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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
最終章 vol.2(2/2)

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02 哀しみも憤りも

 その報せは、いち早くナイリアン城にまで届いた。

 ラスピーシュ王は魔術師を雇い、決定事項を逐一、ナイリアンに知らせていたからだ。

 そこまで下手に出なくても、レヴラールにはラシアッドを殲滅する意思などなかっただろう。もとよりラスピーシュとて、レヴラール個人の機嫌を取るためにやっていたことではない。

 必要だった。ラシアッド国として。そしてナイリアン国も、それを受け入れることが。

 出来事の多くは、「黒騎士」とコルシェントが行ったこととされた。そしてそれらをそそのかしたのがロズウィンドであったと。

 大まかには事実だが、最も不穏かつ公表しがたい「悪魔」「獄界」の関与した部分、そしてエクール湖に関する話も秘匿するため、作り出した話もあった。

 エクール云々を隠すのは何も、ロズウィンドの掲げた正義を否定するためではない。畔の村そのものは巻き込まれた被害者なのだ。「エクールの民とやらのせいだ」という風潮になって、ナイリアン人の多くに忘れられていた迫害の芽を育てることにならないように、である。

 よってロズウィンドの計画は、「悪魔」そして「エクール」という二大要素を除いた、だいぶ印象の異なるものとして説明された。ナイリアンの国力を落としたところで助けの手を差し伸べ、大国の中枢に入り込もうとしたのだと。

 愚かな王子であった、と傍目には映るだろう。だが受け入れた。ラシアッドは。ラスピーシュは。――当のロズウィンドさえも。

 そのロズウィンドを廃して王位に就いたラスピーシュは、全てを差し出し、隷属同然となることでナイリアンに詫びを入れた。大きくは、そうした話となっていた。

 ほとんどのナイリアン人は「迷惑な話だったが、そこまで詫びるならいいだろう」という程度の感想を抱いた。ラシアッド人は不安を抱いたが、ナイリアン兵が国を埋め尽くすようなこともなければ、生活が悪くなる様子もなかったので、大きな混乱が起こることはなかった。悪魔の「協力」のためもあったかもしれない。

 そして、危うい均衡の上に成り立った平和は、しかしその報せによって再び揺さぶられることとなった。

「本当なのか」

 レヴラールは呆然とした。

「何故だ。まさか……暗殺か」

「いや」

 イゼフは首を振った。

「お忘れではないだろう。彼もまた、悪魔と深く関わった者であったことを」

「……では」

「悪魔の報酬としては、奇妙なものだ。だが彼らの間でそれは成り立った。――失われるところだったラシアッドの平和、ラシアッド(・・・・・)の栄光(・・・)はかろうじてであろうと維持され、そしてラスピーシュ陛下は亡くなった」

 ラシアッド国王ラスピーシュ・レクリア・ラシアッドの崩御。もたらされた速報はそれだった。

「王妹殿下とのご婚約により、既にレヴラール様がラシアッド国の第一王位継承者ということになっている」

「そう、であったな」

 ラスピーシュが驚くほどにことを急ぎ、書面だけでも取り交わしてくれと何度も言ってきたのはそのためだったのか。彼は自分の死を知っていて、また無駄な混乱が発生しないよう、次の王を決めておきたかったのか。

「まだ、先の話だと思っていた。ナイリアンの王位ですら、俺はまだ継いでいないというのに」

 即位はレスダールの喪が明けてからということで、彼はまだ「王子」だった。もっとも実務は完全に国王のものであり、名称の問題に過ぎなかったが、大事なことでもある。

「ラスピーシュ陛下や、ラシアッドの重鎮と顔を合わせてきちんと話す時間さえ持てぬままだ」

「しかしもはや急ぐしかない。ロズウィンド殿は罪人として王族から除籍されたが、彼を擁立しようとする人物は必ず出てくる。当人が肯んじるとも思えぬが」

「彼が……我々みなが避けようとした混乱に陥るという訳だな」

 仕方ないと彼は嘆息した。

「ウーリナを俺の代理人としよう。ラシアッド国内の不満はいくらか和らげられるはずだ。実際の執務はやはりほかの代理を立てることになる故、詭弁だが」

「よろしいかと。だがそれもご婚礼までということに」

「そうだな。――ああ、国王の兼任には前例があると言われたところで、何の慰めにもならん。『とりあえずは』『当座は』、そんな判断でやっていけるはずがない」

「だが殿下は、拒絶された」

「うん?」

 イゼフが何を言っているのかと、レヴラールは片眉を上げた。

「先日の大会議だ。ラシアッドをナイリアンの一地方として併合してしまえば、話は簡単になる。誰だってそう思う」

「いずれは、考えに入れる必要も出てくるかもしれん。だが会議で言った通り、いまはまだ無理だ。ナイリアンがラシアッドを乗っ取るためにロズウィンドを陥れたなどと、ヴァンディルガ辺りに思われかねん」

