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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
最終章 vol.1(1/2)

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13 おやすみ

「タルー神父様が亡くなったのは、やっぱり、あの守護符のせいなのか?」

「おそらく」

「神父様を殺したのは……」

「黒騎士――ハサレック・ディアだろう。彼、と言おうか、ニイロドスはそれが私やサミュロンにつながるものだと見て、タルーに目をつけた。そうした危険も、彼は承知の上だったが……」

「タルー神父様とは、どんな関係だったんだ?」

 オルフィはそこを問うた。彼の知るアバスターとラバンネルに、タルーの影はない。

「『ヴィレドーン君』と分かれたあとに知り合ったんだよ。そしてこちらの時代に戻ってきて、再会した。神学を学ぶ彼から教わったことも多かった。彼の方でも魔術に、いや、魔術学とでも言うべきものに興味を持ってね。そのために神殿での『出世』の道を外れてしまったんだが、彼自身が選んだことでもあった」

「へえ……」

 まるで彼の知らない「父親の過去」を聞いているかのよう。ある意味では間違いなくそうだが、そういうことでもない。

 「オルフィ」にはウォルフットは父で、だが「ヴィレドーン」にとってラバンネルは、同時代を生きた人物。そこの矛盾点と言おうか、乖離とも見える箇所に、まだ巧く整理がつけられない。

「あっ、そ、そうだ」

 彼ははっとした。

「タルー神父様の、ことなんだけど!」

 つい先ほど聞いた奇怪な話。ウォルフットなら何か知っているのではないかと、オルフィは焦って尋ねた。

「ああ、そのことか」

 彼はばつの悪そうな顔をした。

「これはあまり、話したくないんだけれど」

「……何、やらかしたんだよ」

「私の発案じゃない。サミュロンだ。でも私だって結局同意したんだから、言い訳にはならないな」

「……何だか、聞きたくないような、気がするんだが」

「それで正解だと思うかな」

「いや、言えよ。そこまで言ったら」

 どんと卓を叩いてオルフィは促した。ウォルフットは嘆息した。

「――ジョリス殿は亡くなった、と聞いただろう? そう思わせておきたかったんだ。彼の力は此度の出来事にも、今後のナイリアンにも必要だし、生死の境をさまよっているところを狙われたら私だってとても守れなかった」

「それは、判るけど。それが、何……」

 言いかけてオルフィははたと気づいた。

「つまり。あれか。ジョリス様は生きてたんだから、遺体があるはずがない」

「うん」

「――あんたな! それはちょっと、どうかと思うぞ!」

 理解してオルフィは怒鳴るように言った。

 つまり、彼らはタルーの遺体を一時的にジョリスの代わりとしたのだ。

「昔のように魔力があれば、遺体という『現物』がなくても、関係者全員に幻術をかけられたんだけどねえ。なかなか、そうもいかなくて」

「明日、神父様の墓参りに行く。あんたもきて謝れよ!」

「謝ったよ。それはもう、何度も。でも今度はサミュロンに怒られるんだ」

「はあ!?」

「『タルーがそんなこと気にするはずはないだろう』ってね」

「う」

 ミュロンの言うことも確かに判る。ジョリスというナイリアンの星を守るためなら、自分の遺体が他人の名で扱われることくらい、タルーならかまわないと言いそうだ。オルフィだって言うだろう。それくらいかまわない、そんなことで恨むはずもないと。

「まあ、それでもやっぱり、罪悪感はあるとも」

「あー、いまのは俺が、言い過ぎた」

 彼は認めた。

 思い出したかすかな記憶。タルーが名付けた「オルフィ」は、「ウォルフット」の響きから取ったのだ。ラバンネルの「名」が知られていなかったことを考えると、それを知っていた――教えられたタルーと彼らの間には、オルフィの知らない強い絆があるはずだ。

