10 尋問
ナイリアンで「殿下」と呼ばれ得る若者はただひとり。国王レスダールのひとり息子、第一王位継承者のレヴラール第一王子だ。
確か年齢はオルフィよりふたつか三つほど上で、その名はジョリスよりも有名だが、最近レヴラールの名が人々の口に上ったのは喜ばしいことについてではなかった。
王子が十八の頃に娶った妃エルーシアが、数月ほど前に病で世を去ったのである。
生憎と世継ぎも生まれておらず、下々では次の妃について噂もしているが、少なくとも公的には――表面上では――亡くなったばかりで「次」の話など不謹慎であるとばかりに何の動きも見られない。
レヴラール王子の名にオルフィがすぐさま思い出したのは、まずそうした事情だった。
もっとも、彼の目の前に現れたのは、愛しい妻を突然失って憔悴している男などではない。冷たささえ感じる青い瞳で鋭く彼を見据え、彼を値踏みするかのようだ。
いや、そうではない。王子は名もなき村の若者に「価値があるか」などと考えてはいない。そのようなものはあるはずがない。せいぜい「役に立つことがあろうか」というところだ。たとえて言うならそれは、犬猫を見る目。
「サレーヒ。外せ」
さらさらした白金の髪をかき上げて、王子は短く言った。
「ですが……」
「俺が尋問すると言っている。外せ」
「は……」
〈赤銅の騎士〉は王子の命令に頭を下げ、躊躇いがちに出口に向かった。
「戸の外に控えております」
「この若造が俺に何かできるとでも?」
ふん、とレヴラールは鼻を鳴らした。
「だが、そうしたいと言うのであれば好きにしていろ」
その言葉にサレーヒはもう一度礼をし、外に出ると扉を閉めた。
(え……ええええ!?)
オルフィは口をあんぐりと開けていた。
(騎士様と差しでお話しするってだけでもとんでもないことだと思うのに、王子殿下だって?)
(それに、いま、何つった)
(確かに……)
(「尋問」って)
どういうことなのか。どうしてこんな兵舎なんかに第一王子がやってくるのか。サレーヒは驚いていたが、少なくとも王子はオルフィが――怪しい若者がここにいることを知っていた。だから「尋問」などという言葉が出るのだ。
(サレーヒ様が知らせたのか?)
先ほどの「野暮用」と言うのはもしやそれだったのか。
(でも、どうして?)
その疑問の一端はすぐに知れた。
「ジョリスと会ったそうだな。いつ、どこでだ」
同じ問いがやってきた。「さっき答えました」などとは言わず――言えるものか――オルフィはサレーヒに言ったのと同じように答えた。
「どんな話をした」
「それは、その」
オルフィはおろおろしながらまたしても同じ話を告げようとした。
(いや、待てよ)
(サレーヒ様には、おかしいと言われたんだ)
(どう言えば、おかしくないようにできるだろうか)
「あの、ジョリス様はタルー神父という方をお探しで」
考えながら彼は言った。
「でも、近くに黒騎士が出たという話の方を先に調査すると仰ってお出向きになりました。そのあと俺は、タルー神父が亡くなったという話を知ったんで、ジョリス様にお伝えしようとここへ」
一部を省略した。
(嘘はついてない、ついてない)
(省いただけだ)
オルフィは湧き上がる罪悪感――と言うより「王子」という相手をごまかそうとすることへの恐怖――を何とか隠そうとした。
もっともレヴラールは、オルフィがタルーを知っていたのかとか、知っていたのなら居場所を教えなかったのかとか、そうしたことを追及はしてこなかった。
「ほかには」
「は」
「ジョリスは何を言った。何を」
レヴラールはオルフィに手を伸ばし、その胸ぐらを掴んだ。
「何かを持っていなかったか」
「え……?」
若者は目の前で起きていることについていくのが精一杯で、乱暴に扱われているということすら、まるで理解できなかった。
「持って……?」
問い返しはしたものの、何を言われているものか、さっぱり判らなかった。
「何も知らぬようだな」
あまりにも彼が呆然とまばたきを繰り返したせいだろう、王子はオルフィの返答を「否」と取ったようだった。
「ふん」
王子は手を放した。オルフィは均衡を崩し、後ろの椅子につまずいたが、どうにか体勢を立て直した。
「無かった」
「……え?」
「装備品のなかには、なかったのだ」
レヴラールはどこか苛ついたように呟いた。
「最も怪しいのはエントンだが、あれは小物だ。そのタルーという神父も疑わしいが、死んだのではな」
これにはオルフィは反応した。
「疑わしい? ルタイのエントン小隊長? それにタルー神父様が?」
繰り返すと、憤りが湧いた。
「何を……いったい、何の話をしてるんだ?」
目の前にいるのがナイリアンで王に次ぐ権力を持つ人物だということを忘れて、オルフィは両の拳を握り締めた。
「何だか知らないが、小隊長や神父様を侮辱するのは、やめてくれ!」
「――何だと?」
レヴラールは眉をひそめた。それはあたかも、よく調教されているはずの猟犬が急に吠えだしたことに不服を覚えるかのようだった。
「誰に口を利いているつもりだ」
「あ……」
村の若者ははっとした。
(しまった)
(王子殿下に、何て口を)
(……でも)
「無礼は、承知です」
オルフィはレヴラールの視線を受け止めた。
「ですが、彼らが疑わしいなんて言い方を黙って聞き逃すことはできません」




