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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第2話 大導師の影 第1章

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11 偶然

 弟子。

 大導師の、弟子。

 探すのはあてどもない。名前すら判らない。だいたい、本当にラバンネルが弟子を取ったのかも。

「必ずしも本当に師匠と弟子という関係でなくてもいいんじゃないかと」

 考えながらカナトは言った。

「ラバンネル術師と交流のあった人物、親しければもちろんいいですが、ただ知人だという程度でもいい。『アバスターと同じように消息が判らない』以外のことをきちんと知っている人物。そうした人物を探すのはどうかと、導師の仰るのはそういうことだと思います」

 図書室に戻ったオルフィがサクレンの言葉を伝えると、カナトはそんな話をした。

「どちらにせよ、簡単じゃないだろ」

 若者は天を仰いだ。不可思議な紋様が描かれている図書室の天井が見えた。

「確かに、簡単ではないですね」

「まあ、簡単じゃないから諦めるとは、言わんけど」

 肩をすくめてオルフィは言う。

「判る手がかりからひっ掴んで(・・・・・)いかなきゃならない。ラバンネルが手がかりなら追わないとならない。居場所が判らないなら知ってる人を探さなきゃならない。当てもなくても」

 それだけだとオルフィは呟いた。

「で、カナト、何か判ったか? ラバンネルがどこに住んでいたとか家族はいたのかとか何でもいい」

 ほかでもないラバンネルその人について記されている書物が何冊かあったと言う。ラバンネルのことが主ではなくとも、大導師全般について書かれたものも参考になるかもしれないとカナトは卓上に積み上げていた。