 決して、粗略に扱うはずがない。

「判ったよ。つまり、あんたが、ミュロンさんが、やっぱり三十年前までと変わらずにナイリアンを守ろうとしてたってことは」

 ミュロンについては暗躍などと言ったし、ウォルフットにも「全部企んでいたんだろう」というようなことを言いかけたのだが、短慮だった。

 年を取り、その名が隠されても、彼らの志は変わらぬままだ。

「ほかに何か質問は? 抗議でも苦情でも八つ当たりでも、この際だ。みんな聞くけれど」

「まあ、第一には、アレスディアかな」

 遠慮なくオルフィは言った。

「外れなかったのだけは、本当に参ったよ」

「そうでもしないと、固辞すると思ったから。それがサミュロンのものだと判ろうと判るまいと」

「その通りだけど」

 ただのオルフィでもヴィレドーンの記憶があっても、王城に返すことを最優先としただろう。

「でもちょっと判らないことが」

「何だい」

「あんたは、俺に思い出させたかったのか?」

 彼が「ヴィレドーン」であったこと。裏切りの騎士であり、アバスターに「退治された」こと。畔の村に悪魔とその火を呼び込んだこと。

「それは」

 ウォルフットは卓の上で両手を組んだ。

「どうかな」

「おいっ。ここまできてごまかす――」

「違うよ、心外だ」

 彼は首を振った。

「私は、『オルフィ』を危ない目には遭わせたくなかった。お前は本当にいい子に育ったし」

「よ、よせよ」

 誰に言われているのでも気恥ずかしい台詞だ。

「でもニイロドスがアレスディアとジョリス殿、と言うより〈白光の騎士〉に狙いをつけたのは紛れもなく我々への……いや、ヴィレドーンへの伝言だった。『君たち、どこかで生きているならまた遊ぼうじゃないか』」

 その言い真似が割と似ていたので、オルフィは笑っていいやら迷った。

「それにだいたい」

 ウォルフットは首を振った。

「お前が知らせたんじゃないか。再びニイロドスにちょっかいを出されていると」

「……あ、そう、か」

 オルフィの体験とラバンネルの体験は同じ順番ではない。過去の時間軸での出会いは、オルフィにはほんのちょっと前のことだが、ウォルフットには三十年前なのだ。

「話さないようにと言ったけれど、まあ、聞いてしまったものは仕方がない。全力で対応した」

 数多くの可能性を考えて、さまざまなことに対応できるように。

「もっとも、お前の周辺にいろいろと置いたことは否定できないが。それは仕方ない。私にはお前が中心に見えていたんだから」

 それは「ヴィレドーンがニイロドスに関わったことが物事のはじまりであり、だから彼が〈コルファセットの大渦〉だった」という意味にも取ることができれば、先ほどから口走られているように「息子だから」という――まるで親馬鹿の――方向にも取れ、オルフィは妙なうなり声を上げるにとどまった。

「それで、アレスディアは助けになったかい」

「知ってんだろ。みんな」

「意地悪だな」

 元魔術師は苦笑する。

「みんな知っていたら、もっと上手にやったよ。私ばかりが出しゃばるのもどうかとは思うから、サミュロンにも働いてもらって」

 とぼけた口調で言ってから、手を振る。

「もしもそうできたなら、という話だけれどね」

「……十二分に出しゃばってくれたし、ミュロンさんも働いてた気がするが」

 思わずオルフィは言った。

「でも、悪かったよ。ちょっとは」

 全てを知っていて彼らを好きに操った――まるで悪魔のように――などと言うのが誤解どころか言いがかりであることくらい、本当はオルフィも判っていた。

 ただ少し、言いたかっただけだ。

「まあ、もういいよ。何か、気が抜けた」

 オルフィは肩をすくめた。

「カーナヴィエタの話とかも聞きたいけど」

 ラバンネルが全力を尽くしてカナトを救おうとした理由が、カナトの「母」、或いは前身であるカーナヴィエタと親密になったからだ、というミュロンの話はオルフィにとってなかなか衝撃的でもあった。

「今日はもう寝ることにするよ。せっかく――」

 立ち上がって、彼は辺りを見回した。

「家に帰って、きたんだし」

「……そうだな」

 ウォルフットはうなずいた。

「今日はゆっくりお休み。お前の人生は、明日も明後日もその先も、まだまだ長く、続くんだから」

 「オルフィ」の人生。「ヴィレドーン」のそれを背負って。

 彼が天寿を全うすれば、その記憶はヴィレドーンの分、人よりも長いものになる。

 特殊な運命と言えるだろう。だが、特別ではないと、そんなふうに思った。

 彼はオルフィとして生きる。そしてヴィレドーンの贖罪を続ける。

 レヴラールがオルフィの活躍と相殺するように彼の罪を赦したのだとしても、まだ許せない。彼自身は。

 忠誠を誓った王と親友を殺した自分を自分で許すことができる日は、こないだろうとも思った。イゼフのように罪を背負って、彼は生きる。

 彼の長い、人生を。

「ああ」

 呟くように、彼は答えた。

 生きるのだという、それは誓い。

 ファローの分も、などと言うのはおこがましい。しかし、ファローが彼と一緒に生きていたらそうしたであろうように、生きる。

「そうするよ」

 オルフィはうなずいた。

「おやすみ。それから、いろいろ有難う。……父さん」

 ぽつりと呟いて彼が踵を返せば、父はほっとしたような顔をした。

「ああ、おやすみ。――息子よ」


(最終章 vol.2(2/2)へつづく)


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