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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
最終章 vol.2(2/2)

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07 お話がしたいのです

 その訪問客が彼女の前に現れたとき、ピニアが覚えたのはただ驚愕だった。

 恐怖はない。

 不思議と、と言うのかもしれないが。

「失礼、する」

 その人物は覚えのある声で言った。

「どうしてか、まずここに、足が向いた」

「あの」

 ピニアは口ごもった。

「噂で、耳にしたのですが……いえ、ジョリス様からも伺ったので、間違いではないと、思うのですが」

 ジョリスと面会しても、怖ろしいまでの狭窄感はもう生じなかった。イゼフと何度か話をする内に、忌まわしい記憶は薄れていった。

 神官が何か術を施したのかもしれない。だが彼女自身、乗り越えようと努力していた。皮肉にも死んだ魔術師との対決が、彼女にその力を与えていたかもしれない。イゼフが手を貸したとしてもそれは、少し支えた程度であっただろう。

「間違いではない」

 彼は言った。

「正直なところを言うのであれば、俺にも、判らない。どうして……」

「あの」

 何と言ったらいいのか、ピニアもさっぱりだった。

「ラスピーシュ、殿下……いえ、陛下……」

 死んだはずだ。ラシアッドの若き王は。城の廊下で突然倒れ、そのまま息を引き取ったのだと言う。

 もとより、それが何かの謀略で実は生きていたのだとしても、何故ここに顔を出す必要があるのか。出せるはずもないのではないのか。

「……いや」

 小さく、声が発された。

「ラスピーでは、ない。と言うのもおかしな話だが……」

 ますます、彼女は目を見開いた。

 見える、ものがあった。

 魔力を持つ者なれば、判る。人が、個人がまとう目に見えない波動。気や、魂などとも言ったりする。

「まさか……」

 信じがたい。しかし彼女は知っている。この波動を。

「あなたは」

 見紛うことなく堕ちたはずの星が、再び天にきらめいていた。

「ヒューデア、殿……?」

 その問いかけに、ラスピーシュの顔をした男はこくりとうなずいた。

「奇妙だ。とても。俺は、見ていた。死んだ自分を。イゼフ殿の声を聞いた気がした。だがそのあと、残された魂と言うのか、そうしたものも消え去る感じがして」

 彼はきゅっと胸の辺りを掴んだ。

「だが、残った。アミツが俺を留めてくれたのだと思う」

 少し顔を上げた、その先には彼だけに光の球が見えたものか。

「それから、そんな身になってもと言うのか、俺はジョリスを探した。彼に頼ろうとした。彼は神官でもないものを」

 彼はわずかに口の端を上げた。

「しばらく、アミツと共に、彼と在った。この館で、あの下衆な魔術師が再び貴女を脅したときも……」

「いた、のですか。あのときに。では」

 コルシェントを散らしたあの光は、やはりアミツ。

 そして――ヒューデア。

「奇怪な話だ。信じるのか。いや、もとより……」

「見えます、私には。そこにあなたの星がある。ほかでもない、ヒューデア・クロセニーの」

 声が震えた。ピニアは口に両手を当てた。

「戻って……こられただなんて……」

「奇妙だ」

 彼は繰り返した。

「ジョリスのもとへ行ったのは俺の意思だったかもしれない。だがラスピーを見守るようにしていたのは……アミツ」

 エク=ヴーがロズウィンドをエクールの民として見ていたように、アミツもまたラスピーシュを守るべき対象としたのか。もっともヒューデアを守れなかったようにラスピーシュを悪魔から救うこともできず、アミツは、アミツと彼はただその死を見ていた。

「彼の死後、俺は何も見えなくなった。今度こそ俺も死ぬ……消え去るのだと思った。終焉まで見届けられるよう神の加護が働いていたものが、ついに終わると」

「でも、終わらなかった」

「ああ」

 彼はうなずいた。

「気づけば、ナイリアールだった。俺が『死んだ』場所だった。まるで毒からかろうじて回復したあのときの再現のように、足元が覚束なかった。酔漢だと思ったか、人々は避けた」