「それは建前、ではないかな」

 静かにイゼフは言った。

「殿下は、ラスピーシュ陛下の懇願を真摯なる約束と捉え、果たそうとしておいでだ」

「……それは」

「支配者としては、人が好すぎる。キンロップ殿が心配されていたのも当然だ。しかし彼同様、私もそれを支えよう」

「はは、言いたいことを言ってくれる」

 レヴラールは口の端を上げた。

「もっとも、だからこそ、新しい祭司長も頼りになるようだ」

 その言葉にイゼフは黙って礼をした。

 イゼフを後任に――というのが、カーザナ・キンロップの遺言であった。メジーディス神殿長ギネッツアの指名はあの混乱の収拾のためであり、イゼフへの書にはそうしたこともはっきりと記されていた。

 イゼフは戸惑い、容易には応じられなかった。しかし、死出の旅に発った友の望みでもある。彼は自らの罪の上に重荷を負うことを決めた。

 ギネッツアには異論がなかった。神官長、神殿長の座に就くだけの実績がイゼフにあることは知れていたし、彼自身は祭司長職を荷が重いと考えていたからだ。八大神殿の承認が出るまでは少しもめたが、これは誰であっても同じようにもめただろう。結果的には、最もイゼフをよく知るコズディム神殿長が積極的に推したことで、承認は通った。

 宮廷魔術師職の方はまだ決まらずにいた。最初に名前が挙がったのはサクレンであったが、彼女は断固として拒否した。有事の際には私情を優先する自信(・・)があるからと。

 いまは最終候補とされるふたりの導師の間で「譲り合っている」状況だ。優秀な魔術師には権力欲が低いことが多いから――ディナズのように、自分の研究だけしていたいと思うのだ――説得にはもう少し時間がかかるだろうと思われた。

「俺は、ロズウィンド殿に恨みや憎しみはない。彼の企みでコルシェントやハサレックは裏切り、グードもキンロップも父も逝った。俺自身も殺されるところだった。だが、それでもだ。同情はできないし、彼の正義にはやはり納得できないが」

 それでもだ、とレヴラールは繰り返した。

「我々は悪魔に弄ばれたのだ。悪魔の示唆がなければ彼はあれほどナイリアンを敵視せず、仮にしたところで何の手段もなかった。選んだのは彼だが、同じ立場にあれば俺もそうしなかったとは言えない」

「そこが」

 イゼフは肩をすくめた。

「人が好すぎると」

「む……」

 すまない、などとレヴラールは謝った。

「私には、いくらでも。ジョリス殿にも、よいだろう。だがお立場は忘れられぬよう」

「判っている……つもりだ」

 ふう、と彼は息を吐いた。キンロップとも同じようなやり取りをしたことを思い出す。

「ラスピーシュ殿の意は汲みたい。感傷も皆無ではないが、それが最もよい……最もまし(・・)であろうと思えるからだ」

 こんなことも、キンロップと話した覚えがあった。

「『まだましだ』というのが情けないと思ったこともあるが、いまは少し判る。俺の仕事に最高の選択だとか、唯一の正解だとかいうものは滅多にないんだ。『こちらの方がまし』を選んでいくしかない」

「そこまで悲観したものでもないと思うが」

 祭司長は少し笑みを浮かべた。

「悲観的になったら、いつでも言うといい」

「そうさせてもらおう」

 レヴラールもかすかに笑んだ。

 彼の道も、また長い。

 それはナイリアン王子としてレヴラールが生まれ持ち、覚悟していたものを超えた特異な道となる。

 しかし彼もまたそれを受け入れ、生きていく。哀しみも憤りも乗り越えて、王者の孤独な戦いをしていくことになるだろう。

 それを支えるのがイゼフであり、間もなく決まる宮廷魔術師であり、やがて妻となるウーリナであり、そしてジョリスでもあった。


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