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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第2話 大導師の影 第2章

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02 駄目です

「な……」

 オルフィは目を見開いた。

 知っている。この男は。ジョリスがこれを運んでいたことを。

「盗んでなんか、いないっ」

 彼はがたんと立ち上がった。

「あの人から、預かったんだっ」

「盗人がよく言う台詞だ」

 預かっただけだ、借りたんであって返すつもりだった、そうした下らない言い訳ということであるらしい。

「本当のことだ! だっ、だいたい何だよあんたは。いったい」

 オルフィは青年と正面から対峙した。

「いったい何を、知って」

「何を知るかだと」

 青年の顔に怒りのようなものが浮かんだ。

「俺が知るのは、彼の遺志だ」

「遺志――」

 それは、無論、ジョリス・オードナーの。

(遺志)

 重い言葉だった。

「手紙が」

「え?」

「手紙が届いた。そして急いで、ナイリアールへやってきた。俺が彼の最後の言葉を受け取った者になるだろう。いまわの際には駆けつけられなかったが」

 息を引き取る前の言葉という意味ではない。志を持って最後に書かれた手紙をして最後の言葉だと青年は言うようだった。

(ジョリス様から、手紙を?)

(それだけあの人と親しいのか)

 その推測は容易だったが、意外でもあった。ジョリスがこんな乱暴な青年と交流をしていたとは。

(いや、乱暴って感じなのは)

(俺が籠手を盗んだと思ってるからか?)

 一見したところ、白銀髪の青年は乱暴者という雰囲気ではない。

 オルフィが普段触れ合う村人たちのなかにも、怒りっぽい者やよく笑う者、手の早い者や慎重な者、お喋りや無口、それはもうさまざまな者がいるが、一定の傾向というものがある。かっとして乱暴を働くタイプというのは、ある程度見て取れるものだ。だがこの青年にはそうした雰囲気がない。

 もしこの剣士がその辺りの席に座っていて、オルフィが暇つぶしに人物観察でもしていたら「騎士候補か、少なくとも志願」なんて判断をしただろう。剣の腕が立ちそうで、真面目そうで、こうと決めたら迷わない頑固さも持ち合わせていそうな――。

「俺はヒューデアと言う。ヒューデア・クロセニー。『北の民族』と言われるキエヴ族の者だ」

 突然、青年は名乗った。

「お、俺はオルフィ。アイーグ村のオルフィ」

 名乗られたからには名乗り返すのが礼儀であると、いささか驚きはしたものの、彼は素直に名を伝えた。

「オルフィ」

 ヒューデアは彼を呼んだ。

「店に迷惑がかかってはいけない。俺とこい」

「……は?」

 彼はぽかんとした。

「何であんたと、どこだか知らんが、行かなくちゃならない? だいたい俺は飯の途中で」

「ここで勝負をしたいか?」

「……は?」

「ちょ、ちょっと待って下さい。勝負だなんて」

 オルフィはまだその意味を掴みかねていたが、はっきり掴んだカナトが慌てる。

「駄目です、決闘(ウォラク)なんて!」

「決闘!?」

 どうしてそんな突拍子もない展開になるのか、オルフィには理解できなかった。

「この人が言ってるのはそういうことです」

 顔をしかめて少年は言った。

「応じちゃ駄目ですよ、オルフィ」

「応じる訳があるかっ」

 明らかに鍛練を積んでいる剣士と荷運び屋の若者では、天地がひっくり返ったって勝敗は変わらないに違いない。

「逃げぬと言ったであろうに」

「そういうことを言ったんじゃない!」

 当たり前ではないか、と思った。

「セル・クロセニー」

 カナトが丁寧に呼びかけた。

「場所を改めるのは賛成です。その、いくらか、目立ちましたことですし」

 こほんと少年が咳払いしたことで、オルフィもはたと気づいた。店内中の目が彼らに注がれている。これでは先夜の二の舞だ。町憲兵を呼ばれてこそいないようだが、店の人間はそれを検討しているに違いない。

「ですが乱暴な行為は一切抜きでお願いします。あなたのような」

 カナトは少し間を置いた。

「アミツに選ばれし者であれば、何が理に適い、何がそうではないのか、お判りと思います」

 巧いものだ、とオルフィは感心した。

「何も知らぬ者が軽々しくアミツを語るな」

 もっともヒューデアは少々気分を害したようだった。

「確かに、僕はアミツのことをあまり知りません。ですが、セル・クロセニー、僕の言葉は的を外していましたか?」

「いや」

 ヒューデアは首を振った。

「間違いではない」

 そう言ったヒューデアの目線はまたしてもオルフィに釘付けられていた。

「俺は盗っ人じゃないし、嘘もついてない」

 誓うようにオルフィは片手を上げた。

「あの人の……その、衝撃的な知らせに関しては、誰にも負けないほど驚いたし、哀しいし……」

「オルフィ」

 ちょん、とカナトがオルフィの注意を引いた。

「うん?」

「その話はやはり、人前では避けた方がいいです。こんなに注目されていると、術を張るのも困難です」

 少年魔術師は小声で素早く言った。

「あ、そ、そうか」

「いいからとにかく場所を変えましょう。セル・クロセニーの仰るところでいいですが、決闘はしませんから」

「君がするんじゃないだろ」

 オルフィは当然すぎる指摘をした。

「僕が代理にでも立つなら、違う可能性だって出てきますけれど」

「それは、もしかして」

 魔術で?――と彼は言外に問うた。

「もちろん、そうです」

 魔術師はもちろん、そう答えた。それが「決闘」の流儀に適うかと言えば、難しいところだろうが。

「俺の『陣地』で改めて話を?」

 ヒューデアは確認するように問うた。

「どうです、オルフィ」

「こっちには話すことなんてない……と言おうかとも思ったけど」

 オルフィはゆっくりと立ち上がった。

「行ってもいい。そっちの話を聞いてもいいし、俺の話をしてもいい。ただし」

 じっと黒髪の若者は白銀髪の剣士を見た。

「――あの人の話も聞かせてもらう」


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