01 精霊アミツ
何の話をしているのか。
白銀髪の剣士が発したその言葉は、問いかけの形こそ取っていたものの、答えを知りたいという心から問いかけられたものではなさそうだった。
(こいつ、何だ?)
相手はオルフィと同じか少し上くらいの年齢と見えたが、「ただの若造」とはとても見えなかった。
腰に佩いた剣と鍛えられた腕は、戦いに携わる者であることを物語っている。目つきはオルフィを睨むようだったが、ちんぴらのように威嚇をしていると言うのではない。オルフィの力量を計ろうとするかのように、冷静だ。
「何だよ」
オルフィは負けじと相手を睨むように見上げた。
「関係ないだろ」
「ふん」
青年は唇を歪めた。
「神かけて誓えるか」
「何でそんなこと誓わなくちゃならないんだよ」
意味が判らない。オルフィは顔をしかめた。
目の前の青年は、酒に酔っているような感じはない。先日の酔漢とは違う。第一オルフィも、相手の迷惑になるようなことは何ら――腕を伸ばすことすら――やっていない。絡まれる理由などないはずだった。
「アミツがお前たちを指した」
「あ?」
「お前が何か重大なことを知っている、というしるしを見せた」
「何言ってんだよ」
「アミツというのは、確か」
カナトははっとしたようだった。
「北の民族を導くと言われている妖精です」
「妖精だって?」
「信仰の一種と考えられていまして……」
遠慮がちにカナトは言った。青年は何も言わなかった。
「選ばれし者だけが妖精アミツの姿を見、声を聞くことができるらしいんです。アミツは民を導くとされていますが、それは北の民に限らず、ナイリアン全土……いえ、世界の全てに渡るのだとか」
「その、アミツってのが」
信じる信じないはさておいて、オルフィは首をかしげた。
「俺たちを指すってどういうことだよ」
「それはちょっと、僕には」
判りませんとカナトは正直に言って青年を見た。
「よく知っているようだな」
青年はオルフィから視線を外し、カナトと目を合わせた。
「その通り。正確には『妖精』ではなく『精霊』だが、アミツはこの世界を守るために選びし者を導く存在だ」
「それが何なんだよ」
顔をしかめてオルフィは言った。
「精霊アミツだか北の民だか知らないけど、俺は世界を守ったりするようなこととは縁がないよ」
ちらりとカナトを見れば、自分も同じだと言うように肩をすくめた。
「では、滅ぼすこととは縁があるか」
やってきた台詞はあまりにも突拍子がなくて、オルフィはぽかんと口を開けた。
「はあっ!?」
「アミツはお前に危険なものを見て取っている」
「危険だって? いきなり何なんだよ、失礼にもほどが」
「ジョリス・オードナーの話をしていたな」
オルフィの抗議をろくに聴かずに青年は尋ねた。いや、これもまた質問の形を取った確認にすぎなかった。それとももしかしたら、詰問。
「〈白光の騎士〉様の話くらい、誰だってするだろ。ジョリス様のことを話したら世界が滅びるとでも言うのかよ?」
さっぱり訳が判らない。オルフィは少し挑戦的に言った。
「何故、彼の話を?」
これは質問だった。だが答える義務などない。オルフィはむすっとした。
「関係ないと、言った」
「そうか? では」
不意に青年の手が伸びた。かと思うとオルフィの左手首が捕まった。
「なっ」
「これは何だ」
「放せっ」
オルフィは振り払おうとしたが、青年の握力は強く、彼の左手はびくともしなかった。
(何だ、こいつ)
(籠手のことを気づかれた? 知ってるのか?)
(知っているって、でも、何を)
彼は混乱した。この男は何かを知っている。だが、それはいったい何なのか。
「放して下さい」
カナトも言った。少年の顔色は、まるで彼が腕を掴まれているかのように青くなっていた。
「話があるなら、きちんと話を。どうか乱暴はやめて下さい」
そこでオルフィもようやく、カナトの危惧に気づいた。オルフィの方が案じなければならないことだ。
(何でか知らないが、こいつは俺に何か腹を立ててでもいるみたいだ)
(――籠手が)
(また、勝手に動いたら)
カナトの術は信頼しているが、いまこの男はオルフィの左手にあるものを気にした――いや、知っているかのような態度を取っている。
知っている。何を。
籠手アレスディアのことを。それとも。
「は、放せ」
「逃がさん」
「逃げたりするもんか! 話があるならまず話せって言ってる、それはこうして他人の腕を捕まえてるより難しいことでも非常識なことでもないと思うが!」
正論と信じて真っ向から言えば、青年は不服そうに眉をひそめてから力を緩めた。オルフィは熱いものから慌てて手を引っ込めるように左手を引き戻す。
それから少しの間、沈黙が流れた。お互い、次に言うべきこと、次にすべき反応を探しているかのように。
「いったい」
先に声を出したの白銀髪の青年だった。
「どのような卑劣な手段を用いて、彼からこれを盗んだ」




