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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第2話 大導師の影 第2章

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03 見たのか

 ヒューデア・クロセニーと名乗った剣士は、オルフィを前方に立たせてそこを右だの左だのと指示を出した。そっちが先に行けばいいだろうというオルフィのもっともな指摘には、逃げられては困るというもっともらしい返答があった。

「ジョリス様の話を聞かせてもらえるなら逃げないさ」

 むすっとしてオルフィはまた言った。

「なあ。……王子の言ったことは本当なのか」

「何だと?」

「オルフィ。『王子殿下の仰ったこと』です」

 小声でカナトの指導が入った。オルフィとてそうした言葉の使い方は判っているのだが、レヴラールに抱いた悪印象が敬意を示すことを躊躇わせるのだ。

「俺は町憲兵でも兵士でもない」

 ヒューデアは言った。

「それ故、レヴラールに不敬な態度を取ったと罰することなどない」

「は」

 オルフィは口を開けた。

「あんたは王子サマとお親しい(・・・・)のかい。それとも、嫌な奴だとでも思ってる?」

 名を呼び捨てるのは近くあるためか、或いはオルフィ同様か。前者であればオルフィの言いようはいささか危険であるが、「それなら丁重にしよう」などと器用に態度の使い分けはできない。

 彼はこれまで、ほとんどのナイリアン人と同じように王子に形のない敬愛を抱いていた。だがあのやり取りでそんなものは霧散したのだ。それでも「王子」と呼んでいるのは最後の理性というところだ。

「個人的に話をしたことはない」

「そうなのか。それじゃ……」

 オルフィは言いかけたが、続きを口にするのはやめた。「あんたもナイリアンの王子が気に入らないのか」などという問いかけは不穏だ。入り込んだ小道には誰もいないように見えるが、目や耳はどこにあるか判らない。

 もっともオルフィとしては、そうした警戒をした訳ではなかった。

(仮にこいつがあの王子に似たような感情を抱いてるんだとしても)

(「そうだよな、俺も腹が立ってさ」なんて同調はしたくない)

 レヴラールは気に入らないが、そこだけを取ればヒューデアも同じだ。人をまるで敵のように睨みつけて――。

(でも)

(ジョリス様から手紙をもらうような仲なら、悪い奴ってこともないのかも)

 オルフィは何だか複雑な気持ちだった。

 この青年はいったい何者なのか。ジョリスと交流があるらしい、ということしかまだ判っていない。

 それだって騙りでないとは限らないが、籠手のことを知っているのはどうやら確実だ。

「なあ、あんた……」

 オルフィはヒューデアの背中に呼びかけた。

「ここでいいだろう」

 だがオルフィの言葉は遮られた。名前もついていない小道の真ん中で、ヒューデアがぴたりと足をとめたからだ。

「ここって、道の途中じゃないか」

 オルフィは顔をしかめた。

「どこかの店に行くんじゃなかっ」

 またしてもオルフィの言葉はとまった。剣士は振り返ると、その左腰から武器を抜いたのだ。

「なっ」

「街のなかですよ!」

 オルフィは目を見開き、カナトは警告するように叫んだ。街壁の内側では、剣を抜くだけで処罰の対象だ。先に抜かれたなら話は別だが――剣を抜かれてただ突っ立っているなど殺してくれと言うようなものだ――たとえ喧嘩を吹っかけられたとしても、先に抜けば罪に問われる。

「誰もいない」

 ヒューデアは平然としたものだった。

「オルフィと言ったな。お前の腕を見せろ」

「腕って、俺は剣なんか」

 彼が帯剣していないことなど見れば判る。剣士が何を言い出したのかとオルフィは戸惑い、そしてはっとした。

(腕)

(ってのは、剣の腕って意味じゃなくて)

