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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第2話 大導師の影 第2章

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10 長くは隠せまい

 飾り気のない広い部屋は、ずいぶんがらんどうに見えた。

 時によっては二十人近くが卓を囲むこともある部屋に、たった三人だけが座っているというせいもあっただろう。

 貴族らはもとより、執務官や使用人たちもこのときは同席せず、国王に次いで地位があると考えられている者たち三人が奥に固まって真剣な顔をしていた。

 本当に、と魔術師は息を吐いた。

「残念でなりません。彼ほどの人物が……亡くなるとは」

 リヤン・コルシェント。ナイリアンの宮廷魔術師は、三十代の半ばだ。ひょろりとした体型と黒いローブのために実際よりも細く、そして背が高く見える。いや、「長く」見えると言うのが近いかもしれなかった。

 栗色の髪は耳にかかる程度の長さをしており、榛色の瞳は時折神経質そうにまばたいている。

「ふん、買いかぶりすぎだ、宮廷魔術師」

 レヴラール王子は唇を歪めた。

「もっとも、あやつに騙されていたのはお前だけではない。責めはしないがな」

「騙すなど。ジョリス殿はそのような」

「そのような男ではない、と? では箱のことはどう説明する。うっかり間違って持ち出したのだろう、とでも?」

「間違えようはありませんな」

 祭司長キンロップは渋面で言った。

 カーザナ・キンロップは五十歳前というところだ。重職にある故か額のしわは深く、実際よりも年上に見えた。立ち上がれば小柄なことが知れるのだが、座っているととてもそうは見えない。薄青い目にある不可思議な迫力が、彼の存在感を増していた。

 身分を表す装飾衣は何重にもなっていて彼を立派に見せたが、痩せた顔からすると体格がいいとは言えないだろう。

「うっかり宝物庫に入れるはずもありません」

その通りだ(アレイス)、キンロップ。ジョリスは意図して宝物庫に入り込み、アバスターの箱を盗んで逃げた」

「しかし、何のために……」

「さあな、死者は説明も弁解もせん」

 王子は吐き捨てるように言った。

 二十歳を少し回ったばかりのレヴラール・フェンディ・ナイリアン第一王子は、十や二十歳以上年の離れたふたりの重職者を前にしても怯むことはなかった。

 立場からすれば当然でもあるが、もしも気が弱ければ萎縮したり、そこまで行かずとも遠慮するようなこともあるだろう。だがレヴラールは特に気負うこともないまま自然と彼らを「従えるべき者」として扱った。

「気にかかるのは、オードナーがどのようにして宝物庫に入ったのかということ。騎士にはその権限はなかったですな?」

 しかめ面でキンロップは確認した。

「ああ、ないな。大方、見張りの兵士を口車に乗せたのであろう。騎士の言うことだからと疑いもせずに扉を開いた大馬鹿者については探し出し、罰せねばならないが、それは大した問題ではない」

「しかし……」

 それにしても、とコルシェントは深く息を吐いた。

「いったいどうして、ジョリス・オードナーともあろう者が、王家の宝を持ち出すなどという悪事に手を染めたのでしょう」

 嘆くように魔術師は言った。

「彼ほどの人物でも、魔が差すということがあるのですね……信じられませんが……」

 魔術師はとても怖ろしいことを口にしたとでも言うように身を震わせた。

「有り得ないだの信じられないだの、言っていたところで何にもなりますまい。これまでのことに対する感想(・・)より、重要なのはこれからのことです」

 キンロップはじろりとコルシェントを見た。

「もっともだな」

 レヴラールはうなずいた。

「ジョリスの死は長くは隠せまい。事故とでもするのが穏当かもしれんが」

「真実を知る者もいますな」

「田舎の村人が何か言ったところで信じる者もなかろう」

「しかし、噂になってしまえば『誰が言い出したか』は気にかけられなくなります」

 祭司長は懸念を浮かべた。

「〈白光の騎士〉は事故死ではなく、黒衣の剣士に敗れたのだ……などと噂になれば、却って厄介。事実を隠したことが知れれば、王宮にはオードナー以外に不埒者を倒す人材がいない、とでも思われましょう」

「そんな馬鹿げたことがあるか。隊を率いて撃破に当たれば何ら――」

「仰る通りです、殿下。しかしそれはやはり一対一で黒衣の剣士に敵う者がいないということになります」

 渋面を作ってキンロップは首を振った。

決闘(ウォラク)でもあるまいに、一対一である必要がどこにある」

 レヴラールも似たような表情を浮かべる。

「どこにもありません。しかし民にはそう伝わるということです」

 神妙な様子でキンロップは続けた。

「〈青銀の騎士〉ハサレック・ディアの死からもまだ日が浅い。〈白光の騎士〉が死んだとなれば大いなる損失。それだけで人心は惑いましょう」

「判っている。だがいつまでもは隠せぬと、そう言っているのだ」

 苛ついたように王子は手を振った。

「少しでも穏当を装うにはどうすべきか、お前たちの意見を聞くようにと父上から言われている」


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