 淡々と彼は話した。

「足元が怪しい、つまり足が、身体があると気づいたのはそのあとだ。驚き、手を見て、また驚いた。それは俺の手ではなかった」

 水路を見つけ、のぞき込んだ。そこにあるのがラスピーシュの顔としか見えず、彼はしばらく呆然とした。

「アミツの、力……?」

「判らない」

 ヒューデアは首を振った。

「アミツにそのようなことができると聞いたことはない。ただ……」

「『アミツを見る者』が悪魔に殺されるようなことも、なかった」

「ああ」

 その通りだと彼は答えた。

「エク=ヴーの力であるのかもしれない。俺は頑なに否定していたが、アミツがエク=ヴーから出たものであることはもうはっきりと判っている」

「では」

 ピニアは少し目を見開いた。

「私とヒューデア殿は、同じ一族ということになるのですね」

「どうやら、そのようだ」

 彼は認めた。

「俺が貴女に惹かれたのは、その血のせいもあったのかもしれない」

「……え?」

「この感情も、判らない。これは『死んだ』せいではない。ラスピーには恋であるかのように言われたが」

 判らないとヒューデアは繰り返し、ピニアは言葉に困った。

「ともあれ、こうして最初に向かったのがジョリスのところでもなく、貴女のところであった。それが俺の答えなのかもしれない」

「ヒューデア、殿」

「いや、何も言わないでくれ。これは憑依のようなもの。俺は程なく、消えるだろう。今度こそ。その前に、ただひと目、会いたかった。迷惑であった、かもしれないが」

「そのようなことは、決して」

 ピニアは首を振った。

「決して、ありません」

「礼を」

 彼は丁重に、頭を下げた。

「自らの心のために、貴女の重荷を増やしたかもしれない。〈予知者だけが先に悔やめる〉と言うが、こうして扉を叩く前にそれを考えるべきだった」

「そのようにお思いなら」

 ピニアは立ち上がり、ヒューデアに近く寄った。

「どうか、消えるなどとは、言わないで下さい」

「だが、消える」

「何故?」

 占い師は首をかしげた。

「あなたの星は、輝いています。はっきりと。それは消え去る前の最後の力などではない。〈星読み〉の力を持つ者として誓えます」

「何と……では……?」

「お疑いなら、イゼフ祭司長にお伺いするのもよいかと思いますわ。彼はこれを憑依とは違うと、祓うべきであるような邪なものではないと、必ず言って下さいます」

「だが……」

 彼は戸惑った顔をした。

「これが本当にラスピーの身体であるとしたら、ラシアッドでは騒ぎになっているのではないか」

 ラスピーシュは死んだ。それは間違いなかった。だが、悪魔が欲したのは彼の魂とでも言うべきもの。悪魔にとって「この身体が死ぬこと」は重要ではなかった。通常ならば魂が離れれば程なく肉体も鼓動を止めるが、その前にヒューデアが「入った」ということになるのか。「この身体」は死体ではなく、ちゃんと鼓動をしていた。

 しかし、だとしても――ラシアッドには新王の遺体がなければ、おかしなことになる。

「ふふ」

 思わずと言った体でピニアは笑った。

「それを気にするのですか」

「いや、だが」

「どうぞ、いまはお座りになって」

 彼女は椅子を示した。

「改めて、あなたとお話がしたいのです。私たち、哀しい話や、先の見えぬ暗い話ばかりをしていましたから」

「そう、か。そうだったかも、しれないな」

 躊躇いがちにヒューデアは椅子を引いた。その動作はぎこちなかった。

「どこか、痛みますか」

 案じるように彼女は問うた。彼は首を振った。

「そうではない。少しばかり」

 彼自身も、その顔にも滅多に浮かんだことのない、照れ臭そうな笑みを浮かべて、ヒューデアは続けた。

「緊張しているようだ」


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