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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
第一部 序章
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06 低い声

「不吉な星を視ました」

 娘らしい鼓動を抑えると、静かに占い師は切り出した。

「私はまだ経験不足で、複雑な星読みが得意ではなく、魔術師協会で記録を調べました。すると、それが」

 彼女はごくりと生唾を飲み込んだ。自分が告げようとしていることは、重大な一語だと知っている。だからこそ、勇気が要った。

「――三十年前の動きと一致したのです」

「三十年前」

 いまから三十年前に何が起きたか。

 それは〈漆黒の騎士〉ヴィレドーンの反乱と、王の殺害。

 ジョリスはすっと青ざめた。

「反乱が、あると?」

「判りません」

 ピニアは力なく首を振った。

「少なくとも星が示したのは、出来事ではなく人の動き……裏切りの騎士と呼ばれた人物と同じ形の星が、同じ動きを見せています」

「……ヴィレドーン」

 サレーヒが言いかけたことを思い出した。

『まさか、ヴィレドーンが』

 その先はジョリスがとめた。だが、サレーヒが言わんとしたことは判っていた。

 それは「ヴィレドーンが蘇ったのでは」というような、怖ろしい推測。性質(たち)の悪い冗談だと笑い飛ばすには、あまりにも不吉な。

「占い師殿」

 ゆっくりとジョリスは声を出した。

「死者が蘇る……などということは、あるのか」

「伝承以外には、存じません」

 ピニアは首を振った。

「もっとも、伝承の全てが『絵空事』ではありませんけれど……」

「では」

 ジョリスはきゅっと拳を握った。

「ある、と」

「私には……」

 ピニアは視線を落とした。

「貴女を困らせるつもりではなかった。言質を取ろうという意図もない」

「判っております。ジョリス様はそのような方ではありません。私の方こそ、申し訳ありません。はっきりしたことが何も言えず」

「いや、充分だ」

 不穏な事態である。そのことは判っていたが、考えている以上の怖ろしいことが起こり得るという、この忠告は有難い。彼は本心からそう思った。

 ヴィレドーンは悪魔(ゾッフル)と契約したと言われている。

 その遺体は灰となったと伝わっているが、それこそ「絵空事」のようなものであり、正式な記録は存在しない。悪魔と呼ばれる獄界の魔物がどんなことを可能にするのか、全て把握している者はいない。

 ひょっとしたら、三十年の時を経て、その魂と身体を蘇らせるようなことすら。

(陛下にお話しするには、まだ曖昧すぎるが)

(コルシェント殿にはお伝えするべきか)

 占い師というのは、魔術師の括りに入る。彼女の言う「真実の予言」とは魔力を持つ者だけが為し得るものだ。ピニアの占いであるという事実は、コルシェントに危機として伝わるはずだった。

(しかし、となれば、キンロップ殿にもお伝えせねばならない)

 そうするべきだという考えに変わりはないが、いささか困ったことでもあった。神官は魔術を軽視する傾向があるからだ。ジョリス自身が「下らぬことに心を惑わすな」とでも叱責を受けることはかまわないのだが、そのことによって祭司長と宮廷魔術師の間の溝が深くなるようでは。

(キンロップ殿には、悪魔の業についてお尋ねするとしよう)

(万一にも……ヴィレドーンの蘇るようなことがあるのならば)

 悪魔が属する獄界は、キンロップら神官が崇める七大神の属する神界の対極にある存在だ。獄界には口にするも忌まわしく怖ろしい神々が存在する。ゾッフルというのはそれらのなかで、かろうじて人の口に上りうる名称だ。

 神々ほどの力はないとされるが、だからこそ人の世に関わってくることが有り得る。十二分に怖ろしい存在だった。

「――ジョリス・オードナー」

 そのときであった。

 不意に、低い声がした。ジョリスははっとしてピニアを見た。それは確かに彼の知る女占い師でありながら――そうではないように見えた。

「封印を……解け。いまでなければ間に合わない」

 彼女の口から洩れるのは、とても女の声とは思えない、低く重い声だった。

「何だと」

 ジョリスは反射的に腰の剣に手をかけた。だが意志の力でその手を放す。

「ピニア殿ではないな。何者だ」

 女の緑眼は霞がかかったようになっており、まるで目が見えていないかのようだった。

「箱の……封印を……カルセンの、タルーを訪れよ……ンネル……さが、せ……」

「タルー? それは何者だ。探せとは、誰を」

「タルー……知る……ラバンネル……」

 そこでふつっと声は途切れた。ピニアの瞳に光が戻ってくる。

「あ……」

 額を押さえてつらそうにうめいたのは、元通りのピニアの声だった。

「ピニア殿」

 ジョリスはさっと席を立ち、くずおれそうな彼女を支えた。

「ああ……頭が……」

 ピニアはジョリスの手に動悸を激しくすることもできぬほど、酷い頭痛に苛まれた。

「貴女に何者かが憑いたかのようだった。お判りか、ピニア殿」

「わか、判ります。ごく稀に、起こります。でも、こんなに強いのは、初めて……」

「水を」

 ジョリスはその場を離れようとした。ピニアはぱっと彼の腕を掴んだ。

「お聞き下さい、ジョリス様。声は、『箱の封印を解け』と。『カルセン村のタルー神父がラバンネルの手がかりを知る』と言いました。ああっ……」

 それだけ言うと、息も絶え絶えという風情になり、ピニアはがくりと崩れた。

「ピニア殿!」

 ジョリスは細い占い師を抱えた。

「駄目です、もう遠ざかる……消えます……」

 その言葉を最後に、ピニアは完全に意識を失った。


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