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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
最終章 vol.2(2/2)

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11 僕がやった、とでも

「あなたはヴィレドーンの罪を忘れない。だから、あなたはオルフィでいいんです」

「俺、さ」

 彼は頭をかいた。

「ファローの墓参り、行ってきた」

 ふっと口にした、これが話したかったことの、もうひとつ。

 少し前のことだ。サンディット家を訪れた。まさか本当のことは話せず、騎士の歴史を勉強している者だということにした。書物でファローの功績に触れ、尊敬するようになり、墓参をしたいと願い出た。

 ファローの両親はとうに亡かったが、甥に当たる人物が面会に応じ――ファローの面影があった――、彼の話をしてくれた。もっともヴィレドーンの方がずっとよく知っているくらいだったが、オルフィは黙って聞いた。

 彼の甥は「裏切りの騎士」を罵るようなことはしなかった。少しだけ気になって、漆黒位の復活をどう思うか尋ねた。別に気にしていないと彼は鷹揚に言った。それどころか、騎士の歴史を勉強しているなら、ヴィレドーンとて功績があったことを知っているだろうと。

 何が彼を狂気に駆り立てたのかは判らない、しかしその以前には彼は間違いなくナイリアンの騎士であったのだと。

 ファローの血縁がそんなふうに思えるまで、どんな葛藤があったろうかと思う。もう少しでオルフィは涙を流し、してもどうしようもない謝罪をしそうになった。

 それから彼はひとり、教わった墓地に行った。

 かつての〈白光の騎士〉の墓はとてもきれいにされていて、最近供えられたと見える花まであった。まだファローが誰かの心のなかに生きているのだと感じた。

 そこでオルフィは――ヴィレドーンは初めて、自分が手にかけたファローの死に泣いた。

「少しだけ、気持ちの整理はついたような気がする」

 大まかに話してから、ぼそりと彼は言った。

「でも、これからだ。俺は」

 そう言って顔を上げた。その瞳に、迷いはない。

「さて! 次の場所に行く行程を考えなきゃ」

「今度はどこに行くの?」

 リチェリンが問うた。オルフィは荷物から地図を取り出すと、ばさりと広げた。

「この辺り。キエヴの里の近くだな」

「キエヴですか。そう言えば」

 カナトは首をかしげた。

「ヒューデアさんは、もう里に帰ったんでしょうか?」

「うーん、前に寄ったときは、まだ抵抗があるみたいだったなあ」

 オルフィは両腕を組んだ。

「仕方ないかもしれないけど。俺だって、正直、最初は仰天したんだし」

 あらかじめジョリスやピニアから聞いていたものの、実際に見るまでは――いかなジョリスの言葉であろうと――信じがたかった。疑ったと言うのではないが、あれだけの不思議を体験してきても「まさか」と思うような話である。

 だが、顔を合わせれば確かにその通りだった。

 確かにそれはラスピーシュで、間違いなくヒューデアだった。

 ヒューデアの方も、戸惑った表情を浮かべていた。自信満々で彼に剣を突きつけてきたときのふてぶてしさは少しもなかった。

 それでもヒューデア・クロセニーだと思えたのはまず、その語り口によるものだった。少し堅い、騎士にも似た、頑固で生真面目な。

 自分でも判らないのだと言って、彼はオルフィにも、ピニアにしたような話をした。

 それから、キエヴの里には戻りづらいということを洩らした。死んだことになっている上、この容貌ではと言うのだろう。オルフィは、長老にだけでも伝えたらどうかと提案したが、答えはなかった。

