05 そのつもりでいた
「裏切りの騎士の話だったな。名前は初耳だったけど、話自体は知ってるよ」
三十年前に起きた怖ろしい事件だと言う。当時の王と〈白光の騎士〉が、やはり騎士の座にあった男に斬殺されたのだとか。
「裏切りの騎士ヴィレドーンは、悪魔と契約を結んでいた。そうした話があります」
「き、聞いたことないな、それは」
オルフィは厄除け魔除けを繰り返した。あまりにやりすぎて、指がつりそうなくらいだ。
「あまりおおっぴらには言われないでしょうね。ゾッフルが関わろうとそうでなかろうと、起きた事件に変わりはありませんし」
「あまり連発するなよ」
「何ですって?」
「だから、その、『忌まわしい何か』の名称だよ」
「ああ、そうですね。すみません」
この謝罪は受け入れよう、とオルフィは思った。
「で? 裏切りの騎士が、何だよ?」
「状況が似通うと思いませんか」
カナトはそうとだけ言った。
「それは……」
言わんとするところは判った。
〈白光の騎士〉が、騎士と呼ばれる人物に殺されたと。カナトはその点について言っている。
「でも、黒騎士ってのはただのあだ名だ。本当に騎士の座にあるって訳じゃない」
「そうですね。少々、言い過ぎたかもしれません」
少年は謝罪の仕草をした。
「先をどうぞ」
何だかもぞもぞするものを覚えたが、オルフィはうなずいて続きを話すことにした。
「箱を……俺は、黒騎士が箱を狙ってたんだと思った。それで、いったい、箱の中身は何だろうと」
言いにくいが言うと決めた。オルフィはうつむいて語った。
「開けるまで迷ったとか、鍵がかかってて開かないに違いないと思ったとか、そんなの言い訳にも何にもならないけど」
オルフィは嘆息した。
「開けた。開いた。なかにあったものに俺は目を奪われて、気がついたら」
彼は右手を包帯の結び目にかけた。カナトはとめようか迷う表情を見せたが、オルフィに任せることにしたようだった。
「こんなふうに身につけ、そして外すことができなくなった」
ヒューデアの視線はオルフィのあらわにされた左腕に、いや、青く美しい籠手アレスディアに釘付けになっていた。
「箱には魔術で鍵がかけられていました。オルフィが誰の助けもなしにそれを開けられたというのはとても大きな意味を持ちます」
このままではオルフィがまた盗っ人呼ばわりされると感じてか――仕方のないことでもあるが――カナトが言った。
「意味だと」
剣士は激高するようなことこそなかったが、声には最初の刺々しさが戻っていた。
「他者から預かった箱を勝手に開け、勝手に装着することにどんな『大きな意味』があると言うんだ」
「オルフィ以外の誰も……仮に本当の盗っ人が手に入れて箱を開けようとしても、決してそれは開かなかった。オルフィだから開けられたと言っています。そしてそれは箱が、籠手が……それらに魔力を込めた魔術師ラバンネルがオルフィを認めたということでもあります」
「ラバンネル」
ヒューデアはきゅっと眉根をひそめた。
「知っているのか」
「ナイリアンの魔術師なら誰でも一度は耳にしていると思いますよ。ラバンネルは僕たち魔術師にとって英雄アバスターのような存在ですから」
カナトはまたそうした説明をした。
「あなたがどうして知っているのかは、知りませんけど」
問うようにカナトは言ったが、ヒューデアは何も答えなかった。
「ラバンネルが認めたかどうかは、知らないさ」
オルフィは肩をすくめた。
「俺はこれがここにはまってるのがどんな理由のためだとしても」
彼自身のうかつな好奇心――それだけだ、ということは種々の事情からもはや有り得なかったが――、運命などという得体の知れないもの、何であっても。
「これを外す方法を探し、ジョリス様にみんなお話しした上でお返しする、そのつもりでいた」
「だが」
ぐっとヒューデアは両手を強く握った。
「ジョリスは死んだ」
そう聞いたのは二度目であるが、オルフィは強い目眩のようなものを覚えた。
(死んだ)
ずきんと、まるで自分の胸が貫かれたかのように痛む。
「本当に……」
「本当だ」
ヒューデアは淡々と言った。
「遺体がまだ届かぬ故、葬儀や埋葬はまだだ。公表も時期を図るだろう。だが」
本当だ、とヒューデアは繰り返した。青年剣士が感情を押し殺すようであるのはオルフィにも判った。
「そう、か」
葬儀。埋葬。こうした言葉を耳にすると、じわじわと「本当なのだ」と感じられてくる。
「王子が自分を騙す理由などない」と考えてきたオルフィだが、やはり信じがたくはあった。だが、次第に。こぼれた水がゆっくり布に染み込んでいくように。
本当なのだ、と。
「どうしてオルフィにそれを教えるんです?」
カナトが判らないと言うように首を振った。
「ナイリアン国にとって、とても大きな出来事です。隠す理由も判りますが、いつまでもは隠せない。なるべく騒ぎにならないやり方でやがて公表するでしょう。ですが」
ちらりとカナトはオルフィを見る。
「普通に考えれば、王子殿下は隠そうとするはずです。しかし彼はオルフィに洩らし、あなたもそのことを知っている」
「そうだ」
オルフィははっとした。
「ヒューデア、あんたはどうしてそのことを知ってるんだ」
「コズディムの神殿で聞いた」
静かに、ヒューデアは答えた。
「神殿だって? 神官がぺらぺら喋ったって言うのか?」
「誰にでも話す訳ではない。俺だから聞いた」
それがヒューデアの返答だった。オルフィは釈然としなかった。
「説明としちゃ、足りないね。まさかあんたがコズディム神官ってこともないだろうけど」
神官は武器を携帯したりしないものだ。場所によっては僧兵と呼ばれる護衛兵もいるが剣を佩くことは珍しく、かつ、やはり聖印を身につけるなどして身分を明らかにしている。もとより、オルフィの言ったのは冗談のようなものだ。
「言ったはずだ。俺が全てを語る必要はないと」
ヒューデアは相手にしなかった。オルフィは少し顔をしかめたが、言い争っても何にもならないだろうと追及を諦めた。とにかくヒューデアは、コズディム神官から重要な話を聞くことができる人物だと、少なくともそう自称したということだ。
「――ジョリスとはコズディム神殿で会うことになっていた」
ぼそりとヒューデアはつけ加えた。
「代わりにあのような話を聞くことになるとは、夢にも」
(……こいつだって、衝撃を受けたんだ)
(当たり前、だよな)
「ジョリス」と名を呼ぶ。青年剣士がジョリスに親愛を抱いていることは間違いない。気に入らない故の呼び捨てなどではないということだ。
何度か言葉を交わしたくらいで「俺は〈白光の騎士〉と親しい」と空威張りをしているということもなさそうだ。相手のいないところで親しいふりをするなど容易なことだが、そうした雰囲気は見て取れない。
「オルフィ」
ヒューデアは顔を上げ、オルフィも釣られた。青年剣士の薄茶の目と、若者の褐色のそれがはっきりと合う。
「その籠手が何であるのか、お前は知っているのか」
「調べて、判った。俺なんかが持ってる訳にいかないものだってことは、よく判ってる」
「僕はそうは思いません」
顔をしかめてカナトが首を振った。
「あの箱を開けられたのは、オルフィだからです。そのことには大きな意味が」
「黙れ」
ヒューデアは低く声を出した。
「それを継ぐ者がいるとすれば、ジョリスであったはずだ」




