーも。ヴィレドーン・セスタスも。みな同じ」

「お前の思うように動かすか」

「誰が駒を操るかは判らないさ」

 だいたい、とニイロドスは続けた。

「ひとりで遊戯をしたって面白くない。好敵手がいなければ」

「好敵手ときたか」

 ふん、とコルシェントも笑った。

「お前の好敵手はさしずめ、神か?」

「おや。君は神の駒になりたいのかい」

「まさか」

 コルシェントは肩をすくめた。

「ふふ、安心するといい。神は遊戯盤で勝負などしない。そうしたことを楽しむのは私の仲間だよ」

「ならばやはり、お前は私をお前の駒だと思っているのではないか」

「そうでもないよ、リヤン。盤遊びと賽子遊びを組み合わせた遊戯を知っているかい?」

 ニイロドスは賽子を振るような仕草をしてみせた。

「賽子の目によって駒を動かす遊び――ここに指し手の思惑は入り込みようがないんだ」

「勝者は〈名なき運命の女神〉か」

「神は勝負をしないと言っただろう。運命神だって同じこと」

「ではお前は何が言いたい?」

 少し苛ついたように魔術師は問うた。ニイロドスは笑う。

「賽子の目は駒の意識したところではないけれどね。それでも思わぬ動きをして、指し手を困らせることがある。私はそんな駒を見るのが大好きだ」

「予測できないことが面白いと?」

その通り(アレイス)

 ぱちん、とニイロドスは指を弾く。

「人間を見ているのは実に面白い」

「ふん」

 コルシェントは胡乱そうに相手を見た。

「お前の望みは人間の破滅だろうに」

「ただ自滅されたって面白くないさ」

 楽しげに、それは笑う。

「時には大輪の薔薇が散りゆくように。時には大木が落雷に崩れるように。嵐に大破する船のように。戦に燃え落ちる城のように」

 笑い声はやまなかった。

「観客が楽しめる、劇的な要素がなくてはね」

「成程。それが見たくて戦を起こしてきたのか」

 コルシェントは銀の杯に酒を注ぎながら言った。

「起こしてきた? とんでもない」

 きゅっと目を細めてニイロドスは首を振った。

「戦というのは人間の自浄本能さ。繁殖力にばかり優れている生き物が、殖えすぎた自分たちの数を減らすため。戦など、放っておけば勝手にはじまるというもの」

「成程」

 魔術師はまた言った。

「ヴィレドーンを煽ったこともない、という訳か」

「もちろん、ない」

 ニイロドスは口の端を上げた。

「はっきりさせておこうか、リヤン。波瀾、混沌、破滅を望むのはいつだって君たちだということ」

 金色の眼がコルシェントを捉えた。

「こちらは望みが叶うよう、手を貸してやるだけ。その結果が破滅だというのは非常に美しいけれど、せせこましく誘導などしない。そちらが勝手に破滅への序曲を奏で出すだけだ」

「奏でる楽器を用意するのは誰だ?」

「それは」

 ニイロドスは朱い唇をくいっと上げた。

「望むなら、リヤン、いつでも君のために用立てよう」

 それ(・・)は笑顔を見せた。

「ふん」

 コルシェントは鼻で笑った。

人でなし(・・・・)とでも言いたいのなら、好きにしたらいい」

 笑顔のままでニイロドスは言った。

「そのような判りきったことを口にしてどうする」

 魔術師は唇を歪めた。

「人の似姿を取ろうとも、お前は人ではない」

「似姿を取る」

 相手はそっと繰り返した。

「それは違うね。君たちが私らに似ているんだ。姿だけじゃない、時に心や――魂と言われるものまで」

 だから、とそれは続けた。

「面白くてたまらなくて、私たちはちょっかいを出すんだよ」

 灰色の髪をした人外は諭すように言って、楽しげに笑った。


(第3章へつづく)


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