13 村の用事
もっともカナトには、そんなふうには言わなかった。「手がかり」を――「らしきもの」という程度でも――追いかけるしかないと言ったのは本心だからだ。
本当にラバンネルがその丘にをよく訪れていたのであれば、近くの町村に何か「偉大な魔法使い」の逸話が残っているかもしれない。いや、ラバンネルの偉業などどうでもいいと言えばどうでもいいが、「昔のすごい魔法使い」ではなく「ラバンネル術師」として語られていれば、現在に続く次の手がかりに繋がる、かもしれない。
〈導きの丘〉の具体的な場所はすぐに判った。ナイリアールから一日半ほど、マルッセの町とモアンの町の間だ。
オルフィもカナトも行ったことはなかったが、地図師を訪ねれば適切な地図を買うことができるだろう。
彼らは食事休憩も兼ねて――休憩が必要だったのは主にカナトだったが――協会を出ると、近くの食事処へ向かった。そこはカナトが協会時代にサクレンとよく訪れていた店だということだった。
品のいい店内を見たオルフィは価格を少々気にしたが、鋭いカナトは彼の様子に気づいて、ここは庶民派ですよなどと言った。成程、出てくる料理は彼ら「田舎者」にも馴染みのある、ごく普通の煮物や揚げ物であった。
「屋台ほど安くはないですけど」
「まあ、財布はまだ何とか」
やっぱり早く頼まれた買い物を済ませてしまった方がいいな、とオルフィはこっそり思った。預かった金には困ったって手をつけたりしないが、「ある」と思っていると油断を生むものだ。
「カナト、俺、このあと買い物してくるから」
「……村の用事、ですか」
「ああ。……悪いな。呑気に」
「いえ、大事なことだと判っています。そう言ったでしょう。ただ」
少年はそこで口をつぐんだ。
「『当分、帰れないかもしれないのに』?」
先ほどカナトはそう言った。すみません、と今度はカナトが謝る。
「ま、頼まれてるのは腐るもんじゃないしな。あれ、化粧品って腐るのか?」
「さあ、よく知りません」
「だよな。店で訊いてみるか」
「化粧品なんて買うんですか?」
「そりゃ、頼まれたんだから」
「ほかにはどんなものを?」
「首都にくることになったいちばんの理由は、実は親父」
「お父さんですか?」
「ああ。何でも、むかーしの製法が載った古い本を探してて、それが見つかったっていう連絡があったらしいんだ」
前々から「知らせがあったらお前に頼む」と言われていた。知らせより本そのものを届けてもらえばいいじゃないかと言ったところ、貴重なものであるから確実に仕事をする人間に頼みたいのだと返され、身内の言葉であっても誇らしく思ったものだ。
「製法? あ、お父さんは料理人でしたっけ」
「そうそう」
「失礼ですが、文字をお読みになるんですか?」
「いや、無理なはず。たぶん、砦の兵士でできる人に読んでもらうつもりだと思う」
答えてオルフィは少し笑った。
「古い調理法なんて知ってどうすんのって思ったけど、興味だってさ」
「へえ、何だか、判ります」
カナトもどこか嬉しそうに笑った。
「知って役に立つかと言えば立たないかもしれない。でもそうであっても知りたいと思うこと」
「好奇心ってとこ?」
「近いですね」
「ま、それなら俺も判るかな」
笑ってオルフィも答えた。
「そうだ。もし知ってたら教えてほしいんだが」
「何です?」
「……女物の装飾品とかって、どんなとこで売ってる?」
「はい?」
「いや、その、た、頼まれて」
ごほん、とオルフィは咳払いをした。
「そうですね……」
カナトは何も不審に思うことなく、考えるように両腕を組んだ。
「僕は行ったことはないんですが、中心街区の〈青珠〉という店が有名だと聞いたことがありますよ」
「あんまり高いところは無理」
中心街区の有名な店など、確認しなくても高いに決まっている。オルフィは顔をしかめて首を振った。
「数十ラルで何とかなりそうなとこ、ないかな」
「うーん、情報屋に行ってみた方がいいかもしれませんね」
「そっか。あんがと」
「いえ、すみません。お役に立てなくて」
どうにもカナトは謝った。いいって、と手を振るのももう決まりごとのようになっている。
「ああ、そうだ。あと、絵姿」
「絵姿?」
「ん。その……ジョリス様の」
「それって」
カナトはまばたきをした。
「まさか、オルフィがほしいんですか?」
「違えよっ、頼まれものの話をしてるんだろうがっ」
「ですよね。まさかと思ったんですが、もしかしたらと思ったので」
どういう意味だ、とオルフィは肩を落とした。
「友だちの妹がほしがってるんだと。ジョリス様に憧れてて……」
そこでオルフィは言葉をとめた。
「買って帰って……どんな顔で渡しゃいいんだろ」
君の憧れの人は死にましたと、そんなことを伝えなければならないのだろうか。もちろん、黙っていることもできる。オルフィが黙っていたところで、いずれ知れるだろう。公表しない訳にはいかないだろうからだ。
だがオルフィは既に知っている。黙っていたところで、事実は変わらないこと。
「オルフィ」
同情するように、カナトは彼を見た。
「ジョリス様のことは……オルフィのせいだと言うんじゃありませんし……」
声をひそめて少年は言った。いくら王子が「触れ回ってかまわない」などと言ったところで、実際に広められる話ではない。
「判ってるよ。でも――」
オルフィが何を言おうとしたにせよ、その続きは発せられなかった。
誰かが、彼らの卓に現れたからだ。
はっとしてふたりは顔を上げた。客のいる卓にこんな位置で立つのは普通、給仕くらいだ。だがその人物は、店の給仕などでは有り得なかった。
「何の話をしている?」
鋭い目つきでオルフィを見下ろしていたのは、腰に剣を佩いた白銀髪の青年だった。
(第2章へつづく)