 包帯が巻かれた彼の左腕のこと。そうに違いなかった。

「この両脇は倉庫だ。昼に使われることはない。突き当たりは空き家。この道に入ってくる者はいない」

 ヒューデアは剣をオルフィに突きつけながら言った。

「は……叫んでも誰もきませんよ、ってか」

 わざわざご丁寧なことだ、とオルフィは口の端を上げた。

「剣を突きつけて、脅迫かよ」

「そう取られてもかまわない」

「それ以外の何にも見えません」

 いちばん後ろにいたカナトはオルフィに並ぶようにした。

「カナト、引っ込んでろ」

「言いましたでしょう。対抗できるなら僕です。むしろオルフィが引っ込んで下さい」

「何ぃ」

「お前と戦う気はない、子供」

「子供だと思って馬鹿にされては困ります」

 カナトはぱっと片手を前に出した。かと思うと何か掴むような動作をする。オルフィは目をぱちくりとさせた。

「魔杖……魔術師か」

「ええ。魔術師です」

 少年の手には、先ほどまでそこになかった木製の短杖が握られていた。長さは三十から四十ファインほど、片方の端に赤い石がはめ込まれているのが目立った。

 カナトはそんなものを先ほどまで手にしていなかった。もちろん魔術で取り出したということになるのだろうが、少年がオルフィの前で杖を取り出したのは初めてだった。

「協会も街なかで危険な術を使うことを禁じていますが、やはり、自衛でしたら許されます」

「お前と争う気はない、と言った」

 自衛の必要はないとヒューデアの言うのはそういう意味のようだった。

「直接危害が与えられなくても、連れを守るためというきちんとした理由があれば、協会は町憲兵隊より融通が利くんですよ」

 カナトはそう返した。

「乱暴は抜きでと言ったはずです。それを聞いてもらえないのなら、あなたについていく理由はない。オルフィ、戻りましょう」

「まあ、待てよ、カナト」

 オルフィは首を振った。

「君にばっかりいい顔はさせられないな」

「何を言ってるんです? いい顔だとかそんなことじゃ」

「ヒューデア。剣は引っ込めろよ。話をしようってことで店を出てきたんだから」

「腕を見せろ」

 剣士は繰り返した。オルフィは顔をしかめた。

「お前はこの包帯の下に何があると思ってるんだ?」

「とぼける気か」

「尋ねてるだけだろ。俺は話をすると言ったんだし」

 オルフィは剣先を見ないようにした。

「それは脅されたからじゃない。俺が話し、あんたも話す、その約束が成立したと思ったからだが」

 彼は片眉を上げた。

「違うのか? 俺の勘違いか。俺が勘違いしていることに気づきながら、黙ってた?」

「そのような卑怯な真似はしない」

「じゃ、約束は成り立ってると思っていいんだな」

 オルフィは念を押した。ヒューデアはしばし黙り、返事の代わりに剣を引いた。

「いいだろう。ではお前の話から聞くとしよう」

「……俺がジョリス様と会ったのは、偶然だった」

「オルフィ……」

「いいんだ」

 カナトが案じるような声を出したが、オルフィは首を振った。

「俺だって、知りたいことはたくさんあるんだ」

 彼がそう言えば、カナトは黙った。

「あんたは信じなかったけど、あの人から箱を預かったのは本当のことだ。ある人に渡してくれと言われた」

「それは誰だ」

「カルセン村の、タルーっていう神父様だよ。でも神父様は……その前夜に、殺されていた」

「何だと」

「ジョリス様は、カルセン村にはいらっしゃらなかった。ちょうど近くで起きていた黒騎士の事件について先に話を聞きに行くと仰って、チェイデ村というところに向かわれた。神父様のところにはあとでおいでになる……はず、だったんだけど」

 そこでオルフィはちらりとヒューデアを見た。剣士は渋面を作り、嫌々ながらという様子で口を開いた。

「お前の話をとりあえず信じるのであれば、彼が俺に手紙を書いたのはそのあとだ。チェイデという村に、黒騎士の件で調査にきていると」

「村の名前が一致してるのに、疑うのかよ」

「彼がやってくれば評判になる。近くに住んでいれば噂くらい聞くだろう」

 ヒューデアは淡々と言った。オルフィは少しむっとしたが、こらえるべく軽く目を閉じて深呼吸などした。

「手紙には、ほかにどんなことが?」

「お前には関係ない」

「ずりぃや」

 オルフィは唇を歪めた。

「俺が『関係ない』って言ったら腹を立てたみたいなのに、そっちが言うのはいいのかよ」

「実際に関係がないからだ」

「それを決めるのはあんたってことか」

「利己的に決めるのではない。判断と言ってもらおう」

「同じことだろ。あんたの判断は正しくて俺のは間違ってるって前提は、ずるいじゃないか」

「判っていないようだな、オルフィ」

 ヒューデアがぎらりと薄い色の目を光らせた。

「全てを話す義務があるのは、俺ではなくお前だ」

「だから、それを判断するのがあんただっていうのはどうしてなんだよ」

「お前に判断できるのか?」

「そんなの、話を聞いてみなくちゃ判らないだろ」

 オルフィはもっともなことを言ったが、ヒューデアが納得する様子はなかった。

「それで。神父に箱を渡せなかったお前は、自分のものとすることにしたのか」

「違えよ!」

 憤然と怒鳴ってから、オルフィはしまったと思った。

 もちろん彼にそのようなつもりはなかったが、この先を話せばそうとしか聞こえまい。

「その、俺はさ」

 こほん、と彼は咳払いをした。

「本当に、俺のものにするつもりなんてなかったんだ。ただ、黒騎士が現れて」

「現れただと」

 ヒューデアの顔色が変わった。

「見たのか、黒騎士を!」

「うわっ」

 剣士の左手が伸び、オルフィの胸ぐらを掴んだ。

「セル! やめて下さい!」

 カナトが叫ぶ。

「オルフィは、敵じゃありません!」


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