 もちろん見つけただけで解決はしない。読んでみなければはじまらないが、最後まで熟読したところで徒労に終わるかもしれないからだ。

「むしろ、書物による調べものは徒労に終わることの方が多いんです」

 少年はそんなふうにも言った。

「先ほどのように、的を射落とすがごとく求めている情報を手に入れられることは……非常に稀なんですよ」

「へえ」

 オルフィはそんなものかとただ相槌を打った。

「運がよかったな」

「……ええ、そうですね」

 カナトは同意したものの、にこやかという様子ではなかった。

「何か気になるのか?」

 首をかしげてオルフィは問うた。

「僕は」

 少年は顔を上げる。

「さっき、ものすごく驚いたんです」

「ああ、俺も驚いたよ」

 ぱっと開いたら偶然、かの籠手――アレスディアの頁だ。驚いたな、とオルフィは内心で繰り返した。

「いえ、そうではなくて」

 少年は手を振った。

「僕が言うのは、『非常に稀』なことに行き当たったということではありません。オルフィがそれを引き当てたことについてです」

「だから、偶然だって」

 苦笑して若者は手を振った。だがカナトはそうですねとは言わなかった。

「やっぱり、あるのかもしれません」

「え?」

「運命ですとか……〈定めの鎖〉ですとか、そんなふうに言われるものは実在するのかもしれません」

「偶然だってば。大げさだな」

 オルフィは笑った。カナトはやはり笑わなかった。

「導師の言葉を覚えていますか。オルフィは、『拾い上げる力を持った人物』だと」

「覚えてるし、さっきも言われたけど、大げさだよ。ただの偶然」

 あくまでも彼は繰り返した。

「成程、何だか判りました」

 ふう、とカナトは嘆息した。

「判ってくれたか?」

 オルフィは安心したが、それは誤りだったとすぐに知った。

「先輩方が、やれ運命だとかやれ〈定めの鎖〉に繋がれた事象だかと口にするのは、オルフィのような人に何とか納得させたいからなんですね」

「な、何だよ、それは」

 若者は目をぱちくりとさせた。

「僕には決して『ただの偶然』には思えないからです」

 きっぱりと少年は言った。

「あなたには魔力があるんじゃないかとさえ思いました」

「ないって」

「確かに、ないです。魔力というのは隠せないものですからね」

「だろ?」

 オルフィは少しほっとした。

「だからこそ、不思議に思うんですよ。どうしてあなたにそのような力があるのか」

「力なんてないよ。カナトや導師は偶然じゃないって言いたいのかもしれないけど、俺はそんなのおかしいと思う」

「おかしいのはあなたです」

「あ?」

「だって、そうでしょう。『ただの偶然』が何度続きました?」

 まるで教師が出来の悪い生徒を叱りつけるかのような口調でカナトは言った。

「『偶然』、ウィランの四つ辻でジョリス様にお会いした。『偶然』、ジョリス様の探し人はオルフィの知る人物だった。亡くなっていた神父様の望みを受けて『偶然』カルセン村へ向かえば、『偶然』黒騎士と遭遇する」

「ま、待てよ。そんな言い方は卑怯だ」

「卑怯ですって?」

「たまたま何かに行き合うってことは、実際、あるだろうっ」

「それが多すぎるって言ってるんですっ」

 オルフィが大声を出せば釣られたようにカナトもそうした。少年はまた彼らの声を外に洩らさない術を使っていたが、彼自身が言っていたように「大声の気配」は伝わるらしく、若者たちを軽く睨んだ魔術師がいた。こほん、と少年は咳払いをし、その魔術師に向かって謝罪の仕草をした。

「ご自分では妙だと思いませんか? ジョリス様に出会って黒騎士に襲われるまで、何年もあった訳じゃない。たった一日……同じ日の出来事でしょう?」

「あ、ああ」

 彼はうなずいた。

「確かに、同じ日のことだ。俺は、とんでもない日だなって思った」

「でもその日だけでは終わりませんでしたね」

 カナトは指摘する。

「昨日のことも、なかなかすごかったじゃありませんか」

「王子に会ったことを言ってるのか?」

「それもそのひとつです。『偶然』、レヴラール王子殿下が……いえ、違いますね。殿下が現れたのは偶然ではない。サレーヒ様という騎士の方がお呼びになったのでしょう」

「俺もそう思ってる」

 「偶然」が否定されてオルフィはほっとした。

「ですが、オルフィがサレーヒ様に会ったのは?」

「それは……」

 彼は詰まった。

「俺が兵士と言い争ってるところに、サレーヒ様が……」

「偶然」

「う」

「殿下に腕のことを見咎められなかったのはどうしてだと思います?」

「どうしてって、サクレン導師の魔術だろ」

 偶然じゃない、とオルフィは言った。

「ええ。どうしてオルフィはサクレン導師から術を受けましたか?」

「そりゃ、君が紹介してくれたから」

「僕があなたと一緒にいたのはどうしてです?」

「そっちが一緒にくると言ったんじゃないか。助かってるけどさ」

三年前(・・・)ですよ、オルフィ」

 ゆっくりと、カナトはまるで神託のように告げた。

「あなたは三年前、『偶然』、見知らぬ魔術師から僕宛の荷を受け取りました。違いますか?」

「あ、あのときは……」

 オルフィは記憶を呼び起こした。

(あのときは、確か)

(手紙の届け先を俺が間違えて)

 〈白花大通り〉と〈白花道〉が違う街路を示すなんて誰が思う? 彼は店の名を「〈白花通り〉の『銀の盃』」だと聞いていたが、〈白花大通り〉に「銀の酒杯」という店があったら見つけたと思っても当然ではないだろうか?

 彼は目的地を見つけたと思い、早速店の主人を訪ねた。だが生憎と、そこの主人は宛名の主ではなかった。途方に暮れたオルフィを助けてくれたのが――。

「た、たまたまそこにいた、魔術師で」

 カナトは黙っていた。

「その……たまたま、俺の探してる方の店のことも知ってたんだ。トイラ村出身の店主と間違えてないかって」

 カナトは黙っていた。

「それで、その魔術師に案内してもらったおかげで、俺は無事に手紙を届けることができた。そのあと礼を言ったら、トイラ村の方に帰るのかと訊かれた。そうだと言ったら、カルセン村に届けものをしてもらえないか、と」

 大まかに記憶から説明して、オルフィはちらりとカナトを見た。カナトもオルフィを見ていた。


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