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アバスターの継承者  作者: 一枝 唯
最終章 vol.1(1/2)

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10 妙なことがあって

 日の落ちたカルセン村はあまりにも記憶通りで、リチェリンはもとよりオルフィすら少しぐっとくるものがあった。

 故郷。

 彼らが奇妙な運命に翻弄されていた間も、変わらずそこにあったもの。

「リチェリン!? それに、オルフィ!」

 彼らを見つけた村人は驚いた声を上げた。

「お前たち、無事だったんだな!」

 心配されたのも当然だろう。ひと月かからないはずの道のりが、その倍以上だ。

 彼女の帰還――オルフィはここではおまけみたいなものだ――に、休もうとしていた村はどっと沸き、あれやこれやの間に彼らは村唯一の食事処に連れて行かれた。

 懐かしいニクールや、結局リチェリンも初対面となる新しい神父ギシュナーまで顔を出して、村はさながら祭りのようになった。

 これまで何をしていたのかと当然の問いが発され、彼女はあらかじめ相談していた通り、ピニアの館で世話になっていたと話した。高名な占い師で、たまたま緊急で仕事の手伝いをする女を探していた彼女に行き合い、正式に雇える人間が見つかるまで厄介になったのだと。

 それは不自然な話でもあったが、実際の出来事よりはずっと有り得ることに思える。リチェリンは嘘に少々気が咎めたものの、真実を全部告げる方がみなを困惑させることは判っていたので、そこはそっと神に許しを請うた。このときの「神」は以前からの信仰対象と同じだ。それは彼女にとって違和感のないことでもあれば――カナトだって、許しを請われても困るだろう。

 もとより、彼女の話がおかしいとか、何か隠しているだとか、そんなふうに糾弾する村人などいはしなかった。ナイリアールで何かおかしなことが起きたという噂はこちらまで届いていたし――ここに届くまでにはかなりの尾ひれもついたが、同時にルタイ砦の兵士たちが馬鹿げた話を打ち消して回ったので、そこそこ事実に近いものが伝わっていた――純粋に彼らを心配していた者ばかりだったのだ。

 もっとも、娯楽も少ない村である。彼女の帰還を口実にちょっと騒ごうではないか、というところもなくはなかった。

 その辺りはリチェリンも理解して、無闇に恐縮するようなこともなく、久しぶりの顔と会話を弾ませた。オルフィも知り合いは多いから疎外感も覚えずに溶け込んでいたが、酒を勧められるのは適当に断った。今日はアイーグまで戻らなくてはならないからと。

 付き合いが悪いと言われるところをどうにか逃げられたのは、ニクールと神父ギシュナーのふたりが彼を「祭り」の輪から連れ出したからだった。

 だが彼らは、酔っ払ったオルフィが御者台から落っこちることを案じたのでもなかった。

「――本当のところは?」

 静かな場所に出るとニクールはそう問い、オルフィは目をぱちくりさせることになる。

「な、何だよ? 本当のところって。意味が判らないけど」

 オルフィのごまかしは、そうわざとらしくもなかっただろう。だがニクールは詰め寄ってきた。

「ずっと一緒だったんだろう? リチェリンとの仲は進展したのか?」

 そしてにやりと囁かれ、オルフィは吹き出すかと思った。

「あっ、あのな……」

「はは、その調子じゃ大して変化はなさそうだな」

「ぐ……」

 「そうでもない」と答えたいような、言ったら最後だと思うような。

「すまんすまん。そんな話をしようとした訳でもないんだ」

 手を振ってニクールは謝罪した。ギシュナーまでやってきたのだから、まさか本当にそれだけということもないだろうとは思ったが。

「ナイリアールでのこと、もう少し聞かせてくれないか」

 不意に真剣な顔をして村の青年は言った。

「ナイリアールの、何を?」

 オルフィはきょとんとした。またはそのふりをした。

「君も見たんだろう? 首都が化け物だらけになった光景を」

「あー……」

 話はそんな感じで伝わっているらしい。最初の噂が「化け物に蹂躙されて首都は壊滅状態になった」であったことを鑑みれば、だいぶ事実に近いが。

「そんなにとんでもないことでもなかったよ。街中が霧みたいなのに覆われて、ちょっと気分が悪くて、何でも騎士様は化け物退治をなさったそうだけど、普通の人に怪我はなくて」

 考えながら彼は話した。

「でももう大丈夫だ。死んだ魔術師の呪いなんて話もあったからさ、八大神殿が念のために街中を清めたんだって。それに、レヴラール……殿下の戴冠式だってもうすぐだし」

 大丈夫だと彼は、ナイリアールの街びとの多くが言っているように言った。もとより誤りでもなく、嘘をついているなどと心が痛むことはなかった。

 呪いについては、オルフィは直接聞いていないが、悶着があったのではないかと思う。神殿がその噂で動いたとなれば呪いの存在を認めるかのようだからだ。しかし実際に清めが必要だったことを思えば、いっそ好都合でもあった。悪魔だの獄界だのと語るより、「コルシェントのせい」の方がましである――と、神殿はそうは言わなかっただろうが、そのように判断したのだろう。

 また、このことによって魔術師への迫害がはじまらないよう――偏見は以前から根強いが、それが強くなることのないよう、協会も表立って協力をしたらしい。壁を作られるのはかまわなくとも、石を投げられれば面倒だからだろう。

 城でも、死んだ四人の魔術師のことは正式に公表し、その勇気を称えた。こうしたこともあって、魔術師だから悪であるというような風潮は、ごく一部の偏屈頑固者を除いて、発生しなかったようだった。

「でも何でまたそんなことを? ナイリアールに知人でもいたとか?」

 首都から離れたところに済む青年が、済んだとされる騒ぎをわざわざ聞き直してきたことが不思議でもあった。

「実は」

 ニクールは神父を振り返った。

「この村でも妙なことがあって」

「妙なこと?」

 彼はぎくりとした。南西部は、悪魔の騒動とは少しも絡まなかったはず。

「ここだけの話にしてほしいんだが」

 青年は声をひそめた。

「タルー神父様のご遺体が、消えたんだ」

「な……何だって!?」

 驚いて彼は叫び、ニクールはしいっと指に手を当てた。

「静かに。大丈夫だ、その後、戻ってきてきちんと弔いは済ませたし、埋葬も問題なかった」

「え、あ、そ、そう」

 一(リア)怖ろしい想像――〈蘇り人〉だとか、オルフィは見ていないが悪魔の力で死後も動いたコルシェントのことだとかが――が脳裏をよぎったが、そのようなこともあるはずがないし、やはり違うらしい。


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