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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
最終章 vol.2(2/2)

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03 三年の内に

「――こんなところにいたのか」

 中庭の片隅に座っていた〈白光の騎士〉を見つけて、サレーヒは片手を上げた。

「珍しいな。疲れているのか。……愚問だったな」

 通常の業務に加え、レヴラールの相談役としての時間も取っている。〈ドミナエ会〉から分離した〈キゼーナ会〉は化け物となった四人が主軸だったようで自然と解散していたが、完全に警戒を捨てることもできず、巡回の報告を聞く時間も増やしていた。

 「個人的な事情」として幾度かキエヴ族の元を訪れてもいれば、〈はじまりの湖〉の方にも赴いている。

 どれかに手を抜けば少しは楽だろうが、よりにもよってジョリス・オードナーがそのようなことをするはずもなかった。

「ここはちょうど、回廊からも死角だな。どこに行っても頼られる〈白光の騎士〉殿が休むにはよさそうだ」

 にやりとしてサレーヒは言った。ジョリスは苦笑した。

「そのようなつもりでもなかったが」

「ならば、いまから『そのようなつもり』になるといい。貴殿の性格は承知しているが、適度に息は抜かなければ。いつまでも走り続けられないことくらいは判っていよう」

「ああ、その通りだな」

 ジョリスはうなずいた。

 もしかしたらこの疾走は三年で終わるかもしれないことは、おくびにも出さなかった。

「――ジョリス殿?」

 サレーヒは首をかしげた。

「様子がおかしいな。体調でも?」

「いや。少々、オードナー閣下及び前閣下と話をしてきただけだ」

「成程」

 〈赤銅の騎士〉は顔をしかめた。

「あのとき、私はラシアッドでサズロ閣下と少し時間を持った。彼と貴殿であれば、時間さえ持てば打ち解け合えるのではないかと感じた。余計なことだとは思うが」

「確かに……兄上とは時間が足りないだけのように思う。いまは難しいが、いずれゆっくり話したいところだ」

「それは重畳だ。だが『いずれ』などと言ってあと回しにばかりはせぬよう、忠告させてもらう」

「ああ。その忠告は有難く受ける」

 どんなに長くかかろうとも、三年の内に。

 やはりその思いを彼は見せなかった。

「そうだ、セズナンだが」

 思い出したように〈赤銅の騎士〉はその名を出した。

「彼はネレスト家で重宝されてる。何しろ城で鍛えられたんだし、性格もいいからな」

 騎士の従者という過去は隠さざるを得なかったが、「仕えていた主人の死」で行き先をなくしていたところをサレーヒが拾った、ということになっていた。

「では、落ち着いたら私が彼を引き取るという話は」

「貴殿さえよければだが、引き続きネレスト邸で雇いたい」

 サレーヒは片手を上げた。

「いまセズナンを外したら、使用人頭から何を言われるか」

 少しおどけた物言いにジョリスは笑った。

「無論、ネレスト邸でそれほど重用されているのであれば、むしろ歓迎だ」

 セズナンならば、どこへ行ってもそつなくやるだろう。だがあまり遠くに――距離ばかりでなく、人間関係という意味でも――行かれるより、サレーヒの実家であれば彼も様子を聞くことができるし、安心だ。

 問題なのはもうひとりの方、とも言えた。

「マレサはどうしている?」

 〈赤銅の騎士〉は遠慮がちに尋ねた。

「初めの内は文句も多かったが」

 ジョリスは苦笑した。

「次第に慣れてきたようだ」

「それは何よりだ。だが、思い切ったな」

 サレーヒも少し苦笑した。

「よいきっかけだったとは思うが」

 ジョリス・オードナーが侯爵邸を完全に離れ、騎士に与えられる館も断って自邸を持ったというのは、一部にはちょっとした騒動だった。引退はまだないにしても、結婚かという噂が出たのも致し方あるまい。騎士が結婚するのはたいてい引退を間近に控えた頃か引退後だが――それまではとても忙しくて、無理だ――、現役真っ盛りに例がない訳でもなかったのだ。

 もっとも、「女の影」はどこにもないというので、噂はすぐに消えた。オードナー新侯爵に気遣っただとか、ハサレックのこともあって心機一転を計りたかったのだろうなどと知った口が利かれた。

 その噂も全くの出鱈目ではない。いくらかはそうしたところもあった。しかし実際のところは、ほとんど、マレサを雇うためと言えただろう。

 雇うばかりではなく、教育もするため。たとえ彼女が「取り澄ましてていけ好かない」とする場所から橋上市場や、それに似た下町に戻ることがあったとしても、教育は無駄にはならないはずだ。

 それはまるで親友の遺児を引き取ったかのようだった。そのことを知ったイゼフは、ハサレックもそこまで望んではいなかっただろうと少々呆れ気味に言ったが、ジョリスはただ肩をすくめた。

 場合によっては、彼女を見てやれるのは三年間だけだ。ならばその後、彼女が別の仕事を見つけるとしても苦労の少ないように。

 もっともそのことはイゼフにも告げていない。

「ところでサレーヒ殿。お時間は」

「大丈夫だ」

「キエヴ族のことをお話してもよいか」

「無論」

 いささか意外でもあったろうが、サレーヒはこくりとうなずいた。

「ご存知の通り、彼らはアミツと呼ばれる存在の教えを中心に生きている。と言ってもその教えが八大神殿のそれから大きく逸れることはなく、信仰対象が異なるという程度の話だ」

 大まかなところはサレーヒも知っていた。彼はまたうなずき、続きを促す。

「ヒューデアという若者のこともお聞き及びとは思うが」

 悪魔に殺された青年。ナイリアンの騎士を目指してほしい若者がいるということは以前からたまにジョリスが話していたことであり、サレーヒも記憶していた。

「彼は『アミツを見る者』であった。一種の神子のようなものだ」

「聞いたことはあるが、その『見る』というのが正直、よく判らない」

 サレーヒは顔をしかめた。

「他人には見えないものを見るのか」

そうだ(アレイス)。エク=ヴーの力に合う者が選ばれる。相性、とでも言うものになるのか」

「アミツとエク=ヴー。そこに、どんな関わりが」

「あの日、城にカナトという少年がいたのをご記憶か」

「ああ、覚えている。ずいぶん若かったが優秀な魔術師で、サクレン殿に手を貸したとか」

 彼のことはそういうことになっていた。

「あの少年が、よく知っていた。アミツというのはエク=ヴーの力が分かれたものだそうだ」

「ほう」

「精霊と言うのが近いらしいが、厳密には違うのだとか」

 ジョリスはカナトの話を思い出しながら語った。


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