11 相応しき罰を
「私としましては」
祭司長はゆっくりと言った。
「真実を隠しても益はないかと考えます。ただ、時期は見極め、黒衣の剣士を退治したという報と同時に」
「ふむ、成程」
王子は両腕を組んだ。
「吉報に紛らわせる、か。相討ちというのは事実ではないが、そう思わせるのは悪くないやもしれんな」
「わたくしは」
魔術師が声を出した。
「ジョリス殿の死が損失でなければよいのでは、と考えます」
静かに発された言葉に、王子は戸惑った。
「どういう意味だ」
「ジョリス・オードナーが人々の尊敬に値する素晴らしい人物だからこそ、その死は悼まれ、脅威への不安が増されましょう。ですが、彼にそのような価値がなければどうでしょうか」
「――王家の宝を盗んだことも公表すればよい、と?」
レヴラールは言われようとしていることを読み取って、渋面を作った。
「あまり名案とも思えぬが……」
「最高の案だとは申しますまい。ですが嘘で死者の名誉を汚すのでもない、純然たる事実です」
「だが……」
「意外なことを言うものだな、術師」
キンロップは片眉を上げた。
「貴殿は先ほどから、オードナーの死を悼んでいたようだが」
「ええ。非常に残念だと思う気持ちは本当です。ですが彼が箱を持ち出したことはそれ以上に残念に感じます」
魔術師は目を伏せた。
「本当に……どうしてそのような、名を汚すことをしたのか……」
「全くだ」
王子は同意し、嘆息した。
「いったいどんな不満があったと言うのか。売り払うために持ち出したとは思えぬが、では何のためだったのか」
「考えられるのは、英雄アバスターのような名誉を求めたというところでしょうな」
キンロップは唇を歪めた。
「白光位の名誉だけでは足りなかった。アバスターの力を借りて黒衣の剣士を倒し、英雄となることを望んだ」
「そのような理由であれば、何とも情けない」
レヴラールは拳を握った。
「あやつの清廉と見える態度に騙された俺自身をも情けなく思う」
「殿下、そのようなことは」
「魔が差したのですよ」
コルシェントはまた言った。
「人間は、誰しもそのようなことがあります。騎士と呼ばれる方々はそうした心持ちを抑えるだけの精神をお持ちのはずでしたが、ジョリス殿は誘惑に負けた。非常に」
残念なことですと彼は繰り返した。
「殿下、彼に白光位の資格なしと明言することによって、人々や……われわれ自身がいまだ抱いている彼への幻想を打ち砕くべきではありませんか」
それから顔を上げ、ゆっくりとコルシェントは言った。
「幻想……」
「ええ」
こくりとコルシェントはうなずいた。
「ジョリス殿を盗人とし、白光位はもとより騎士位を剥奪して追放扱いとする。その上で死を公表すれば、騒ぎも大きくならないでしょう。いえ、騎士でなければいちいち死を公表する必要もありません」
「そこまでしようと言うのか、コルシェント殿」
祭司長は驚いた顔をした。
「おや、キンロップ殿はご賛同下さるものと思いましたが」
「たとえ事実でも、死者の名誉をわざわざ貶めるのはどうか」
「死者の悪行は伏せられるべき、と?」
「そうは言わぬが……」
「そこまでだ、キンロップ」
レヴラールは手を叩いた。
「時期は計る。だがコルシェントの案を採るとしよう」
そう宣言した王子の瞳には、怒りのようなものが宿っていた。ふたりの年長者は黙って礼をした。
「それから、『箱』の行方も気にかかります」
少々の間を置いて、魔術師はそうとも言った。
「彼が持ち出したことは間違いないとして……死ぬまでにどこに隠したか、それとも誰に託したものか」
「得意の魔術で判らぬのか?」
揶揄が混じったか、はたまた本気で尋ねたか、キンロップはじっとコルシェントを見ていた。
「よろしいでしょう。祭司長がそう仰るなら、我が魔力を振るおうではありませんか」
「む」
「祭司長は例の『会』への対策もございましょうから」
「『会』?……ああ、〈ドミナエ会〉とやらか」
思い出したように王子は呟いた。
「些少な出来事です。大した問題ではありませぬ」
祭司長は首を振った。
「些少なのですか?」
コルシェントは首をかしげた。
「八大神殿は長年に渡って問題にしていると聞きますが」
「あれらを真っ当な神官だと思う者もいなかろうが、七大神の御名を使いながら教会や神殿に徒なすのを放っておく訳にはいかん」
「近頃はその動きも活発だとか。神殿は対応に追われていると」
「……確かに、少々な」
渋々とキンロップは認めた。
「ですが〈ドミナエ会〉の動向が私の任に支障をもたらすことはございません、殿下」
祭司長は少し魔術師を睨んでからそう言った。
「俺はその会とやらのことはほとんど知らぬ。王家が関与することでもないだろう。お前の判断に任せている」
気のないように王子は手を振った。
「それよりも、『箱』だ」
レヴラールはぎらりと目を光らせた。
「見つけてみせましょう」
コルシェントは宮廷式の礼をした。
「盗まれた宝の行き先。盗人の居場所。そして」
魔術師は印を切った。いや、そのような仕草をすることで「魔術」を象徴してみせた。
「斯様な罪人に相応しき罰を」
あの日、ジョリスに「箱」を持ち出すよう促し、かつその手伝いをしたことなどおくびにも出さぬまま、宮廷魔術師は瞳に光を走らせた。




