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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第2話 大導師の影 第2章

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09 何を拾い上げるのか

「血筋というのは支配者階級にとって大事なものですから、単なる意地の張り合いとも違うんでしょうけど」

 カナトは肩をすくめた。

「確かに、みみっちくは感じますね」

 やってきた同意にオルフィはにやりとした。

「それもあって僕は『黒騎士』という呼称が出回ったことに少し驚いたんですよ」

「もしかして『騎士』の部分か?」

「ええ、そうです。何ら公的な触れは出されていないと聞きますが、『ナイリアンの騎士と混同させるような呼称は禁ずる』というような話が出るのではないかと」

「そんな命令、出たら笑っちまう。いや、怒るかな。そんな悪人と騎士様たちを混同するはずがないのに」

「『体面』というものも時には大事ですからね。場合によっては致し方ないこともあるとは思います」

 曖昧にカナトは言った。

「もっとも、いま僕が『公的に触れが出ていない』と言ったのは、黒騎士と呼んではならぬという触れが出ていないという意味に限らないです。黒騎士に関するどんな触れも出ていないという」

「それが何だっていうんだ?」

 判らなくてオルフィは尋ねた。

「黒衣の剣士に公的な名称はない、ということですよ。その形のなさは、却って噂に奇妙な影をつけることにもなり得る。僕だったら賊というような簡単な言葉でもいいから、『それ』に名前をつけてしまうなあ」

「成程。正体の知れない幽霊(ベットル)は怖いが、賊だったら、怖くない訳じゃないけど、対処法が判ってるから多少は安心できる、ってな感じか」

「まさしくその通りです。恐怖にもいろいろありますが、この手のものの場合は『形がない』ことこそが怖ろしいんです。輪郭だけでも描ければ不気味さはぐんと減る」

「実際に、見たもんから言わしてもらうと」

 オルフィはぼそりと呟いた。

「描ければ描けるなりに、不気味だけどな」

「あ、すみません」

「いや、謝るなって。カナトの言う意味は判るよ。お化けの怖さと賊の怖さは違う。お城から『賊は退治するから心配するな』って言ってもらえたら安心できるよな」

「――もっとも」

 カナトは声を落とした。

「『あの話』が出回れば、賊である方が怖ろしいと感じるかもしれませんけれど」

 〈白光の騎士〉が敗れたという話。ナイリアン最強の剣士と言われる人物が凶刃の前に斃れたなどと聞けば、絶望的な気持ちになるだろう。

 ジョリス・オードナーにできなかったのなら、いったい誰が黒衣の剣士を退治できるのか?

「まあ、何も、一対一で剣の勝負を挑まなくたっていいんですけどね」

 確かに集団で取り囲まれれば、どんなに強い剣士だって多勢に無勢だ。複数の魔術師を雇ってもいい。剣の届かない遠くから的確に狙われれば、世界一の剣士でもどうしようもない。

「でも『それなら安心だ』って気持ちは湧かないだろう」

 オルフィは首を振った。

「ジョリス様が……」

 彼はそれだけ呟いて、続きを言うのをやめた。

「……北のアミツのように、〈湖の民〉は湖神エク=ヴーを崇めるなど、独特の信仰を持っているのが古い民の特徴です。ナイリアンができたばかりの頃は神界や冥界神以外の信仰を禁ずるという話もあったようですけれど、やがてその力を王家のために使うという約束のもとで古き信仰も解禁されたとか」

「王家のために? 使われてるのか?」

 聞いたことないけど、とオルフィはつけ加えた。

「これがまた、先ほどのような話なんですけど」

 カナトは肩をすくめた。

「的を射た助言というのは時に痛いものです。政策の穴を指摘された王陛下はお怒りになり、彼らを罰することこそありませんでしたが、『蛮族の狂信的な予言』と貶めて彼らの話を聞かなくなったらしいです」

「うええ」

 オルフィは目をぱちぱちとさせた。

「ちっちぇえなあ。王様ってもっと立派な人かと思ってた」

「まあ、そう仰らず。一度の指摘で腹を立てた訳でもないでしょうし、なかには的外れなものもあったのではないかと思います。一代の王の機嫌で決めた訳でもなく、積もり積もった結果かもしれない」

