04 除けられる魔
少年の指摘に、剣士は唇を噛むと手を放した。
「もっともだ」
「あんがと、カナト」
息を吐いてオルフィは礼を言った。
「そうさ。俺は黒騎士を見た。噂に聞いた通り、真っ黒な鎧兜に真っ黒なマント、剣まで真っ黒で……」
思い出せばぞっとする。彼は厄除けの印を切った。
「黒い剣」
ヒューデアは繰り返した。
「どうやら、出鱈目を言っているのではないようだな。黒騎士の剣については噂になっていないはずだ」
「出鱈目なんか言うもんか」
まだ疑っているのか、とオルフィは少し呆れて言った。それから、おやっと思う。
「何であんたは黒騎士の剣が黒いって知ってるんだ」
「それは」
剣士は少し躊躇ったようだった。「関係ない」と返すかどうか迷ったのだろう。
「……『黒い魔剣が世を乱す』というような言葉を聞いたからだ。黒騎士の存在そのものの象徴でもあるが、実際にその刀身が黒いのだということも耳にした」
ヒューデアがどこで誰からその予言めいた言葉を聞いたのにせよ、剣士はその言葉、或いは言葉を発した人物に重きを置いている。そのことは判った。
「黒い、魔剣」
繰り返してオルフィはぞっとした。
「気味が悪ぃ」
思わずそう呟いた。
「子供を殺すところを見たのか」
ヒューデアは尋ねた。
「いいや。突然、俺の荷馬車の前に現れた。クートン……驢馬が急に止まったんで、俺は何だろうと思って降りたんだ。そうしたら奴が、何か俺の持っているものを渡せと言って」
「――言葉を交わしたのか」
「交わしたって言うか、一方的に言われた感じだよ。誰かの気配がするとか何とか言ったんだ。俺は最初は何のことか判らなくて、何も持ってないと答えた。でもジョリス様の荷物のことに思い当たって……」
「差し出したか」
「んな訳、ないだろっ。だいたい、差し出してたらここにはない――」
「オルフィ」
カナトは警告を発したが、もう遅かった。オルフィは、「それがここにある」ことを認めてしまったのだ。ヒューデアは確信していたかもしれないが、彼は言質を与えたことになる。
「では、どうやって守り通した」
ヒューデアはオルフィの左腕をちらりと見て問うた。
「判んねえ」
「何だと」
「あいつ、こんなことを言った。『時を待て』とかって」
オルフィは思い出しながら話した。
「それで急に、いなくなっちまったんだ」
「……そのことですが」
遠慮がちに、カナト。
「タルー神父様からの預かりもの……魔除けの符も働いたのではないかと思います」
「魔除けの? ああ、爺さんに預けた奴か」
オルフィは思い出してうなずいた。
「僕が持ってます」
「へ?」
「お師匠が僕にくれた守り符は、それですよ」
「あ?」
「違うものみたいなふりをしてましたけど、お師匠はそれが黒騎士を追い払った可能性を考えて、僕に持たせたんだと思います」
それが弟子の言だった。オルフィはぽかんとした。
「だ、だってよ! 何なのか判らないから調べてくれってことじゃなかったか? 本当に守りになるようなものなのかよ?」
「大丈夫だと思いますよ。お師匠は魔力はないですけど、そういうことに対する勘は鋭いんです」
「勘って、お前」
「その守り符とやらを見せてもらおうか」
ヒューデアが口を挟んだ。
「見せるだけならいいですよ」
少年は肩をすくめ、腰にくくりつけて隠しに入れていた鋳物を取り出した。ヒューデアはじっとそれを見て少し顔をしかめた。
「――ている」
「何ですって?」
「いや」
何でもないとヒューデアは首を振った。
「魔術の品か?」
「いえ、違います。ですがこれが竜の眷属であるとしたら、力あるものの象徴……守りとしての力は持っていると考えられます」
「仮に守り符であるとして、それを黒騎士が怖れたと? 本気で言っているのか」
「黒騎士がこうしたもので除けられる『魔』であるのか、それは僕には判りません。子供たちを斬り殺して回っているというのが本当であれば」
「おい、今更、ただの噂だとでも言うのかよ?」
思わずオルフィは驚いて尋ねた。カナトは首を振った。
「そうは言いません。ただ、僕はもちろんオルフィだって『実際に斬り殺している』ところを見た訳じゃないでしょう?」
「それは、そうだけど、黒騎士は本当に」
「いることも疑ってませんよ。僕が言うのは『本当に黒騎士が剣を使って斬り殺しているかどうかは判らない』ということです」
「そりゃ、その瞬間を見た訳じゃないけど、十中八九そうだろう」
「魔術でも似たようなことはできます」
カナトは杖を振るふりをした。
「何も、黒騎士が魔術を操ると言っている訳じゃありません。オルフィの言う通り十中八九剣を使って殺害しているのでしょうけれど、残りの一、二くらいは違う可能性もあるというだけの話です」
可能性は何にでもあります、と魔術師は肩をすくめた。
「それで、斬り殺しているのであれば、何だ」
ヒューデアが続きを促した。
「少なくとも生身だ、ということです」
「そんなこと、判ってる」
オルフィは顔をしかめた。
「俺は……触れられたんだから」
呟くように言えば、カナトは謝った。謝らなくていい、とオルフィは手を振る。
「そうだな。そんなことは判っている」
剣士はうなずいた。同意されたオルフィはいささか意外だったが、何もヒューデアとてオルフィの言うことを全て否定してやろうと思っている訳ではないのだろう。当たり前と言えば当たり前だが。
「『除けられる魔』と言えばどんなものを想像しますか?『魔術師』は見当違いですので、それ以外でお願いしたいですけど」
「魔術師の魔力は、避けられるだろう」
ふん、とヒューデアは鼻を鳴らした。
「確かにそれは否定できませんね。ほかには?」
「お化けとか、そういう類?」
オルフィが言う。カナトはうなずいた。
「そうですね。ですが幽霊と言われるものには、実体がないことが多いです」
「んじゃカナトは何のつもりで言ってるんだよ」
「悪魔……というのは、どうですか」
ゆっくりと魔術師が言えば、オルフィは背筋が寒くなるのを感じた。
「なな、何だよ、よせよ、そんな」
厄除け魔除けの仕草を繰り返す。
「オルフィは『裏切りの騎士』ヴィレドーンの話を知っていますか?」
「ヴィレ……ドーン?」
どきりとしてオルフィは聞き返した。
「もしかして、それが、裏切りの騎士の名前なのか」
「ええ。あまり言われませんけれどね。不吉だというので。……オルフィ?」
「いま、その名前を聞いたとき」
彼はごくりとのどを鳴らした。
「何て言うか、ものすごく……ぎくっとした」
呟くように彼は言った。
「すみません」
「え?」
「もしかしたらなんですけど、オルフィはとても敏感なのかもしれません」
「敏感って、どういう意味」
「魔術的なものに対する、言うなれば嗅覚です」
(それでアレスディアのことも嗅ぎ当てたのかもしれません)
心の声で解説が加わった。
「狩猟犬じゃあるまいし」
オルフィは苦笑いを浮かべた。
貴族は領地の近くで狩りなどをするため、訓練された狩猟犬を使って獲物を追い込むのだと言う。そんなものをオルフィは見たことがないが、知識だけはあった。
「仮説ですよ。オルフィが籠手を引き当てたのも、その嗅覚が成せる業なんじゃないかと」
「拾い上げたり嗅ぎ当てたり」
「すみません」
「いや、もう、何でもいい」
半ば投げやりになってオルフィは手を振った。




