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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
最終章 vol.2(2/2)

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04 託すために

 エク=ヴーの力が基になっているが、アミツにはアミツの意思が生まれる。

 ずっと昔、そう、かの戦があったとき、湖から離れて隠れるように暮らしはじめたキエヴ族に対して湖神が放った守り。それは彼らを導く存在とされたが、具体的にああしろこうしろという導きは決してなされない。その指し示すものはヒューデアが語ったように人であったり、状況であることも。非常に単純に言うならば「これはよいことだ」「これはよくないものだ」と示すのだ。

 だがその多くはキエヴ族の存亡に関わることだった。

 古くは北の地に居をかまえた頃から。追われた結果として貧しい土地に住むしかなかった彼らだが、アミツが水場を示し、畑になり得る場所を示した。嵐の襲来を示し、家畜の病を示した。老朽化した家屋の崩壊を示し、疫病の駆逐法を示した。里にやってきた口の巧い詐欺師を示し、口上の下手な腕利きの薬草師を示した。その薬草師はのちにキエヴの里に住み着いた、などとも少年は語った。

 〈ドミナエ会〉の襲撃も、アミツは示したのだ。強い警告を発した。しかしああした強烈な暴力には、導きの存在は無力だった。そう、だから、ヒューデアも。

 もっとも、アミツがヒューデアに、ラスピーシュやロズウィンドを危険な存在と示さなかったのは、やはり彼らがエクールの民として民のことを考えていたためだ。民同士の争いには、余程のことがない限り、エク=ヴーは何も示さなかった。エク=ヴーを基とするアミツも同様だった。

 それは皮肉なことであったが、アミツが彼らを危険と示したところでヒューデアはもう少し早く行動を取っただけであり、彼を救うことにはならなかっただろう。

「ふむ。おおよそは理解できたようだが」

 そう言ってサレーヒは腕を組んだ。口には出さないが「それが何なのか」と言うのであろう。

「――ヒューデアの死後、私はアミツを見たようなのだ」

 ジョリスはそっと言った。

「アミツだという確信は持てなかった。しかしヒューデアの話と酷似しており、彼のことを告げに言ったキエヴの里でも、長老は似ているようだと仰った」

「では貴殿がその『アミツを見る者』になったということか?」

「いや、だが、そうではないのだ」

 彼は首を振った。

「あの異変の短い間だけだ。私がそれを感じていたのは。ヒューデアの遺志だろうかとも思えた。カナト殿もおそらくそうではないかと」

「ふうむ」

「ではアミツはその後、どこへ行ったのか。私はそれが気にかかった」

 彼がこのひと月に幾度もキエヴを訪れたのは、ヒューデアのことだけではなかった。新たに「アミツを見る者」が出たのか、それを尋ねにも行っていた。

「いなくなったのか? キエヴの守りが、消えてしまった?」

「判らない。ただ長老は、必ず帰ってくると信じているようだった」

 彼らの知らないことながら、その態度はエク=ヴーがいない間の畔の村人たちと同じだった。もとより、ヒューデアが里を離れればアミツも彼と共にあったのだから、アミツが村にいないことはある。それを同じようなものだと。