「でも、アミツは変わらず、あいつと在る。ってことはアミツはヒューデアをキエヴの人間と認めてるってことだろ?」

「そうだと思います」

「『思います』って、お前、曖昧だな」

「だって。僕とアミツは違うんですよ。僕の力から出たものであっても、もうすっかり別個の存在です。言うなれば、親子みたいなもので。全然違いますけど」

「どっちだよ」

 と、思わずオルフィは言ってしまったが、カナトの言わんとするところは判った。

「『そうだと思います』としか、僕には言えません。でもそれは『そうだといいな』っていう希望だけでもないです」

 ヒューデアはいまでも「アミツを見る者」だ。それがカナトの結論だった。

「でも、さ」

 ちらりとオルフィはカナトを見た。

「どうにも、はっきりしてないと思うんだよな」

「何がです」

「いったい誰が、どんな力が、あんなことを可能にした?」

 ラスピーシュの身体に、ヒューデアの心。

 大導師の魔術だって、無理だ。

「それは」

 カナトは目をぱちくりとさせた。

「僕がやった、とでも言いたいんですか?」

「アミツにできるとは思わない、とヒューデアは言ってたぞ」

「僕だって知りませんよ。それに、言った通りです。アミツとは分かれて長い。思いもかけないことができるようになっていたのかもしれないじゃないですか」

「怪しい」

「何がです」

「お前がだよ」

「どういう意味ですか」

「はいはい、その辺で」

 リチェリンがぱんと手を叩いて仲裁した。

「オルフィ。何も、罪を追及するみたいな調子で言わなくてもいいでしょう」

「べ、別にそんなつもりじゃ」

「カナト君も。知らないふりをするからオルフィに噛み付かれるのよ」

「知らないふりだなんて。リチェリンさんも、僕が何かしたって言うんですか」

 困ったようにカナトは眉をひそめた。

「――まあ、いいさ」

 オルフィは息を吐いた。

「ラシアッドじゃ、さすがに困ったと言うか、騒ぎだったらしいが。ウーリナ様が収めちまったって言うし」

 安置されていたはずの場所から消え去った新王の遺体。事情を知った誰もが思うように騒動が起きたが、ウーリナが「兄王に言い含められていて内々に処理をした」と語ったと言う。いくら王妹でもそのような権限のあるはずはなく、何より「実際に『どう』したのか」との当然の疑念が湧いたところ、彼女は「王家の信ずる神のおわすところへ還した」と答えたのだとか。

 ほかの誰が言っても胡乱だったろう。ウーリナだからこそ、言うなれば「仕方のないこと」として受け入れられたようだ。

 彼女の言にはラスピーシュが自らの死期を知っていたという意味も含まれており、となれば何らかの強い病の精霊(フォイル)のために遺体が酷い状態になることが判っていたため、あらかじめ誰にもそれを見せないように手配したのでは――というような憶測が勝手に成されたらしい。

 実際に彼女に「遺体の処理」が可能だったかと言えば、ひとりでは当然、不可能だっただろう。

 そこで名が出たのがクロシアだ。クロシアもラスピーシュから密かに命を受けており、誰にも知られぬように実行したのだということになった。ノイ・クロシアならば確かにできるだろうと、是非はどうあれ、納得されたということだ。

 ウーリナのその言動は驚くべきものと言えた。と言うのもそのとき彼女は何も知らなかったはずだからだ。

 しかし彼女は、あの不思議な力でいち早く真実を知ったのかもしれない。

 だとしても、素早くクロシアを巻き込んだというのも、クロシアを従えたというのも、オルフィには意外だった。が、それは結局、彼がウーリナを見くびっていたということになるのだろう。

 彼らがその話を聞いたのは出来事が起きてしばらくしてからだったが、オルフィはこれについても疑ったと言おうか、不思議に思ったことがあった。

 ウーリナの力は、どこから出ている?

 少なくとも彼らの湖神は、その話を聞いたときにはオルフィやリチェリンと同じように驚いた顔をしていた。しかし何度も思うように、湖神は言うなれば「老獪」なのだ。

「ともあれ」

 こほん、と彼は咳払いをした。

「ヒューデア自身はもとより……ピニアさんだって、救われた、だろうし」


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