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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第2話 大導師の影 第1章

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08 簡単に見つかるかも

 ナイリアール、三日目。

 二日続けて朝一番で魔術師協会に向かうことになろうとは、仕事のために首都へくることを決めた頃には思いもしなかった。

(今日こそは、荷運び屋としての仕事も済ませておかないとな)

 そのことを忘れずにいるのが最後の「日常」への絆だとでも言うように、オルフィは仕事のことを考えた。

(それにしても何なんだ、この場所は)

(……黒ローブばっかりで)

 彼がカナトに連れられてやってきたのは、協会の図書室であった。ここは魔術師以外でも利用できるということだったが、目に入るのはほとんどが黒ローブ姿、つまり魔術師だ。

 多人数の魔術師がそれぞれ目的の書物を卓に広げ、ほとんど無言で頁を繰っている様は、偏見のないオルフィにしてみても少々不気味であった。

 カナトは導師に伝言で教わったという書物と、自分で関わりがあるのではないかと考えたものを卓の上に積み重ねていた。オルフィは驚いた顔でそれを見つめるばかりだ。

「すみません、しばらく退屈させてしまうと思いますが」

「謝るなって」

 オルフィはひらひらと手を振った。

「導師が術のかかり具合を見て、また助言をくれるって言うんだろ? 俺もいないとならない」

「でも約束の時間まではまだありますから」

「かと言って、街を歩くのも落ち着かないからな」

 オルフィは少し笑って、先に用事を済ませてから次の用事だ、などと言った。

「次の用事?」

「ああ、いろいろと預かってきた用事があるんだ」

「そう言えば途上でそんな話をしてましたね」

 カナトは思い出したように言った。

「でも……」

「ん?」

「いえ、何でもないです」

 少年は言いかけたことを途中でやめてしまった。珍しいことのように思えて、オルフィは気になる。

(こんな事態になって何を呑気なことを……とか思われてるんかな)

 そう思われても仕方がない。だが仕事のことを忘れる訳にはいかない。これは義務や倫理から生まれる考えばかりではない。村の人々との繋がりは、彼の()りどころだからだ。

「すみません」

「ん?」

「いえ、その……」

「いいっていいって。呑気だと思われても当然だもんな」

 笑って彼は言った。カナトは目をしばたたき、それから首を振った。

「そんなこと思ってません。仕事でしょう? 大事なことです」

 真剣に少年は言った。

「僕が言いかけたのは、その……しばらく南西部には戻れないかもしれないのに、っていうことです」

「ん? ああ、まあ、そうかもな。『解決』は先が見えないし」

 わざと気軽にオルフィは言った。カナトはじっと彼を見た。

「オルフィが思っているよりずっと、長いかもしれませんよ」

「おいおい、不吉なことを言うなよ」

 おどけて彼は両手を上げた。

「そういうこと、言ったらよくないんじゃなかったか?」

 すみませんとカナトはやはり謝った。冗談だよとオルフィは取りなした。

「カナトは慎重だよな。それでいて、頭もいいし。俺は本当、助かってるよ」

 おだてるのでも何でもない、本心からの言葉だ。気持ちが通じたか、カナトは照れたように少し顔を赤くした。

「まあ、それじゃ均衡を取るために、俺は楽天的なことを言っとこう。案外、呪いを解く手段は簡単に見つかるかも」

 冗談の延長で言いながら、オルフィは一冊の本を手にして適当に開いた。読めないと言ったのはもちろん嘘ではなく、何やら几帳面に書き込まれた文字を理解するのはほとんど不可能に近かった。

 しかし――。

「あっ」

 彼は思わず、声を出していた。

 静かな場所だ。いままでは気を遣い、小声で話をしていた。だがこのときは少々大きな声が出てしまい、向かいにいた見知らぬ魔術師が顔を上げてしかめ面を見せた。

 もっともオルフィはそれにかまっていられなかった。

「カナト! これ!」

 オルフィは開いた本をずいっと少年に押しつけた。

「すみません、オルフィ。もうちょっと静……」

 少年魔術師は申し訳なさそうに若者に注意をしようとしたが、彼もまたそこで「あっ」と声を出してしまった。

「これ!」

 こほん、と咳払いが聞こえた。慌ててカナトは声をひそめたあと、素早く指先を動かして何かの印を切った。

「声を外に洩らさないようにしました」

 魔術師は説明した。

「でも、大声を出している『気配』とでも言うものは伝わりますので、先ほどくらいの声でお願いします」

「あ、わ、判った」

 こくりとオルフィはうなずいた。

「――これ」

 改めて少年は、その部分に見入る。

「そっくりじゃありませんか」

「だよな。俺も、驚いた」

 オルフィは言われた通りに声を落とし、またうなずいた。

 開いた頁には、文字を読めないオルフィでも判るものがあった。即ち、絵だ。

「似てる、よな。その、ちょっとここでは見較べづらいけど」

 そっと自身の左腕に触れ、彼は本を見た。

 右の頁に描かれているのは、例の籠手にあまりにもよく似ていた。

「そっくりだと思います」

 カナトはうなずいた。

「どうしてこの本だと判ったんですか?」

「いや、偶然だよ。たまたま手に取って、ぱっと開いてみたら」

「――オルフィ」

 カナトの緑眼がオルフィの褐色をした目を捕らえる。

あなたは(・・・・)誰ですか(・・・・)?」

「え?」

 奇妙な問いかけにオルフィはまばたきをした。まさかオルフィのことが判らなくなったとでも?

「いえ、何でもないです」

 すみません、と続いた。オルフィは首をかしげた。

「えっと、何だか判んないけど……書いてあること、教えてくれないか」

「あ、は、はい。そうですね」

 次の瞬間には少年はいつも通りで、実に素直に書かれたものを読み出した。

「あ……」

「何? 何なに、どうした」

「オルフィ、ちょっと、これは、大変ですよ」

 顔を上げたカナトはいつも以上に真剣な様子だった。

「この籠手はアバスター(・・・・・)の籠手だ(・・・・)と、書いてあります」


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