「事情があったんでも、もうちょっと度量ってものもほしいよなあ」

「正直、そうですね」

 カナトはまた同意した。

「ただ、善政というのはあまり言い立てられないものです。何か問題が起きたり、印象が悪かったりすると、延々と指摘されて記憶にも残りやすいですが」

「そうか」

 オルフィは腕を組んだ。

「そうかもなあ」

「理想を言えば、善政が当たり前であるべきですけれどね。生憎と王は神ではないので」

「いまの王様は悪評とか聞かないよな。それって善政ってことになるんか」

「可もなく不可もなくというところじゃありませんか。あんまり大きな声では言えませんけど」

 王の悪口を言ったら捕らわれるというようなことはないが、もし城の人間がたまたま聞きでもしたら、目をつけられるくらいは有り得る。ただの街びとならば首をすくめて終わるとしても、彼ら――いや、オルフィの現状はいささか問題があるのだ。兵士などに咎められるのはもとより、強い愛国心を抱いている者に聞きつけられて絡まれるのも、大いに危険だ。

「さ、もう少しだ」

 コズディム神殿のある場所が近くなってきた。オルフィは道の先を見る。

「でも、行ってどうするんです?」

 カナトは首をかしげた。

「ヒューデア氏について知りたいなんて直接的なことを言っても、神官は教えてくれないと思いますよ」

「そうかな」

「そうですよ」

「でも、あいつを探してるって言えば何か教えてくれるんじゃないか?」

「探している理由を尋ねられると思いますけれど」

「……ジョリス様のことを訊きたくて、っていうのは?」

「それは建前じゃなくて本音ですね」

 カナトはずばりと指摘した。

「確かに、ろくに話は聞けませんでした。ですが、彼だって詳しく知っている訳じゃないでしょう。オルフィが既に知っている断片的な情報しか持っていないと思いますよ。それに」

 少年はそこで不自然に言葉を切った。オルフィは首をひねった。

「それに……何だ?」

「いえ、何でもないです」

「何だよ。気になるな」

「……オルフィは何を知ってどうしたいんですか? あなたにとっていま最優先にやるべきことは例の術師を探して『それ』を外すことじゃないんですか?」

「それは、そう、言われると、その通りなんだけど」

 オルフィはうつむいた。カナトは嘆息した。

「判りました。とにかく、オルフィの望むようにしましょう。オルフィのことなんですし、それに」

 また彼は言葉を切った。

「何だよ」

 オルフィはまた尋ねた。

「こう言えばあなたは気に入らないと思いますけど」

 前置きしてからカナトは続けた。

「神殿でまた何かを『拾い上げる』こともあるかもしれませんからね」

 魔術師の言いように、若者は乾いた笑いを洩らした。

当たり籤(ルーラ)ばかり引くなら悪いことじゃないと思うけどさ、それはせいぜい『運がいい』ってなところだろ。だいたい」

 彼は顔をしかめた。

外れ籤(ラーゲ)だって混ざってるしな」

「『呪い』のことですか? でもそれは、術師の仕込み(・・・)ですよ、きっと」

「何でカナトがそんなふうに思うのか判んねえよ」

「僕は、どうしてオルフィが納得してくれないのか判りません。いえ、判りますけど」

「どっちだよ」

「オルフィが魔術の理に納得いかないのは当然だということです。僕だって大いに納得しているという訳じゃないんですけど、否定されると反論したくなると言いますか」

「はあ」

 そんな理由で反論されても、とオルフィは少々思った。

「僕としては段々、オルフィが何を拾い上げるのか楽しみになってきました」

「他人事みたいに言うなよ。……他人事か」

「そうは言いませんけど。僕はオルフィと一緒にいるだけで、当事者でないことは確かですね」

 他人事とは言わないが自分のことでもない、ということらしい。もっとも、その通りではある。

「あれですね。コズディムの印章が掲げられています」

 荘厳な建物が彼らの行く先に待ちかまえていた。オルフィはぽかんと口を開けた。

「すげえ。でかいな」

「神殿は初めてですか?」

「こんなにでかいのは初めてだ」

「首都ですからね」

 知ったようにカナトはうなずいた。

「じゃあ、行きましょ……」

「えっ!?」

 突如、オルフィは大きな声を上げた。カナトはびっくりした。

「ど、どうしたんですか?」

「あれは」

 まさか。だが、見間違えるはずもない。

「リチェリン!?」

「え?」

 カナトは聞き返し、オルフィの視線の先を探した。

「あの階段のところにいる女の人ですか? でも」

 少年はぱちぱちと目をしばたたく。

「一緒にいるのって……」

「あ、あいつ」

 彼はかっとなった。

「あの人ですね。朝の屋台で僕らに声をかけてきた」

 それはラスピーと呼ばれていた、茶金髪の奇妙な青年にほかならなかった。

「野郎っ、リチェリンにまでっ」

「あ、オルフィ!」

 カナトがとめる間もなく、オルフィは走り出していた。

「ちょっと! 喧嘩は駄目ですよ、オルフィーっ」

 籠手のことを思い出せと少年は叫んだが、頭に血が上ったオルフィには届かなかった。


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