「ならば湖神(・・)に尋ねるのがよいのではないか。湖神の力なのだろう」

 サレーヒが言ったのは、半ば冗談のようなものだ。どんな存在であろうと「神」に質問をしてその答えが判りやすく返ってくるはずはないと、そう考えるのが普通。

「尋ねた」

「……何?」

「いずれ帰るだろうと、それが答えだった」

「う、ううむ」

 〈赤銅の騎士〉が返答に迷うのを見て、ジョリスは手を振った。

「そのような気がした、ということだ」

「そ、そうか」

 こほん、とサレーヒは咳払いをした。

『帰りますよ。アミツはキエヴの守護ですから』

『たぶんですけど、そんなに長くはかからないと思います』

 少年の言葉がジョリスの耳に蘇っていた。

「個人的な事情だが、これからも私は、キエヴの里に行く機会を増やしたいと思う。そのことを言いたかったのだ」

 長くなってすまない、とジョリスは詫びた。かまわないとサレーヒは手を振った。

「安心した」

「何と?」

「貴殿はただ、自身が出した結論だけを告げてもよかった。だが自らの体験した奇妙にも思えることを話してくれた、そのことに」

 安心したとサレーヒは繰り返した。

「気にかかることは何でも言ってくれ。私も年だ、引退まで長くはないが、かりそめにも第二位として貴殿の負担を減らしたい」

「サレーヒ殿」

 ジョリスはすっと礼をした。

「感謝する」

「何、口にするのが馬鹿げているほど当然のことだが」

 彼は肩をすくめた。

「口にするべきとき、というのもある」

 それは、絶好の機会でもあった。もしもジョリスが、彼の引き替えた未来についての話をするのであれば。

「――サレーヒ殿」

「うん?」

「私は、思うのだ。我々ナイリアンの騎士は、後続がいるからこそ全力を尽くせるのだと」

 あのときハサレックに語ったこと。

「継ぎし者がいる、という安心感。たとえ、志半ばで倒れても」

「貴殿に倒れられては困る」

 しかめ面でサレーヒは言った。

「後続と言うのであれば、せめて漆黒位か青銀位の候補生でも出てくれないことには、私も安心して引退できない」

 失われた漆黒位が復活することになった、というのはささやかな事件だった。

 ヴィレドーン・セスタスが国王と〈白光の騎士〉を殺した重罪人であることは変わらなかったが、彼が国を乗っ取ろうとしたというのは誤解であり、また彼自身や彼以前の〈漆黒の騎士〉の功績が消え去るものではないとされた。

 つまり、ヴィレドーン以前の〈漆黒の騎士〉の名誉回復。

 どうしてこの時期にそんなことが決まったのか、と首をひねる者もいた。だが知った顔の「識者」は、此度の事件で青銀位をなくさないためだろうと吹聴した。ハサレック以前の〈青銀の騎士〉から嘆願でもあったためにその名誉を守ることになり、それならば漆黒位も同様にしなくてはならないとなったのだろう、と。

 誤りでもなかった。しかしこれはレヴラールの示した、オルフィへの答えでもあった。

 「ヴィレドーン」の罪は消えず、だが〈漆黒の騎士〉は復活する。

「今度の試験が楽しみだな」

 年嵩の騎士は言った。

「おそらくシザード殿は青銀位か漆黒位に挑戦するぞ」

「彼ならば充分、可能性はあるな」

「新人にも期待できる。私の隊の者だから言うのではないが、キャレスという若手が有能でな」

「ほう」

「貴殿には誰か……ああ、いや」

 彼ははっとした。ヒューデアの話をしたばかりだ。

「すまなかった」

「私が推薦する訳にもいかないだろう」

 ジョリスはそうとだけ言って手を振った。現〈白光の騎士〉が誰かを推したなどとなれば、審査の公平性を欠いてしまうと。

「だが……もし、彼にその気があるのなら」

「うん? 誰のことだ」

 興味深そうにサレーヒは言った。

「ここだけの話にするから、聞かせてくれ」

「――やめておこう。余計なことを言ったようだ」

 ジョリスは首を振った。

「たとえ水を向けてみたとしても、ヒューデア以上に固辞するであろうからな」

「そうか。貴殿が実力を認めるならかなりの腕前だろうに、残念なことだ」

 本当に残念そうにサレーヒは呟いた。

「さて、そろそろ休憩は終わりにしよう」

 そう言ってジョリスは立ち上がった。

「日々を重ねて、次なる者に託すために」

「ああ、そうだな」

 今日も働こう、と〈赤銅の騎士〉は笑い、〈白光の騎士〉も笑みを返した。

 その胸の内は、秘められたままだった。


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