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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
最終章 vol.1(1/2)

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11 また明日

「おかしな話だが、俺はタルー神父が、大変なことが起きようとしていると首都に伝えに行こうとしたんじゃないかと感じたんだ」

「んな」

 死者は動かない。普通は。そしてコルシェントの場合は大いなる異常で、あれは悪魔の仕業。「悪魔が何かしようとしている」と悪魔の力でわざわざ知らせるはずもなし、もとより、タルーが悪魔と契約などするはずもない。

「何か首都でそうした噂を聞きませんでしたか」

 ギシュナー神父が問うた。タルーよりも少し若い、優しそうな人物だ。

「もし、ほかにも死者が一時的に消えたなどという話があったなら」

「いや、聞いてないっす。ちっとも」

 ぶんぶんとオルフィは首を振った。

「そうですか……それなら、ニクール君の考えが正しいのかもしれませんね。とても使命感の強い方だったと伺っています」

「は、はあ」

 オルフィとしては曖昧な相槌を打つしかなかった。確かにタルーは立派な人物だったし、彼もとんでもない出来事をいろいろと体験してきたが、あまり「そうかもしれない」とは思えなかった。

「神殿に報告するべきかどうか悩んでいたのです。ですが、胸の内に秘めましょう。この平和な村に騒ぎを起こすこともありませんから」

「は、はあ」

 彼はまた言った。

「すまなかったな、それだけだ。リチェリンには」

「言わないっすよ」

 隠しごとは望まないが、信じがたい話だし――いまだに「信じがたい」なんてことがあるのが信じがたかった――ニクールやギシュナーが出した結論でも、喜ばしい話ではない。たとえ正義感や使命感故であったところで、死者が安らわなかったとも取れるからだ。

(何かの間違いだろう)

 オルフィはそう思うことにした。

(誰かが一時的にご遺体の場所を移して、ニクールさんはそれを知らなかったとか、きっとその程度の)

 それだっておかしな話ではあるが、普通に有り得ることに思える。

「戻ってもう少し食べていくといい」

「あ、俺はやっぱり、そろそろアイーグ村に」

 いま戻ればまた村人たちに捕まる。そう思うとさっさと発ってしまう方がよさそうだと感じた。

「それじゃリチェリンを呼ぶか」

 気を遣ってニクールが言ったが、今日の彼女は主賓のようなものだ。引っ張り出すのは困難だろう。

「いいよ」

 そう思って彼は首を振った。

「明日にでも、すぐくる。タルー神父様の墓参りをしたいし」

「ならひと晩泊まっていけばいいじゃないか」

 ニクールはもっともなことを言った。

「教会でよろしければ、部屋をお貸ししますよ」

 ギシュナーも言ってくれる。

「有難うございます。でも俺、ちょっと早く」

 彼は頭をかいた。

「――帰りたくて」

「そうか」

 判ったと言うようにニクールはうなずいた。

「長旅だったもんな。首都では大変だったろうし」

「はは」

 もちろんニクールの思う「大変」とはだいぶ違うが、否定するところでもない。

「んじゃ、リチェリンによろしく」

 「おやすみ」を言いたい気持ちもある。「進展」したところを見せてやりたいなんていう馬鹿げた気持ちも少しだけ。

 でも、帰ってきたのだ。彼らは。

 この先のことはまだ決まっていない。決めることができていない。しかしいま、彼らはこの南西部にいて、安心感を覚えている。

(そうさ。また明日、会えるんだ)

 少しだけ、強がりもあった。急にべたべたするのも格好悪いよな、などという若者らしい自意識も。

「オルフィ!」

 そのとき、声がした。足早に駆けてくる、リチェリンだ。彼は目をしばたたいた。

「あ、その」

 彼は黒髪をかいた。

「いいのか? あっちは。引っ張りだこだろ?」

「酔っ払いも増えてきたから、男たちには好きにさせて、女たちはそろそろ解散ってところ」

 くすっと笑って彼女は答えた。

「帰るのね?」

「ああ」

 こくりと彼はうなずいた。

「それがいいと思うわ。カナト君が言ってたでしょう」

「ん? カナトが何を?」

「湖での話。どこより安心して休める場所があるっていうのは、とてもいいことだと思うの」

 少年が湖の祠で「寝過ごした」というような話をしていたことに彼女は触れた。

「ん、ああ」

 彼は苦笑した。

「安眠したくて帰るってんでも、ないけど」

「オルフィ」

 彼女は少し心配するような表情を浮かべた。

「もしかしたら、気にしてるの? その……お父さんのこと」

「え? あ、まあ、いや、別にそういうんじゃなくて」

 何でもないふりをしようとしたが、声は少しだけ上ずったろうか。

「オルフィ」

 繰り返し、リチェリンは彼を呼んだ。

「それでも」

 彼女は声をひそめた。ニクールやギシュナーに聞かれまいとしてだろう。

「ウォルフットさんは、オルフィのお父さんだと思うから」

「ん……」

 オルフィは巧く答えられなかった。

「また明日、くるよ」

 笑みを浮かべて、彼は返事をごまかした。

「神父様の墓参りをしなくちゃ。それから、すごく遅くなったけど、頼まれてた買い物も配って回らないと」

「――判った」

 リチェリンも追及は避けた。

「じゃ、待ってるから。タルー神父様には一緒にご挨拶しようね」

「ああ」

 うなずいてオルフィは手を伸ばし、そっとリチェリンの髪を撫でた。

「また明日」

 薄闇に彼女の顔が赤くなり、釣られて頬を熱くしていたオルフィは、ニクールがまばたきをしたあとでにやにやしているのに気づかなかった。


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