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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第2話 大導師の影 第1章

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12 決まっているみたいだ

「……オルフィ」

「……はい」

「それは誰だったんですか?」

 思わぬ質問が飛んできた。

「名前は、覚えていないんだ」

「そう言っていましたね。でも奇妙です」

 少年はうつむいた。

「僕はてっきり、オルフィが協会を経由して預かったんだと思っていました。サクレン導師か、導師の手伝いをしている別の魔術師から」

「協会に行ったのもサクレン導師に会ったのも昨日が初めてだ。ほかの魔術師ってのは知らないけど」

「協会経由でないのなら、導師の助手という可能性は排除してかまわないと思います」

 冷静に少年は判定する。

「昨日、導師に礼を言いそびれたのが気になっていたんですが、必要なかったみたいですね」

 でも、とカナトは呟く。

「それならいったい……誰が……」

「導師に訊いてみたらどうだ?」

 オルフィは提案した。

「何なら俺が、使い走りをやってくるけど」

 彼は腰を浮かせかけたが、カナトは首を振った。

「いえ。僕が知るべきときがくればきちんと知れると思います」

「はあ」

 魔術師は魔術師らしいことを言い、非魔術師の若者は中途半端な姿勢のまま口を開けた。

「ですから、いまはこっちに集中しましょう」

 カナトはぽんと本の山を軽く叩いた。

 少年が何冊かの書物を開いて見つけた情報は、いくつかあったと言う。

 たとえば、ラバンネルの出身地。南の草原の向こうだとあれば北の沼地だともあり、ナイリアンだとも他国だともある。

 たとえば、所属協会。同じように何種もの記述が。

 年齢。三十年前の書物で見て、二十歳から六十歳まで。

 外見。穏やかな青年だったとも激昂しやすい老人だったとも。

 犬を使い魔にしていた。いや猫だ。使い魔のように見えるが、実は魔術で飛ばしたからくりの鳥だった。

 はたまた――。

「要するに、何も判らないってことか」

 書かれてはいるものの、冗談みたいにばらばら。

「驚きました」

 少年は息を吐いた。

「ラバンネル術師に関する書自体は簡単に見つかったのですが……」

「みんなでそんなに違うことを言ってんじゃ、何の参考にも」

 仮に出身地や所属協会や年齢や外見や使い魔――というのは魔術師が契約を交わして簡単な命令を聞かせる、主には小動物だそうだ――が判明したところで、何かの参考になるとも思えなかったが。

「オルフィ」

「ん」

「また、こう、ぱっと一冊選んで開いてくれませんか」

「おいおい」

「冗談ですよ」

「やったっていいけどさ。どうせ何にもならないと」

 若者はいちばん上に重なっていた本を取ると、適当に開いてカナトに渡した。冗談だと言った割には、少年魔術師は真剣に頁を見ていた。

「で?」

 何も嫌味や皮肉のつもりではなかったが、口の端を上げての問いかけは少々意地悪く見えただろう。

「何か判りやすい手がかりはあったか?」

「すみません、オルフィ」

「いいんだよ、偶然だったって判ってくれりゃそれで――」

「ありました」

 カナトがすまなさそうに言うものだから、オルフィは何を言われたのか一(リア)理解できなかった。

「〈導きの丘〉……北東部にある、タクシュの大木がある丘の上で、ラバンネル術師はよく思索をしていたそうです」

「それが……何か……」

 いささか引きつりながらオルフィは問うた。

「具体的な地名。これまでの当たり籤(ルーラ)の引き具合からしますと、これも大当たり(レグルーラ)の可能性が高くないですか?」

「……そんな、適当な」

「当てずっぽうで言ってるんじゃありませんよ。川の流れというのはとまらないものです」

「は?」

「ですから。急流をせき止めようとしても無理でしょう? 流れを変えようとするのなら方法はありますけど、時間も労力もかかります」

「はあ」

「オルフィはかけましたか?」

「あ?」

「時間と労力」

「何に」

「まあ、時間をかける時間はなかったと思います」

 答えを聞かぬままカナトは結論を出した。

「つまりあなたの『拾い上げる力』は変わらずそこにある」

「違うって何度言えば」

「何万回言ってもらっても事実は変わりません」

「事実って何だよ事実って」

「最も大きいのはアレスディアがその左腕にあることですね」

 ぴしりとカナトは指さした。ぐ、とオルフィは詰まって包帯を押さえた。

「あの」

 そこで少年は不意に勢いを落とした。何ごとだ、とオルフィは警戒する。

「導師は、その、包帯にかけた僕の術について、何か」

 やってきたのはどこかおどおどした問いだった。何ごとか、とオルフィは今度はまばたきをし、それから気づいた。

(師匠たちをして優秀と言わしめるカナト術師も、評価は心配って訳だ)

(まあこの場合、評価って言うより試験の出来ってとこかもしれんが)

「上出来だってさ」

 簡潔に、彼は伝えることにした。

「問題点はなし、何度かやれば時間も長くなるはずだって」

「そう、ですか」

 明らかに少年魔術師は安堵した。こんなところを見ていると、少しぐらい驕り高ぶらせてやった方がいいんじゃないかとも思う。

(中身の伴わない自信は意味がないどころか、傍から見てると腹が立つけどさ)

(伴いまくってんのに不安だらけってのは、ちょいとばかし気の毒にも思えるな)

 もっとも、いつもおどおどしている訳でもなく、言うときは言う。

(均衡がなってない感じだよな)

(いや……常にあの調子というのも腹が立つだろうから、これはこれで、それなりの均衡なんだろうか)

「何です? じっと見て」

「あ、いや、別に」

 ふるふるとオルフィは首を振った。

「それじゃ次は〈導きの丘〉について調べてみます。近いようだったら、行ってみてもいいでしょうしね」

「導きの丘、ねえ」

 気に入らない名前だな、とオルフィはそっと思った。

(行き先の判らない俺を導いてくれるんなら有難いようにも思うが)

(何て言うか、ぴったりすぎて、逆に気に食わない)

 それがあまり理屈に適った考えでないことに自分自身気づいたオルフィだったが、こんなふうに感じた理由についても気づいていた。

(俺が手に取って開いた頁に書かれていた場所)

(そこに行くことがまるで決まっているみたいだなんて)

(――気味悪ぃ)


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